第22話 明確な敵意

 妹とたまの団欒を過ごした次の日の昼下がり。

 ファミレスにしては少し高級な雰囲気の店内で、俺は人を待っていた。

 置いてあるグランドメニューを見てみる。値段も、ファミレスにしては中々のものだ。

 正午を少し過ぎているので、店内の込み具合などは落ち着き始めていた。人を待っているという状況が慣れず、そわそわしてしまう。

 何より、今待っている人は会ったことの無い人なのだ。

 しかも異性。

 そして元カノの友達。

 こんなの、緊張しない方がおかしいという話だ。

「お水お注ぎしますねー」

「あ、はい……。ありがとうございます……」

 もう何杯目かも分からないお水をいただきながら、俺は落ち着かない体を動かしていた。

 すると、店に入った一人の女性がこちらまで歩いて来た。

「小倉さん……、ですか?」

「あ……。う、うん。小倉紗智です」

 わざわざ立ち上がって頭を下げる。会社のお偉いさんを接待している気持ちだ。

「初めまして。上代かみしろ菫と言います」

 そう言った彼女は、今時の女子高生には珍しい、左右の髪をそれぞれ三つ編みにしたオールドタイプの髪型だった。眼鏡はかけておらず、片方の三つ編みに可愛らしい緑色のリボンが付いている。

 服装は薄い青色のワンピースで、見た目からでも真面目という性格が伝わってくるようだ。

 俺の前に座った彼女は、メニューを見ながら「もう注文は決まりましたか?」と言ってきた。意外と、ファミレスのような店には行き慣れているらしい。

 まぁ、彼女のことは全く知らないのだが。

「うん。決めたよ」

 紗奈から彼女の連絡先を貰い、今回のこの約束を取り付けさせてもらった。紗奈の情報によると、菫さんとは恵美と同い年らしいので、俺とも同年齢ということになる。

 どうして敬語なのだろうか。

 そこはかとない距離の遠さに悲しさを感じながら、彼女がメニューを決める瞬間を眺めていた。

「……んー。じゃあ私も決めたんで、もう店員さん呼んじゃいますね?」

「おっけ」

 店員さんに品物を頼み終わると、菫さんは初めてこちらをちゃんと向いた。

「で。恵美について、私に話っていうのはなんですか?」

 とても落ち着いている雰囲気だ。シャンテさんはゆるふわと言った感じだが、こちらはもう少し理知的なイメージを受ける。問題が起きても冷静に対処してくれそうだ。

「その……。恵美の今の……」

「先に言っておきますけど、私はもう恵美とは連絡を取ってませんよ」

 恵美の幸せの手がかりを掴めると思い連絡をしてみれば、返事はそんなものだった。

「え……?」

「最近、恵美と突然連絡が取れなくなったんです。だから、恵美のことは私には分かりませんよ」

「な、何かあったの?」

 俺の言葉を聞くと、菫さんは笑顔になった。それは、とても悲しい気持ちを、無理に自分の中に抑え込んでいる。そんな笑顔だった。

「私にもよくわからないんです。どうしてかいきなり、連絡をしても返事がこなくなって。……彼女、元々気まぐれなところがあるから」

 だから力になれないと思います。そう言って頭を下げた。

「そう、なんだ」

「はい。……どうして恵美のことを?」

 彼女はそう俺に聞いてくる。

 正直、自分にもよく分からない。恵美をどうしたいのか。恵美にどうなってほしいのか。

 今の恵美は苦しそうだ。きっと幸せじゃないだろう。

 だから幸せになってほしいと思うのは、少々お節介なのだろうか。恵美にただただ幸せになって欲しいと願うのは、贅沢なのだろうか。

 いや、もう考えてばかりで行動しないのは止めよう。俺は菫さんの目を見て、覚悟を決めて答えた。

「幸せになって欲しいんだ。アイツに。だから、関係のある菫さんにまずは連絡をさせてもらったんだけど……」

 俺のその答えに面食らったのだろうか。菫さんは「えっ」と少し驚いた。そしてその後、訝しげな視線で俺の方を見てくる。

「紗智さんって恵美と付き合ってたんですよね? 寄りを戻したいってことですか?」

 まぁ、そう思うよなぁ……。

 幸せにしたいという名目で彼女に近づこうとしている人間だと思われても仕方が無い。こればっかりは。

 これ、どうやって言い訳すればいいんだろうか。いや、言い訳というか、弁明というか。しまった。行動に移すのもいいけれども、その場合はちゃんとした計画を建てておかないといけない。そのことを、今日学んだということにしておこう。

 とりあえず、真実を話せば間違いはないはず。

「いや、違うんだ。俺にはもう彼女がいるし……」

 一言目からもう間違えたと思った。

「彼女がいるのに恵美に近づこうとしてるんですか?」

 菫さんの顔は更に険しくなる。

 言ってから、そう思われても仕方ないと思うのは、考えナシに発言している証拠だ。

 自分の好感度が、もの凄い勢いで下がっていくのを感じた。

「あー、そういう訳でもなくて……」

「じゃあ、どういう訳なんですか?」

 どんどんと菫さんの口調が厳しくなっていく。目つきも鋭い。

 彼女の理知的な雰囲気は、こういった口論の時には彼女の攻撃力を上げるようだ。

 それを身をもって体感していた。

「えーっと……」

 準備不足だった。もっと彼女を説得できるような材料を持ってくるべきだった。そんな後悔の思考が周り始めている。

 俺の隙だらけの守りを貫くように、彼女は言葉を放った。

「人を幸せにしたい、なんてよく簡単に言えますね。恵美のことを不幸だと決めつけてるのもそうですが。もう少し、自分の言葉に責任を持ったらどうなんですか?」

 槍のような鋭さを持った言葉だった。

「え……」

 人の明確な悪意というものは、想像しているより何倍も恐ろしいものだ。

 俺はそれ

を忘れていた。そして、今思い出した。

 ずっとひよっていたのかもしれない。

 その考えは捨てたはずなのに。

 ルナと付き合って、ルナと一緒にいることで、人を幸せにできるかもと、思ったのかもしれない。

 しばらく動かない俺を見て、菫さんは「じゃあ、私は帰りますね」とその場を去った。

 昼下がり。店内は静かだ。ただ、時たま聞こえてくる客の笑い声が、自分の心を騒がした。

 自分の心を平常に戻したい。

 そう思っている自分が、とても情けない。全身が弱点の様で、体を出来るだけ縮めて、可能ならここから消えてしまいたくなった。

「こちら、特製ドリアとカルボナーラになります」

 料理が盛られた皿を両手に持った店員が、俺が一人だけいるテーブルの上に皿を二つとも置く。

 食いしん坊に思われたかもしれない。いや、それならまだマシか。

 相手に怒られ逃げられた。それが伝わっていたら、赤面ものだ。自分がいたたまれなさすぎる。

 乗り気はしないが、頼んでしまったものだ。味もしないだろうが、しっかりと食べよう。一人で静かに頂きますと呟き、大きなテーブルの片端に寄せられた料理に手を付ける。

「あれ、紗智さんですか?」

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