第3話 陽炎の中で出会った記憶

 その日は、うだるような暑い夏の日だった。俺はその時にとても疲れていて、傾く夕陽を見ながら半ば放心状態で街をほっつき歩いていた。

 適当に、次はどこに行こうかなんて考えていると、十字路の真ん中で周りを不自然に何度も見まわしている少女を見つけた。

 というか、とても綺麗な金髪だったのでいやでも目についた。白色のワンピースを着ていて、絵本の中から飛び出してきたキャラクターみたいだった。

 その少女の横を一度は無視して通り過ぎたのだが、何度か少女の方へ振り返り、彼女がずっと周りを見回してその場から動かないのを見て、なんとなく俺はその少女の元へ引き返した。

「迷ってるの?」

 普段なら人助けなんてしなかったかもしれない。でも、その時の俺は少し傷心気味で、人のためになりたかった。

 自分は人を助けられる人なんだと、思い込みたかったのかもしれない。

「なんですか」

 ただ、その少女は、助けようと声をかけた俺のことを、とても強く睨んだ。

 声も低かった。

 大層な返事だとも思った。

「さっきからキョロキョロしてるから、どっか行きたいとこでもあるのかなーって」

 その時の俺はかなり疲れていて、不愛想な態度を気にする余裕すらなかった。なんせ、朝からずっと行く当てもなく街を歩いていたのだから。

 肉体的にも精神的にも、限界だったのかもしれない。

「…………月」

 少女は俯いて、小さい声でそう言った。

「月?」

「月がよく見える所!」

 聞き返すと、先ほどの鋭い目つきで怒られた。相当、気が立っていたのだろうか。

 月がよく見える所という少し珍しい発注ではあったが、俺はその場所を運よく知っていたので、道案内をすることにした。

 センター街とは逆方向に小高い山があり、そこには登りやすいように登山道が整備されていた。そして頂上には、おあつらえ向きにベンチと一本の街灯が設置されている。住んでいる街を一望できる、俺のオススメスポットだった。

 しかし整備されているとはいえあまり有名な場所ではなく、道も開拓されているわけではない。険しいし、長い。少女を案内して登り切るころには、陽は暮れていて、俺は鍋で煮すぎた白菜のようにクタクタになっていた。

「ありがとう、ございます」

 俺がそこに連れていくと、少女はそうお辞儀した。どうしてこんな場所に来たいのか分からないが、とりあえず「どういたしまして」と返した。

 疲れた俺は、ベンチに座り、気が付くと寝ていた。気絶だったかもしれない。

 そして目を覚ますと、少女などどこにもいなかった。ただ、コオロギの声が響いているだけだった。

 その日から何日かは、あれはなんだったんだろうと謎に思っていた気もするが、いつの間にか俺はその出来事を、疲れすぎて見ていた幻覚だと捉えるようにしていた。

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