エピローグ
羊を追い 麦を蒔いて
降り続いていた雨はようやく止み、中断していた作業が再開される。
切り出された何本もの材木や、大きな石材の上にかけられていた雨よけの藁葺きをどかし、射し込んだ日差しの下に積み上げていく。
運び込まれた大きな岩を一つ一つ削り、失われた部分に合うように加工し、大粒の汗をかいた男たちが力を合わせ、それらを運び出していく。
最後の戦いで崩壊したグランソラスの再建――。
それは過酷で終わりの見えない作業だったが、不思議とその作業に従事する人々の顔に疲れは見えない。
皆明るく活気に満ち、大きな声で互いに励まし合いながら、自分たちが住む家を少しずつ、少しずつ元通りの姿に直していく。
「ロンド団長! こっちの作業は一段落つきました!」
「おお、早かったじゃねぇか! 俺たちももうすぐ終わりそうだ。すぐで悪いが、少し休憩したらあっちのやつらを――」
作業をする人々の中に混ざり、その金髪を一つにまとめて汗をかくロンド。ロンドはその場にいた何人かに声をかけ、次の作業を指示していった――。
「カリヴァン様ぁぁ! 帝都から逃げてたみんなが、どんどんここにやってきますよぉ! このままじゃアーハレヴがパンクしちゃいます!」
「ふっ……やはり皆、帝都に帰りたいのだな」
作業着を着た栗色の髪の女性――オハナから声をかけられたカリヴァンは、地面へと突き入れていた鍬を脇に置き、額の汗を拭いながら笑みを浮かべた。
「ふっ……とか言ってる場合じゃないですよ! どーするんですか! 畑だって芽が出るまではまだ全然かかりますよ! やっぱりここで死ぬしか!?」
「大丈夫だ。ありがたいことに、隣のソラスからは幾ばくかの援助を受けている。数年はなんとかなるだろう」
「ほ、ほんとですかぁ!?」
農作業用の牧歌的な服に身を包み、柔和な笑みを浮かべるカリヴァン。彼の手にはもはや剣は握られていない。
「お前も騒いでいる暇があったら手伝え。私が教えてやる」
「あ、はい……! わかりました! オハナ・カパーラ、耕します!」
大声でわめくオハナにカリヴァンは手近な鍬を放って渡すと、やれやれといった笑みを浮かべて再び鍬を振り上げた――。
ひび割れて砕け、その原型を殆ど留めていない紫色の巨大な水晶――。
グランソラスを支え、幾度も救ったコアの残滓。
魔貌の賢者エルは、コアの残骸をその美しくしなやかな指でそっと撫で、紫色の欠片を見つめた。
――あの時、デウスエスカからの一撃を受けたグランソラスのコアは完全に砕けていた。
ましてや、ただのシステムにすぎないはずのグランソラスが、自らの意志を持って、リーンを助けるために自身のマスターであるエクスリューンの掌握を試みたなど――。
――すごいよエル! こんな凄い城は世界中どこだって見たことない! ここを僕たちの家にしよう! ここなら僕と君の子供たちも、その子たちの次の子たちも、みんながずっと安心して暮らせるはずさ!
エルの胸に、彼女が5000年という長い年月の間でたった一人愛し、愛し尽くした最愛の少年が発した喜びの声がありありと蘇る。
「貴方の言った通りでしたね――貴方と私が見つけたこの城は、貴方の言う通り素晴らしい城でした――ありがとう貴方――リーンを、私たちを守ってくれて――」
エルは静かに呟き、その紫色の欠片をそっと胸に抱いた――。
青々と広がる草原の上、走り回り、思い思いに草を食む白く丸い羊たち。
かつてその羊の群れを先導したのは飼い慣らされた犬だったが、今その群れを連れ立って見守るのは、全長9メートルはあろうかという純白の竜だ。
「リクトー!」
かつては殆ど見られなかった緑に覆われてるとは言え、大地の亀裂はまだまだ深い。
羊たちがその亀裂へと近づかないよう細やかに誘導していく竜の元に、小さな馬に乗った黒髪の少女――リーンが手を振りながら走り寄ってくる。
「あ、待ってリーン! そこ穴空いてるから気をつけて!」
「え? あっ」
伸び始めた草の高さに隠れていた段差に足を取られるリーン。
だが、純白の竜――ラティは、リーンと彼女が乗る馬両方を素早く受け止めると、穏やかな風が吹く緑の草原のすぐ上でゆっくりと滞空する。
「ちょっと言うのが遅かったね、大丈夫?」
「むぅ……まだ馬に乗るの慣れてないのよね……」
ラティの解放された胸部装甲から身を乗り出し、手を伸ばしてリーンを自身の隣へと優しく導くリクト。
リーンの乗って来た馬はといえば、こういう事態に慣れているのかラティの掌の上にも関わらず、慌てることも無く首を振ってヒンヒンと嘶いている。
「午後からは石積みのほうに行くよ。リーンは?」
「私はもう少ししたらみんなのご飯作るの。自分で言うのもなんだけど、結構上達したんだからね!」
「だよね! とっても美味しいの作れるようになってると思う! 今日はなに作るの?」
二人はラティの胸部外殻の上で肩を寄せ合い、笑みを浮かべて語り合う。二人のその姿は、これから起こる日々への希望に満ちあふれていた。
「――じゃあ、せっかくだしこのまま二人で戻ろうか?」
「うん、私も――そのほうがいいかな――二人でいられるし」
そう言うと、リーンはリクトの手を優しく、しっかりと握りしめた。リクトもまた、彼女のその手を優しく握り返した。
「帰りましょう。私と貴方の家に――」
ラティがその背の光翼を穏やかに広げる。
その翼に導かれるように、羊たちが緑の草原を駆け抜けていく。
手を繋ぎ、竜に乗る二人が向かう先――。
再び立ち上がる日を待つグランソラスの、その更に向こう――。
そこには天にも届く巨木へと姿を変えたエクスリューンが、まるで世界全てを見守るように、静かにそびえ立っていた――。
攻城大陸 ここのえ九護 @Lueur
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