予見されていた転移
時は少々遡る――。
月下に対峙する二体の竜。
倒れ伏す深紅の竜にとどめを刺さんとしたファラエルの目の前に、突如として聖域から打ち放たれた光芒が堕ちた。
もうもうと舞い上がる粉塵の先を見通そうと、ファラエルの瞳を通して映る光景にカリヴァンが目を細める。
粉塵の晴れた先。蒼く輝く月の光を浴びて仁王立つそれは、灰褐色のひび割れた外殻を持つ、一体の竜だった。
「――竜? 誰か、乗ってるの――?」
その竜の姿を視認したリーンが咳き込みながら呟く。
現れた竜をみとめたカリヴァンは、眼下のフレスティーナに対して向けていたランスの先端を、新たに現れた灰褐色の竜へと向けた。
「退け、邪魔をするならば命を奪う」
有無を言わせぬカリヴァンの言葉と共に、彼が乗るファラエルがその顎を僅かに開き、零下の吐息を漏らしながら威嚇のうなり声を上げる。それは並の竜が受ければ例え人が騎乗していようとも恐慌に陥るほどの圧倒的殺気。だが、その威嚇を受けた灰褐色の竜は――。
「……ほう」
ファラエルの放つ殺気を真正面から受けたはずの灰褐色の竜が、ファラエルに向かってゆっくりと一歩を踏み出す。
古びた外装が剥がれ、剥き出しとなった関節が動く度、ぱらぱらと白い石灰質の欠片が割れ落ちる。
軋み、乾いた耳障りな音をたてながらもしかし、その竜は一歩、また一歩と、自らと対峙する紺碧の竜へと迫っていく。
「警告はしたぞ」
言うが早いか、カリヴァンの指示を受けたファラエルが動く。
赤く明滅する眼光が瞬き、右手に構えたランスが一瞬で視認不能の速度へと達して突き放たれる。
響き渡る破砕音。突き出されたファラエルのランスは、狙い違わず灰褐色の竜を貫通するはずだった。だが――。
「――!?」
驚愕に目を見開くカリヴァン。
カリヴァンの眼前では、超高速で放たれたファラエルのランスが、灰褐色の竜のしなびた左手によって掴み止められ、根元から握り潰されていたのだ。
「嘘でしょ――っ?」
目の前で起こった信じられない光景に、リーンが驚きの声を上げる。
灰褐色の竜、その丸みを帯びた頭部から覗く眼孔に鈍い光が灯る。カリヴァンは即座に危険を感じ取って握り潰されたランスを放棄。フットペダルを踏み込みファラエルを後方へと導く。
灰褐色の竜は握り潰したランスを無造作に放り投げると、今度は明確な敵意を持ってファラエルへとその双眸を向けた。
「なるほど――」
武器を失い、正体不明の竜の予想を上回る力に触れながらも、カリヴァンはファラエルの内部で何事か得心が行ったように薄く笑みを浮かべていた。
「カリヴァン様ぁ!」
「ご無事ですか!」
声は上空。
赤地に黄金の縁取りが施された帝国旗をはためかせ、二体の竜がファラエルに迫る灰褐色の竜を阻むように降下する。
「カリヴァン様! 先ほどの発光現象からアーハレヴとの通信が安定しません! 通信復旧には数時間はかかるかと!」
「しかしながら、戦況は依然我が方が圧倒的に優勢です! このまま押し切りましょう!」
武器を構え、ファラエルの壁となるように灰褐色の竜の前に立ち塞がる二体の竜。灰褐色の竜は新たに現れた増援にも歩みを止めず、一歩、また一歩と迫ってくる。
「――撤退する。貴公らも下がれ。その竜は貴公らの手には余る」
「えっ!? て、撤退ですか!?」
「二度も同じことを言わせるな。ゆくぞ」
「はっ――直ちに!」
カリヴァンは血気にはやる二人の騎士を制すると、こちらを見つめる灰褐色の竜と、大地に倒れ伏すフレスティーナをそれぞれ一瞥し、背面の六枚羽を展開して加速上昇。
一瞬の後に夜空に閃光弾の光が炸裂し、何条かの光の尾が西の空に向かって消えていった――。
「逃げた、の……? 私……私たち、助かったの?」
その光に照らされながら、傷ついたフレスティーナに乗るリーンは、閃光弾のまばゆい光の下に立つ灰褐色の竜をじっと見つめていた――。
● ● ●
――そして現在
「――報告は以上です」
閉ざされた石室の中で灯る、緋色のかがり火――。
その光の下。人の背丈ほどの高さの祭壇の前で片膝をつき、自らの兜を脇に抱え、祭壇の頂きに設置された反射鏡に向かって粛々と言葉を紡ぐ銀髪の騎士。この男こそ、紺碧の竜ファラエルの主、カリヴァン・レヴ。
『やはり、現れましたか』
跪くカリヴァンの頭上。祭壇に備えられた反射鏡から透き通った男性の声が響く。
ここは謁見の間。
カリヴァンが忠誠を誓う祖国『エルカハル帝国』の皇帝より直々に与えられた彼の居城、アーハレヴの最上層に位置している。
「予言通り、聖域の巨人から閃光と共に出現した竜をこの目で確認しました。陛下が危惧されていた異界からの乗り手と、その竜で間違いありません」
『見事ですカリヴァン。困難極まる勅命でしたが、貴方に任せた判断は正しかった』
「お褒めに預かり光栄です」
カリヴァンの報告を聞き届けた声の主は、その声色に浮かぶ喜びの感情を隠さない。
『ソラスを追い詰め、聖域へと誘導し、異界の乗り手を顕現させる――。ここまでは、全てが予定通り』
鏡面の向こう側に鎮座する法衣の人影が、クツクツと押さえ切れぬ笑い声を漏らし、カリヴァンに命じる。
『行きなさいカリヴァン。残る最後の一手も、手抜かりのなきよう』
「はっ! このカリヴァン・レヴ、身命を賭して異界からの乗り手を葬り去ってご覧に入れましょう」
帝都への報告を終え、整然とした所作で即座に立ち上がるカリヴァン。
紺碧の甲冑に身を包んだ銀髪の騎士は、踵を返して兜を被ると、自らの使命を果たすべく再び戦場へと舞い戻っていった――。
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