リクト


「「「ごちそうさまー!」」」

「こちらこそ、いっぱい食べてくれてありがと!」


 暖かな光に照らされたダイニングにいくつかの声が重なる。

 挨拶を済まし、丁度家族全員が食べ終えたのだろう。制服にエプロンを着けた少年がてきぱきとテーブルの上の食器を片付けていく。


「あ、陸人が全部やらなくてもいいよ! 俺たちも手伝うからさ!」

「そうだよー! お兄ちゃん、すぐになんでも一人でやっちゃうんだから」

「おお! お兄ちゃんを手伝うなんて二人とも偉いなぁ」


 少年が食器を片付けるのを見た下の子供二人もすぐさま席を立つと、先に片付け始めていた兄の陸人に続いて食器を台所へと運んでいく。

 その光景を見る兄妹の両親も、満面の笑みを浮かべて残りを片付けていった。


「しかし本当に陸人は料理が上達したなぁ。もう俺や母さんが作るのと変わらないんじゃないか?」

「本当にね。今日は料理だけじゃなくて、洗濯も全部やってくれてて」

「俺がやりたいんだよ。料理も洗濯も、何回もやってるとだんだん上手くなっていくのがわかってさ。それがなんか楽しいっていうか、嬉しいっていうか、俺ってすげー! みたいな?」


 両親から惜しみない賞賛の言葉を受け、はにかむような表情で応える陸人。少し癖のかかった黒髪に黒い瞳。決して美しいという程の容姿ではないが、少し丸みのある目鼻立ちは優しげな印象を見る者に与えた。

 成長期の体は基本的に細身ながらがっちりと筋肉がつき始めており、すでに身長では両親よりも高くなっていた。


「色々やってくれるのは本当に助かるが、陸人も来年は受験だからな。無理しないで楽しいこともどんどんやるんだぞ」

「そうだよー! 俺とマイトクラフトのマルチやろうよー!」

「マイクラ? はるっちこの前全ロスしてもう二度とやらないって怒ってなかった?」

「またやる気になったー!」

「やる気戻るのはやっ!」

「二人がやるなら私もやるー!」


 まだエプロンをつけたままの陸人を、はるっちと呼ばれた小学生ほどの弟が二階へと引っ張り、妹も二人について二階へと軽やかな歩みで駆け上っていく。


「ほんと、うちはみんな仲良しだねぇ」

「ほんとにねぇ……。子供たちもみんな手がかからないし、なんにも言うことないわぁ……」   


 そんな子供たちの様子を見送る父と母の顔は、最後までゆるゆるとした笑みで緩んでいた――。



 ●   ●   ●



 夜の闇の中に、いくつも家の光が灯っている。

 笑い声が聞こえることもあれば、怒る声も、泣き声が聞こえてくることもある。


「うひゃー! さむっ!」


 二階のベランダへと出てきた陸人は、干しっぱなしになっていた玄関マットを手に夜空を眺めた。もうすぐ秋も終わり、本格的に寒い季節がやってくる。

 それを示すように、陸人の目に映る夜空は、夏に比べて僅かに透き通っているように見えた。


「はぁー……。今日も一日頑張った!」


 一人夜空にドヤ顔を向ける陸人。


 実際、彼は今の自分の生活や境遇に満足している自覚があった。

 不自由のない生活。仲の良い家族。日々成長を実感できる自分自身。そして平和な日々――。

 それら要素のどれに思いを馳せたとしても、自分はおそらくこの世界で相当に恵まれた存在だろうと思えたし、それが陸人の前向きな行動の原動力だった。


「よし、今日も一日ありがとうございました。明日もよろしく!」


 陸人は自分一人に聞かせるように声を出すと、ベランダから室内へ戻るべく後ろを振り向こうとした――その時。


「あれ――流れ星?」


 星もまばらな夜空に光る、赤い点。

 星では無い。輪郭がぼやけている。点滅もしてないから飛行機でもない。


「おーい! みんな――!」


 他の皆にも教えてやろうと陸人が声を出したのと同時、陸人は背後から迫り照らす閃光の存在をはっきりと感じた。衝撃で周囲の家や植林、電信柱がガタガタと大きく揺れ、手に持った玄関マットが抑えきれずに吹き飛ばされた。


 陸人が振り向いたとき、目の前は真っ白だった。


 ――りくとー!

 ――お兄ちゃん!


 どこか遠くで、二人の兄妹が自分の名前を呼ぶのが聞こえた気がした。

 それが、最後だった。


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