攻城大陸

ここのえ九護

第一部 攻城大陸

第一章

神話


 日の光は遮られてしまった。


 山をも越える巨人の影。たとえ大地からその姿を見上げたとしても、巨人の全貌を視界にとらえることは難しい。あまりにも大きすぎるのだ。


 その巨人の足下にあるのは、密集し、林立する高層ビル群。

 普段通りであれば、それらビルとビルの合間には数え切れないほどの車両が行き交い、大勢の人々が日々の生活を送っているはずの場所。

 人類が持ちうる技術の全てを集め、拡大し続けた巨大都市――。


 遙か太古の時代、人類はまずその手に物を掴み取り、そこから始まった進化と研鑽の果てにこうまでも壮大な大都市を作るに至った。


 だがこのとき、それら人類が作り出したあらゆる文明、技術、進化の証は、砂上の楼閣のようにあっけなく消え去ろうとしていた。


「ハーーーーッハッハッハッハ! 最高の気分だ! ようやく潰せる! 全部潰せる! 全部! 全部だ! アハハハハハハ!」

「やめろおおおおおおおおおおお!」


 立ち並ぶ高層ビル。その合間から一条の光がはるか上空の巨人めがけて飛翔する。

 その姿を言い表せば、全長9メートルほどの竜を模した西洋甲冑。空を飛ぶ竜型の甲冑は凄まじい速度で上昇を続けると、ついには巨人の頭頂部を超えて雲海の上へと昇りきり、そこで待ち構えていたもう一体の人型と激しい戦闘を開始する。


「どうしてさ!? もうなにもかも遅いのに! 僕と君は選ばれたんだ! なのになんで止めようとするの? 僕と君……二人で一緒にいつまでも楽しく遊べばいいじゃないか!」

「みんな……みんな死んだんだ! 俺の家族も、友達もみんなだ! 俺にはもう誰もいない! 何も残ってない! 俺は絶対に……お前を許さない!」

「まだそんなこと言って……君はいつもそうだよ? そう言いながらいつも僕と遊んでくれるんだ! 今みたいにね!」


 遙か天上。絡み合う二体の人型。

 雲海の狭間でいくつもの閃光が奔り、爆炎と衝撃が辺りを揺らした。


 ――突如として現れた二体の巨人。


 双方その全長は軽く数千メートルに達し、その巨躯は人類の叡智の結晶たる高層ビル群など、足下をくすぐる雑草であるかのようになぎ倒していく。

 破壊はそれだけではない。巨人のそのあまりにも大きな一歩は、それだけで母なる大地を構成する岩盤を粉々に砕き、その周辺数十キロ以上にわたり、破滅的な衝撃と振動をもたらした。それによる大地の破砕と汚染は、今後数百年にわたってその場所での生命活動を停止させる。


「動き出したあいつらはもう止められない! 君だってそれはよく知ってるだろう? 世界が平らになるまで、あいつらは戦いを止めたりしないんだ!」

「止める! 絶対に俺が止める!」

「アハッ! だから君が好きなんだよ!」


 さらに恐るべきことに、なんとその二体の巨人は互いに争っていた。

 双方から放たれる拳の直径は数百メートルにもおよび、その巨大な腕が通過した領域は、圧倒的な質量によって大気が押し出され、真空の断層をすら生み出した。


「やめろーーーー!」

「アハハハハハハ!」


 一体の巨人が放った拳が対峙する巨人の胸部に激突する。周囲でその光景を生きて見る者がいれば、その拳が放たれ、着弾するまでの動作は酷くゆっくりに、永遠にも感じられるような緩慢さだっただろう。だが――。


 インパクト。


 巨大な流星の落下にも等しいその衝撃は双方の巨人を大きく後退させ、圧縮された衝撃が、膨大な熱量と爆風で周囲一帯あらゆるものを吹き飛ばした。


 残されたのは、未だ戦意を失わずに互いへと挑みかかる破滅の巨人二体。そして、無残に陥没し、地下深くまで露出した長大なクレーター。


 先ほどまでそこにあったはずの人類の叡智は、たった一発の殴り合いでその全てが跡形も無く消え去っていた――。

 

 

 

 

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