貧乳サキュバスは魅了したい!
鵙の頭
第1話 サキュバスの恩返し
机の上に置いてある参考書と睨めっこをして、もうそろそろ三時間が経った。俺は、自分の部屋で誰に聞かせるでもなく独り言を言う。
「はぁ……。もう12時か……」
壁に掛けてある時計を見る。短針はテッペンを差していた。もう、日付は変わったらしい。
「そろそろ、寝ようかな……」
ノートを閉じると、表紙に{物理 2年A組
ピコンと、スマホの通知が鳴った。男友達である
{勉強、がんばってっかー? 今度息抜きに飯でも行こうぜ!}
それに{了解}と返信する。友達の気遣いが身に沁みた。
立ち上がってベッドへ向かう。服はもうパジャマだし、歯磨きもすでに済ませてある。
窓のカーテンを閉めようとして窓に近寄ると、真っ暗な外を映している窓に自分の顔が反射した。受験に備えて二年生の夏休みから勉強を始めてはみたが、長時間の勉強は慣れないなので顔がやつれている。ボサボサな短い黒髪と眼鏡越しに見える気力のない目は、まさに苦学生という感じだった。
酷い自分の顔から逃げるようにカーテンをパシャリと閉め、眼鏡を側に置いてからベッドに横たわる。
まだしばらく夏休みは続く。明日も勉強で、明後日も勉強だ。憂鬱な日常だが、自分はちゃんとした大学に行きたいのでこればかりは仕方が無い。
良い大学に行って、一流企業に勤めて、素敵な女性と出会って結婚する。そのためには、今からの積み重ねが必要なのだ。
枕の横にあるスイッチを押すと、部屋が真っ暗になる。
疲れてはいるが、すぐには寝れるわけじゃない。昔、人に言われた(真面目すぎ)という言葉がフラッシュバックする中、ずっと俺は考え事をしていた。そして、三十分ほど経つと、俺はようやく寝ることができた。
そして、次に目が覚めたのは、まだ辺りが真っ暗な時だった。
頭はまだスッキリとしていない。意識が混濁し、目もあまり開けないほどの眠気を感じながら、自分の腹へのモゾモゾという刺激で俺は起きた。
「ぇっ……?」
仰向けに寝ている自分の腹の上に、何かが乗っている。それくらいの重量感に俺は起こされた。
真っ暗なので、何が乗っているかは分からない。
しかし質感的に、それは明らかに人だった。
(ひ、人が乗ってる……? 俺の上に?)
自分の中でそう理解した途端に眠気は吹き飛んだ。
(俺の上に人が乗ってる!?)
真っ暗だということはまだ真夜中だ。そんな時間帯に、しかも自分が寝ている時に誰かが自分の上に乗っている。
じ、自分の知人だろうか。というか、知人であってくれと心の中で切に願う。友人の性質の悪い悪戯か、そうでなければ真面目な両親や、反抗期が訪れ廊下ですれ違うだけでも舌打ちをしてくる妹が、真夜中に俺の上に乗っていてくれと願う。
頼むから、頼むから真っ黒な服を着たおっさんや、ナイフを持った女性ではないようにと心の中で一心不乱に唱える。そうであれば、恐らく俺の人生はここで終わる。
自分のお腹の上に乗っている人に気付かれないように、俺はそーっと自分の手を電気のスイッチの側に持って行く。電気を点けようとしているのがバレたら殺されてしまうかもしれない。そんなことを頭の中で考えながら腕を動かしているので、指はブルブルに震えていた。
よし、電気を点けられるとこまできた! そう思った時、自分の胸の上に暖かい感触がした。
(ひっ!)
驚きすぎて声を上げそうになった。トン、トンと、自分の胸の上に何かが置かれた感触がする。恐らく手だろう。
お腹に乗られて、胸に手を置かれて、俺がハリウッドの俳優なら実にムーディな場面ではあるのだが、相手がハリウッドの女優なら実に官能的な場面ではあるのだが、生憎と俺はただの高校生であっちは正体不明の人間だ。こちらが感じるのは、恐怖でしかなかった。
電気を点ければ、もしかしたら逆上した相手が何かしてくるかも、とも少しだけ考えはしたが、そんな相手ならどっちみち俺は殺される。
(ええい、ままよ!)
俺は一息にスイッチを入れた。
明るさ一〇〇パーセントの蛍光灯が点灯し、暗闇に慣れていた目のせいで視界がホワイトアウトする。耐えかねて目を閉じる。
「ま、眩しぃ!」
どうやら相手も明るさにやられたようだ。若い女性の、可愛らしい声が部屋に響く。
……若い女性の可愛らしい声? 若い女性が乗ってたの?
そう思うと、不思議な事に恐怖は幾分か和らいだ。自分でも現金な奴だと思う。上に乗っていた人が見知らぬおじさんではなかったという点が、かなり大きかった。
しかし、警戒心は保っておかないといけない。その声は、聞いたことがなかった声だった。少なくとも、母や妹の声ではない。若い女性でも、凶器などを手に持っていたら、終わりだ。
ホワイトアウトしないように、俺は恐る恐る、自分の目を開けた。
するとそこには、腰までほどの長く綺麗な金髪を持っている、可愛い女性がいた。外見はどちらかといえば幼く、口からは八重歯が覗いている。
「な、なんでいきなり電気点いたんだろー……」
まだ眩しいのか目は閉じたまま、彼女はそう言った。
服装はかなり露出が多めで激しく、上は白色のキャミソールで下はホットパンツだ。両手には、幸いにも何も持っていない。
そして、胸はぺったんこだった。
そんな女性が馬乗りになっていた。
全く、見覚えが無い女性だった。
「……………………?」
俺の警戒心は、最高潮から最底辺まで落ちていた。警戒心が無くなった代わりに、疑問が頭の中を埋め尽くした。
(誰だ? この女性? なんで? 俺に馬乗りに?)
ハテナマークが多すぎて、頭がろくに回転しないくらい謎だらけだった。
自分の上に可愛らしい女性が乗っているという光景を俺はまじまじと見続けた。それはもう、穴が空くくらい見続けた。
(ほ……んとうに…………、映画の撮影?)
もしかしたら自分はハリウッド俳優だったかもしれない。起き掛けの頭では、そんな呑気な考えも否定できなかった。
やがてその女性は、もう大丈夫だと判断したのか、目を一気に開けた。
うわ、目を開けた! とその時は思った。目を開けるのは当たり前のことなのに。
そして、その女性は俺を認識すると、先ほどまで閉じていた目を急に輝かせた。
「あっ紗智さん! 起きたんたんですね!!」
(俺の名前を知ってる!?)
もしかしたら、以前に面識がある人だろうか。だとしても、俺の知り合いにこんな犯罪まがいのことをする人はしらない。彼女は一体、なんなのだろうか。誰なのだろうか。
その質問の答えは、すぐに彼女から渡されることとなった。
「お久しぶりです! 昔助けていただいたサキュバスです! 結婚しにきました!!」
曰く、更なる疑問を引き連れて。
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