金曜日の爆弾魔事件に関する調査報告書 後書き(真壁佳代の手記を添えて)

 真壁佳代氏の死は今でも心残りである。私がもう少し早く彼女の意図に気付いていたら、少なくとも彼女の自死は止められたのではなかろうか。猫目石を責める気持ちも、当然あるが、しかし彼女もまた神様ではない。彼女自身が言っていた通り、不可能もあるのだ。

 金曜日の爆弾魔を捕らえた功績は新聞やニュースでおおいに取り上げられ、猫目石と私は一躍時の人となった。しかしそれでも現在の生活に支障がないのは、私たちがその後しばらくの間、私の実家のある東北地方に雲隠れしていたからである。

 三月に入ってようやく自宅へと戻った私たちは再び猫目石のお兄さんに呼び出された。

 今度は喫茶店「沈黙」ではなく、とあるチェーン店であったが、猫目石のお兄さんはまたもや女装をして現れた。前のように小さな少女ではなく、元々の身長を活かして大人の女性といった感じの女装だったが、しかしそれとて完璧に近い装いである。「今回は助かったよ」と謝辞を述べる兄に対して、猫目石は対抗心以上の敵意を向けて言った。


「あんたの情報がもっと早ければ、真壁佳代は助けられた」


 これについて兄上の方から謝罪の言葉はなかったが、私はこの時確かに猫目石芽衣子という名探偵の中に、正義の光を感じたのだった。

 私がこの事件を文章としてまとめている頃には、既に金曜日の爆弾魔事件は読者諸君の記憶の彼方へと誘われているかもしれないが、しかし私は決して忘れないだろう。真壁佳代も遠藤未来も、確かに戦争の被害者であったのだ。




 拝啓 猫目石芽衣子様


 まずは私を一度見逃していただいたこと、お礼を申し上げます。あなたはきっと確たる証拠を掴むために泳がせたと思っているのでしょうが、そのおかげでこうして手紙まで残すことができるのです。

 私が「金曜日の爆弾魔」です。いえ、正確にはその計画を引き継いだ人間なのです。最初に計画を立てたのは私が愛していた人――遠藤未来でした。

 名探偵のあなた様のことだから、未来については既に調べがついているでしょう。私と未来は大学時代に出会いました。私は文系で向こうは理系でしたから、本来ならば出会うはずのない二人だったのでしょう。しかし神様のいたずらか、私たちは出会ってしまいました。私たちは互いのことを運命の相手だと信じて疑いませんでした。結婚などは考えておりません。ただ永遠に二人共にいられたら、それで良かったのです。

 しかし、運命は残酷でした。私は一番信用していた父に未来のことを紹介しました。ところが父からは私たちの関係をあっさりと否定されてしまったのです。私がいくら説得しようとも、父の考えは変わりませんでした。

 私は次に仲の良かった友人に相談してみることにしました。ところがその友人の反応も父と似たり寄ったりで、結局話が好転することはありませんでした。

 なぜ彼らが揃って私たちの関係を否定したのか、その理由は至ってシンプルで、それは私も遠藤未来も、同じ“女”だったからなのです。私たちが同性であった、ただそれだけで私たちの運命は否定されてしまったのです。

 しかしそれでも私は平気でした。未来と共にいられれば、それで幸せだった。ところがそんな中で起こったのが、あの戦争でした。

 ある日、未来は戦争に行くと言い出しました。自分の知識を活かす機会だと、自分を必要としてくれる人がたくさんいる、と。私は身が裂けるような思いでしたが、彼女を止めることはできませんでした。それが彼女にしかできないことだと理解していたからです。戦争があらゆるものを奪ったと言われることが多いですが、戦争のおかげで居場所を得た人間もいるのです。

 やがて戦争が終結し、未来は日本に帰国しました。ただし彼女は心身ともに大きく傷ついていました。しかし、にも関わらず、周囲の人間で彼女を気遣う者はいませんでした。戦争中はあれだけ賛美されていた行為でも、戦争が終わるのと同時に人殺しは罪だという世相に変わったのです。私も未来もそれがどうしても許せませんでした。だから「金曜日の爆弾魔」を生み出したのです。

 私たちは戦後復興した施設を中心にターゲットを定め、計画通りに爆破を実行していきました。ところがその最中、未来が死んでしまいました。病気でした。心身共に弱りきっていた彼女にとって、戦後最大のテロとも言えるこの行為は、やはり負担が大きかったのでしょう。

 私は未来の計画を引き継ぐことにしました。

 ところが、ある時父親が私に疑惑を持っていることに気が付きました。父の監視は日に日に強くなっていき、そのうち私は身動きが取れなくなってしまいました。だからこそ、私は猫目石様を頼ったのです。

 私の父親のプロフィールは、猫目石様も既にご存知でしょうが、爆弾魔の濡れ衣を着せるにはこれほどぴったりの人物はありません。うまくいけば、邪魔者である父と、名探偵である猫目石様を同時に足止めすることができます。

 ただ一人だけ、どうしても謝りたい人物がいます。それは、猫目石様の探偵助手です。

 先生、私が先生のファンであると言ったことは嘘ではありません。出会う時期が違えば、私たちはもしかしたら良い友人になれたかもしれません。先生を騙してしまうことは、本心から心苦しかったことです。本当に申し訳ありませんでした。

 さて、私が伝えるべきことは全て記しました。私は計画の全てを実行に移し、そして未来が待つ世界へ旅立ちます。この手紙は告白文であると同時に私の遺書であると思ってください。それでは、お元気で。


 真壁佳代

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