涙の騎士
大地を赤く染める傾いた太陽の日がまもなく沈む。
その沈みゆく赤い光を背景に、より一層鮮やかな色彩を放つ山吹色の竜――ラートリー。まだ一度も直接攻撃も受けていないその装甲はしかし、所々に火傷や凍傷を受け、更には帯電しており、ぷすぷすと白煙を上げて既にそれなりのダメージを負っていた。
「おのれソラス! こちらの体勢が整う前に大勢で袋だたきにするなんて卑怯だと思わないのか!? この悪魔どもめ、絶対に許さん!(うえええ! 死ぬかと思ったよおおお!)」
「戦場で何を言う! 貴様も既に満身創痍ではないか!」
「うるさい黙れ!」
二刀一対の琥珀色の短剣を翼のように大きく広げ、上下左右全方位から取り囲むソラスの竜を睥睨するラートリー。そのラートリーの隙を後方から伺っていた二体の竜が示し合わせたように動く。
だが瞬間、山吹色の竜は視認困難な速度で後方上空へと飛びすさりつつ斬撃一閃、先に動いたはずの二体の竜が苦悶の叫びを上げて落下した。
「なんだと!? カリヴァン以外にもまだこんな奴が!?」
「ふ、フハ! フハハハ! どうだ見たか! やはり私は……元気まんまんだっ!」
「包囲で無理ならば……第二師団、突撃陣形! 押し潰すぞ!」
「ぴえっ!?」
空中で密集し、ラートリーを穿つかのように複数の竜が一つの矢のような陣形を形成する。一分の隙も無い殺意の塊のような陣形を見たオハナの目に涙が浮かぶ。
「遅くなりましたオハナ様! 全員続け! オハナ様を援護しろ!」
「き、君たち……!」
ソラスの竜騎兵たちが形成した密集陣形に後ずさるオハナを援護しようと、後続の帝国騎兵たちが次々と空に上がる。
帝国騎兵たちはオハナをかばうように両者の間に割って入ると、盾を構えた重装備の竜がソラスの陣形へと突撃を開始、その出鼻をくじきにかかった。
「師団長! このままでは掌握作業を行っている占領部隊が妨害されます!」
「司令塔を固めろ! 占領部隊の邪魔をさせるな!」
もはや先ほどまでの一方的な攻防は消え去り、炎上する支城上空で両軍の竜による乱戦が開始される。
「ここは我々に任せ、どうかオハナ様は司令塔に群がる敵軍を!」
「う、うぐっ……えぐっ……! ありがとう……! 私に任せておけ!」
オハナは助けにきてくれた仲間の騎士たちを見てすでに操縦席で号泣していたが、部下のその言葉にぐっと嗚咽を飲み込むと、大きく頷いて司令塔へ向かって加速する。
「そいつをいかせるな! なんとしても止めろぉぉぉぉ!」
司令塔の周囲にはそれなりの数の竜がいるが、どれもが既に騎士が乗ってない有象無象の竜だ。途中行く手を阻むように何体かの竜がラートリーの前に立ち塞がるが、足を止めない機動戦こそこの竜の神髄。
舞い踊るような斬撃と共にそれらの竜は一瞬で切り裂かれ、ラートリーがついに司令塔へと迫る。
「みんなの想いが……私を強くするのだ! くたばれソラスー!」
「ちょっと待ったぁ!」
振り下ろされたラートリーの剣。だがその剣は何者かによって弾かれると、同時に強い衝撃を受けて機体が後方へと吹き飛ばされる。
「かは――っ!?」
「間に合った!」
突然の衝撃にオハナは頭を二三度振って正面へと視線を向ける。
その視線の先にいたのは、やせこけた細い翼から銀色の粒子を放出し、右手には無数の裂傷がついた盾、左手には刃こぼれした長剣を握った灰褐色の竜がいた。
「なっ!? なんだこいつは!?(なにこの骨ドラゴン怖すぎるもう帰りたい)」
「ちゃんと動ける! ありがとうラティ!」
驚くオハナを置き去りに、灰褐色の竜――ラティは背面の翼を精一杯に広げてラートリーの側面へと加速。滑るように弧を描いて速度を上げると、山吹色の竜めがけて閃光のブレスをばらまく。
「――小癪な!」
それを受けたラートリーは即座に左斜め後方へと後退しつつ急上昇。機関砲のような連射速度で襲い来る無数の弾丸はそのまま上昇するラートリーに追いすがり、飛翔する竜の片足にくらいつく。
高速機動中の被弾でにわかに体勢を崩すラートリーに、最高速まで加速したラティが迫る。ラートリーはきりもみになりつつも空中で自ら回転し、その勢いを乗せた剣戟でラティを迎撃。刃と刃がぶつかり合う火花が散り、次の瞬間爆炎の華が舞う。追い詰められたラートリーが至近距離で炎のブレスを炸裂させたのだ。
「なんだ! なんなんだ貴様は! 名を! 騎士ならば名くらい名乗ってから斬ってこいこの馬鹿! 馬鹿!」
「え、名前ですか? アマミ・リクトです!」
「私はオハナ・カパーラ! 今のは死ぬかと思った! うっ、死ぬ、かと……うぐっ! ふぐぐっ!」
「あれ? 泣いてる……?」
自爆のため、機体からぷすぷすと黒煙を上げて怒りの声を上げるオハナ。オハナの様子に面食らうリクトだったが、そこにラートリーの高速の斬撃が襲いかかる。
「許さん! 絶対に許さん!」
「ちょ、ちょっと! 落ち着いてください! なにか嫌なことでもあったんですか!? 話なら俺が聞きますよ!」
「うるさいうるさいうるさーーーーい!」
連撃に次ぐ連撃。双剣を使った舞い踊るようなラートリーの凄まじい高速斬撃に盾を構えて防戦一方となるラティ。
その暴風のような乱打に離れることすらままならず、じりじりと後ろへと押し出されていくラティ。すかさず放たれたラートリーの前蹴りが、盾ごとラティを吹き飛ばして背後の塔へと叩きつける。
「だめだ、これじゃ話にならない――! ならっ!」
「私の前から消え去れ! 骨ドラゴン!」
右腕を構え、灼熱の炎弾を放つラートリー。それを見たラティは前方のラートリーめがけて急加速。打ち出された巨大な炎の塊とギリギリで交錯しつつ回避すると、そこから更に強烈な踏み込みを繰り出してオハナの反応を上回る速度で水平に斬りかかる。
「ひえっ!?」
まるで空中で腰を抜かしたかのように、飛び込んできたラティの下方へと滑り込むラートリー。竜が持つ人間を超える反応速度とオハナの強い恐怖心がギリギリでラティの速度を躱しきる。
「こけた!?」
「なんなんだお前はぁぁぁ!?」
叫びと共にラティの腹部めがけ強烈な上蹴りを見舞うラートリー。だがラティはそこから更に小回りを利かせてラートリーの背面下方へと回り込み、そのがら空きの背中へと痛烈な斬撃で切り上げる。
強固な竜の骨格が集中する背面はラティの斬撃で切断こそされなかったものの、鈍い音と赤い粒子をまき散らしながらはるか上空へと跳ね上げられ、操縦席のオハナの平衡感覚を鈍らせる。
「あ……っ! ああっ!?」
操縦席に響く何発もの打撃音。ラートリーめがけ一直線に上昇するラティの腕から追撃のブレスが連射され、高速で放たれた光弾が山吹色の竜の外殻を徐々に吹き飛ばしていく。
「カリヴァン様ぁ! みんなぁ! ごめんっ! 私……うまく出来なかったぁっ!」
光芒一閃。
沈みゆく太陽。
紅と紫紺の変遷が彩る広大な天上に向かって一筋の閃光が走る。
地上から遙か離れた空中で交錯した二体の竜。
竜はその刹那に互いの視線を交わらせると、そのまま片方は大地へ、もう片方の竜は更なる天上へと舞い上がり、離れていった――。
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