第4話 諦めなければ終わらない

「……あの子か!!」

「思い出しました?」

 もう一度、ルナを見る。

 あの日の不愛想な少女とは、似ても似つかない雰囲気だった。幼い印象は受けるが、ちゃんと体も成長している。

「お、思い出したけど……」

「あの日に助けてもらった時から、私の運命の人は紗智さんしかいないって思ったんです!」

 彼女は熱を籠めて目の前の運命の人とやらに話す。

 サキュバスのことや、求婚の動機を聞いても、彼女と俺の間には温度差がある気がした。

「お願いします! 私と結婚してください!」

 真剣な顔で、俺のことを見ている。

 恋愛、という現象が自分の前に現れたのが、随分と久しぶりだった。

「…………ごめん」

 俺は、ルナからの告白を断った。

「え……? 結婚して、くれないんですか……?」

 彼女の目が驚きで丸くなる。声は、自信を無くしていったのか段々と細くなっていった。

「結婚、はまだ学生だから早いし……。付き合うっていうのも……、うん。ごめんね」

 少しだけ、目が潤んだのが見えた。申し訳無くて、顔を逸らす。肌に触れる空気さえも痛々しくて、今すぐこの場から逃げ出してどこか適当な場所で寝てしまいたかった。

 人を振るという行為は、やはり嫌なものだ。

「私が……、貧乳だから、ですか……?」

 ルナは涙声でそんなことを言った。

「い、いや違う違う違う! ルナが悪いとかでは無いんだ、決して……。これは、俺の問題だから……」

「紗智さんの、問題……?」

 そう、これは別に、ルナがいきなり告白してきたから断るということではない。

 俺は誰とも付き合わないと、心に決めているのだ。自分が成功して、ちゃんとした大人になるまでは。

「うん。……ルナは可愛いし、多分良い人……良いサキュバスだろうし、俺なんかよりもきっと素敵な人、見つかるよ!」

 この言葉が独りよがりな言い訳であることは分かっていた。でもそれでも、何か言葉を放っておきたかった。

 ルナは、更に涙ぐんだ声で訴えた。

「でも、私は紗智さんと付き合いたいんです。その気持ちは、汲んでくれないんですか……?」

 詰め寄られて、困ってしまう。決して俺は、ルナを傷つけたいわけではないし、不幸になってほしいわけでも無い。

 幸せになってほしいから、断っている。

(幸せにしてくれるって、言ったじゃん)

 脳内で、思い出したくないセリフがフラッシュバックした。

 一度、目を瞑る。そして、目を開けてルナの顔をしっかりと見る。

 ――これは、付けなきゃいけないけじめなんだ。

「ごめん。それでも俺は」

「分かりました。みなまで言わなくてもいいです」

 俺のけじめは、ルナの言葉に遮られた。

 彼女は目を閉じて、俺の顔に向けて手の平を見せている。ストップの意味だろうか。

「え。わ、分かったの……?」

 あまりにも聞きわかりが良いので、心配になって逆にこちらから聞いてしまった。

「はい、分かりました。完璧に、理解しました」

「そ、そっか。それなら……」

「落として見せます!」

 彼女はいきなり目を見開いて、自分の顔を見た。

「え?」

 やはり、分かっていないようだった。

「まずは、親から攻略しろと学校で習いました! お義父さんとお義母さんの部屋はどこですか!」

 立ち上がり、辺りを見回すジェスチャーを取る彼女を、俺は必死に止めた。

「ま、待って! こんな深夜にいきなり女性に起こされたら二人とも驚いちゃうよ!!」

 この前、父さんは健康診断で血圧が高いと注意されていたのだ。そんなことされたら、血管とかはち切れるかもしれない。

「むぅ。仕方ないですね。そこまで紗智さんが言うなら、ご両親へのご挨拶はまたの機会にさせていただきます」

 口をとんがらせて、ルナはどうにか諦めてくれたようだ。先ほどまでの泣き顔はどこにいったのだろうか。それも魔族の能力か何かなのだろうか。

「でも、必ず落としてみせますから! その時まで、首を長くして洗っててください!」

 ルナはそう言い捨てて、何をするかと思えば俺の部屋の窓を開け、翼を出してパタパタと暗闇の中へ飛んで行ってしまった。

「え……? ど、どっち……?」

 残された俺は、呆然と立ち尽くしていた。

 いきなり来て、いきなり去って行ったルナ。彼女は俺に告白をして、それを俺は断った。その時は、とても申し訳なくは思ったのだが……。

 どうやら彼女は俺を諦める気はなく、逆に落としに来るらしい。

 ただこれは、彼女ではなく俺の問題だ。もしも俺が彼女のことを好きになったとしても、俺は今、人と付き合う気はない。

 出来ればこれが夢であって欲しいと願いながら、俺は電気を消してベッドの中に潜り込んだ。

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