第16話 陽が傾く頃に

 シャンテさんと二人で来たのは、近所のスーパーだった。昔はよく、母親の買い物に付き添って一緒に来ていたが、最近はあまり訪れていない。料理が趣味の人とかだったら食材を買うためなどに来るのだろうが、生憎そんなに家庭的ではない。

 確か、ルナたちはサキュバスだが、人間界の食材を使って料理しているという話をしていたな。

「えっと、買わないといけないものは……」

 横で商品を見ているシャンテさんからは、もはや人間界の主婦ではという雰囲気が漂っていた。少し、大人らしすぎる。

 彼女は欲しい商品が陳列されている場所まで行き、俺が持っているカゴにテキパキと商品を入れていった。かなり慣れた手つきだ。

「料理はシャンテさんが作ってるんですか?」

「はい。ルナちゃんはそういうの向いてないから……」

 なるほど。ちゃんと理由があるらしい。

 しばらくと他愛もない話を続けていて、俺が持っているカゴが少し重みを持ち始めた頃、シャンテさんはボソリと口を開いた。

「ルナちゃんと、何かありました?」

 なるほど。

 彼女は、これを聞くために俺を買い物に誘ったに違いない。

 その質問をされたときに、そう思った。

 なんて答えようか、迷う。

 少しだけ迷った後に、ちゃんと答えようと思った。

「……ちょっと、喧嘩しちゃいまして」

 俺の言葉を聞いても、シャンテさんは特に驚いた様子もない。

「そうなんですね」

 そう言いながら、大根をカゴの中に入れた。かなり太い大根だったので、俺の腕にズシリと来た。

「昨日、ルナちゃんが落ち込んで帰ってきたので、何かと思ったんです。やっぱり、なにかあったんですね」

 ただ、そう言う彼女の顔は、特にルナを心配しているようには見えなかった。どこか、一本線引きをしている傍観者のような面持ちだ。

 野菜コーナーから去って、シャンテさんは鮮魚コーナーへ行く。そこでいくつかの商品を手に取って品定めをし、サンマをカゴに入れた。

 ルナはあの後、シャンテさんに何か話したりしたのだろうか、とか。ルナは俺の今、俺のことをどう思っているのだろうか、とか。シャンテさんに聞きたいことはいくらでもあるのだが……。

 喧嘩をしている手前、中々聞きづらい。もしもシャンテさんが怒っていたらどうしようとか、考えてしまう。

 ただ、彼女は別に、たいして俺に何も思っていないようだった。

「卵、一人一パックまでなので、レジに一緒に並んでください」

「あ、はい」

 淡々と、彼女の買い物に付き合っている。

 しかし、人の買い物に付き合うということは、思い返してみれば余り経験が無かった。同性の友達と遊ぶ時はゲームしたりするのが主だし、異性の友達はそもそもいない。恵美と付き合っていた時は……、恵美が外に出るのをあまり好まなかった。

 だから、こうやってシャンテさんの買い物に付き合っているのは新鮮だった。気恥ずかしささえ感じてしまう。別に意識するとかではなく、単純に。

 ルナとこういうところに来たら、また違った雰囲気なのだろうか。アイツはせわしなくて騒がしいから、カゴを持っている腕が疲れてしまうかもしれない。俺がヘトヘトになっても、アイツはきっと元気いっぱいなのだろう。

 いつの間にか考えていた空想、妄想を振り払った。

 そんなことを考えるよりまず、俺は彼女に謝罪しなければ。いや、謝罪したい。

 俺は重いカゴを持って、シャンテさんと一緒にレジに並んでいた。自分たちの番が来たので、レジ台の上に商品を乗せて待っている。

 シャンテさんの財布は髪色と同じベージュ色だった。

「ルナちゃんとの関係について、何か気づいたこと、ありましたか?」

 レジ袋の中に商品を入れているときにそんなことを聞かれた。

 少しだけ悩んで、ハイと頷いた。

「それは良かったです」

 シャンテさんは、今から袋の中に入れる大根を持って微笑んだ。

 商品を全て袋に納め終わると、大きな袋二つ、小さな袋一つという結果になった。

「男の人ですもんね?」

 俺は、両手に大きな袋を持つことになる。

 ちゃっかりしているなと思った。

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