きっと、何事もなく


 ――暗い暗い意識の中で、彼が最後に感じたのは暖かさだった。


 肉体は失われ、感覚など感じようも無いはずの闇の中で、それでも確かに彼は光を見た。


 ――そう、友達!

 ――とも……だち……?


 大好きな人と寄り添い、同じ時間を共有し、二人で笑い合う。


 彼がなんとしても欲しかったそれらのもの。


 彼は確かにそれを手に入れていた。もうすでに受け取っていた。


 ごめん――リクト――。

 本当に、本当に――ごめんよ――。


 彼はその闇の中で、自らの意識が消えるその時まで、最愛の人の無事を祈った。それが、彼の最後だった――。



 ――どこまでも広がる空の中。地平線の彼方から吹きすさぶ風を受けて白き竜の掌の上に立つリクト。


「アムレータ……」


 リクトが広げた手の上には、今にも消えそうなほど小さな、本当に小さな光の粒子が一つだけ輝いていた――。


「いいんだ――これからは、俺がずっと君と一緒にいるから――」


 リクトは涙を流してその光をそっと掌で包み込むと、霧散していく光を慰めるように、その胸に抱いた――。




「――エル、何かわかった?」


 エクスリューン内部。蒼く輝くホールの中で、リーンが声を上げた。


 デウスエスカを無傷で下し、ミーティアの反応もたった今消えた。

 だが、今リーンたちがいる巨大な制御室は重苦しく鳴動し、この事態が未だに終わっていないことを告げていた。


「なるほど……これは、想定外でしたわ」


 リーンに支えられながら、フレスティーナを通してシステムへとアクセスしていたエルが静かに呟く。


「エクスリューンとデウスエスカ――二体のシステムは5000年の間、ただ眠っていたわけでは無かった――お互い相反する命令を実行し合い、その力を打ち消し合っていただけだった――」


「相反する命令? どういうこと?」


 驚きに目を見開くエルに、隣のリーンが尋ねる。


「端的に言えば、二つの巨神は二体揃うことでお互いの持つ力のバランスを保っていたのです。デウスエスカの崩壊で、そのバランスが崩れました。このままでは残されたエクスリューンも暴走し、今度こそこの星に致命的な汚染を引き起こすでしょう」


 エルはプラットフォーム上に浮かび上がるホログラムを素早く確認しながら話を続ける。


「そんな――じゃあ、どうすればそれを止められるの!?」


 叫ぶリーン。


 既に先ほどまでの鳴動はさらに激しくなり、周囲の壁面からは崩落が始まっている。


「エクスリューンを完全に停止させれば、おそらく……ですが、それは……」


 だがその時、エルが話し終わるのとほぼ同時、ホール上空の吹き抜けを一筋の光が急降下してくる。


「――ごめん! 遅くなった!」


 現れたのはラティに乗ったリクト。

 リクトはラティを速やかにホールへと降下させると、操縦席から飛び降りてリーンたちのところに駆け寄ってくる。


「リクト――! そっちは大丈夫だった!?」

「うん、俺は大丈夫――リーンたちのおかげだよ、本当にありがとう――」


 再会の喜びに笑みを浮かべるリクトとリーン。

 だがリーンは一目見ただけでリクトのその笑みの中にある、深い悲しみを感じ取る。


「――っ」


 リーンはその悲しみに満ちた瞳を直視できず、思わずリクトの肩を抱いてその胸に自分の額を押しつけた。


「――リーン?」

「……なんか、私たちって結構似てるのかもね。無茶ばっかりするところとか、他にも……色々」


 リクトの胸から顔を離し、見上げるようにしてリーンは言った。


「これが終わったら――またたくさんリクトの話、聞かせてね。約束よ」

「うん――ありがとう、リーン――」

 

 そして、二人は少しだけついばむように唇を重ねた。


「――アムレータは倒せたようですね、リクト」


 そんな二人に割って入るように、怒りに声を震わせたエルが声をかける。


「……エルもありがとう。今回は助かったよ」

「そんなことはどうでもいいですわ。貴方ならこれをなんとかできるでしょう。さっさとやりなさい。あと私のリーンからもう少し離れなさいこの泥棒猫。今すぐに」


 まるで駄々をこねる子供のように、リーンとリクトの間に肩口からぐいぐいと割り込もうとするエル。

 エルの様子に苦笑いを浮かべつつ、リーンはリクトへと顔を向ける。


「リクト、出来るの?」

「出来るよ。でも――」


 リーンの問いに、リクトは深い思案の色を浮かべる。そしてゆっくりとプラットフォーム上の文字の羅列へと目を通し、操縦桿を握って自らとエクスリューンをリンクさせる。


「リーン……俺は隠し事とかそういうの嫌いだし苦手だから、全部話しておくね」

「――なに?」


 その瞳に緋色のラインを宿したリクトは、努めて冷静に、落ち着いた口調で言葉を続ける。


「エクスリューンを停止させたら――システムと完全にリンクしてる俺も死ぬ。アムレータもさっき、それで――」


 リクトが発したその言葉に、リーンの鼓動が跳ねる。


「――それだけじゃない。エクスリューンを停止させると、今この世界で稼働している沢山の街や城も一緒に動かなくなる。そうしたら、そこで暮らしている人たちは生きていけない」


 聞きながら、リーンはリクトの腕に添えた手に、我知らず力を込めていた。


「俺が死なないように、他の城のシステムを稼働させたまま、エクスリューンだけを停止させないといけない。全部やろうとすると凄く難しいんだ。はっきり言って、俺一人じゃ成功するかどうかわからない。だから――」


 リクトはそう言って、その視線をプラットフォーム上の文字から横に立つリーンへと移す。リーンの紫色の瞳は、まっすぐにリクトを見つめていた。


「――俺に力を貸して欲しい。リーン、お願いできる?」

「――あのさ、それ――私が断わると思ってた?」

「ははっ! 全然思ってなかった!」

「やっぱり!」


 言いながら、二人はそれまでで最高の笑みを浮かべた。

 だが、それと同時に周囲の崩壊も進んでいる。残された時間は少ないように見えた。


「で? なにをしたらいい?」

「俺と一緒にリンクして。あとは俺が教える」


 リーンは操縦席のリクトの上に身を委ねるようにして腰を下ろすと、目の前の操作パネルへと手を置いた。


「今のエクスリューンにはグランソラスの意志も混ざってる。グランソラスのことなら、俺よりもリーンの方が良くわかってるから」

「うん――さっきも、一緒に戦ってくれた」


 リクトの腕や脚に緋色のラインが奔り、それと同様にリーンの体にも紫色の粒子が寄り添った。


「じゃあ、ちょっと行ってくる! エル――もし私たちになにかあったら、他の皆のこと、よろしくね」

「はぁ……こんなにも重要なことなのに、軽々しく二人だけで話を決めてしまって……」


 まるで近場の商店にでも出かけるようなリーンの物言いに、エルはため息をつきながら首を振る。しかしすぐにその埃と血で汚れた美貌を柔らかな笑みで満たすと、まるで娘を送り出す母親のような暖かさと共に呟いた。


「きっと――なにも起こらないわ。貴方たち二人は必ず全てをやり遂げて帰ってくる」


 エルのその言葉に、リクトとリーンは笑みを浮かべた。そしてその二人の笑みが、辺りを包む光の中に消えていく――。


「私たちは、貴方たちが帰ってくるのをここで待ちます――どうか気をつけて――行ってらっしゃい――」


 エルが発したその言葉は、二人の姿と共に光り輝く粒子の中に溶け、そのまま遙か天上まで吸い込まれるように昇っていった――。


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