「君に僕の何が分かるというのだ」
「最後の言葉には同感だな」
喫茶店「沈黙」を出た私たちは警察関係者から情報を集めるべく、タクシーで警察省へ向かっていた。
「最後の言葉?」
「正月は家族と一緒に暮らした方が良いってのと、君が金曜日の爆弾魔を捕まえるっていうの」
「爆弾魔に関しては当たり前だろう。しかし家族云々に関しては、君には言われたくないな。両親や兄弟とは折り合いが悪いんじゃなかったのか」
「それは今年までさ。正月に話し合う場が設けられることになった」
「話し合い? おめでとう、ついに一家離散か。せいせいするな」
「なんでそんな風にしか考えられないんだ……仲直りだよ。まあ、私も両親も年をとって考え方が変わったってところかな」
「まさか正月は休みを?」
「そのつもりだが?」
「冗談じゃない! 当探偵事務所は年中無休だ!」
「今時そんな労働条件のところはないだろうよ。それに盆と正月は休むのが常識だ」
「常識なんてものに囚われていたら柔軟な思考は得られない」
「とにかく何と言われようとも、正月は実家に帰らせてもらうからな」
「ふん……勝手にするがいいさ」
猫目石は明らかに不機嫌になっていた。視線を窓の外に向け、新首都の都市部へと入るまでは一切口をきかなかった。彼女が次に口を開いたのは私からの質問があったからである。
「一つ訊いて良いかな?」
「……何だ」
「さっきの喫茶店はどういうところなんだい? 普通の店には思えないんだけど」
「奇人、変人、社会不適合者の巣窟さ、従業員も含めてな」
「あの双子の女給も? そこまでの変人だったかな」
確かに不思議なノリの二人だったけれど、しかし常日頃から猫目石という変人の典型的サンプルを見ているからだろうか、あの双子からはさほど変人らしさを感じなかったが。
「異常なまでの共依存関係さ。中学までは辛うじて卒業したが、高校で事件を起こして退学になった」
「事件?」
「三人を殺しかけ、最後は自殺未遂――いや、正確には心中未遂かな。動機は高校に入ってクラスが分かれたから」
「それだけで殺人未遂と自殺未遂を……? そんな馬鹿な」
「そんな馬鹿なことをする人間があの店には集まっているのさ。双子の場合はその後、あの店のオーナーが目をつけてね、あの店に置いてもらうことになった。給料はそこらのサービス業よりはるかに良いぞ。共依存を除けば有能な人材であることに間違いはないし、何より店にくる変人連中を相手するには並大抵の理解力やコミュニケーション能力じゃ無理だからな」
「それじゃあ、君の身内っていうあの女の子も?」
「あの女の子なんて呼び方はやめろ」
「私はまだあの少女が君のどんな身内か聞いていない。妹か? それとも従妹とか?」
「どっちも外れだ。まあ、この件に関しては君が推察できないのも無理はないがね」
「どういうことだ」
「
「兄? お兄さん? おいおい、猫目石、からかうのはよしてくれよ」
冗談だと受け取った私に呆れるように、猫目石は肩をすくませてみせる。
「本当にお兄さんなの? だってあれは完全に女の子だったじゃないか」
「君の夢を打ち砕くようで悪いがね」
「いや、だって声や……そもそも骨格からしてとても男とは……」
いや、それだけではない。頭のてっぺんから足の先まで、それこそ仕草一つとっても、完全に幼い少女のそれだった。
「声の方は自前だよ。まあ、相当の訓練を積んだらしいがね。骨格の方は、元々小柄というのもあるが、一種のトリックさ。戦時中、光の屈折を利用した迷彩兵器が開発されていたが、知っているかい?」
「いわゆる<ホログラム>や<光学迷彩>ってやつだろう? ただ実戦配備はされていなかったと思うけれど」
「その理由は装置の大型化と戦地でのメンテナンスが実用的でなかったからだ。しかしごく限られた空間でならば十分に効果を発揮するのだよ」
「それじゃああの少女の身体つきやら何やらってのは」
「虚像だよ。とはいえ、それなしでも兄がしているのは完璧な女装だけれどね」
そこまで言われたら、信じざるを得ないように思えた。そしてそれ以上に、私は目の前の、妹の方の猫目石をまた一つ理解することができた気がした。いや、猫目石風に言うのなら推理か。私は一つ思いついたことを彼女にぶつけてみようと思い立った。
「君がそんな格好をする理由が分かったよ」
「何だと」
今日の猫目石は士官用の軍服と制帽を身にまとい、さらに漆黒の外套を羽織っている。いつもより気合が入っているし、そしてなぜいつも男装をしているのか。
「あのお兄さんに張り合っているんだろう? 気持ちは分かるよ。私にいるのは兄だけれどね、もしもあれが姉で、そして私よりもはるかに男らしかったら、私も対抗心を抱かずにはいられないだろう」
つまり猫目石は、女性である自分よりもはるかに可愛らしい兄に嫉妬しているのだ。だからその当てつけとして男の格好をしているのではないだろうか。
「君に僕の何が分かるというのだ」
「少なくとも君がとても負けず嫌いなのは知っているぞ。だからお兄さんからの調査依頼を断ったんだろう」
「ふん……」
「拗ねるなよ」
しまった、少々言いすぎてしまったようだ。これでは話を前に進めることができないのではないか? 私は手遅れになる前に軌道修正を図ることにした。
「警察省で何か情報が得られれば良いが……むしろ直接犬吠埼さんに訊いた方が良くないか? 警察組織はテロの方向で考えているってことは、当然国立検事局も動いているだろうし」
「嫌だね。僕は兄もそうだが、咲枝にも可能な限り会いたくない」
「そう言うとは思っていたけどね、まったくわがままな名探偵だ」
そんなことを話していると目的地である警察省が見えてきたのだった。
まったくひどいもんですよ、と猪俣警部は髪の毛をくしゃくしゃと掻き上げた。
「四件の爆破事件で死傷者は三十二人、戦後最大のテロと言っても過言ではありますまい」
「やはり警察はテロの線で捜査を?」
私は猪俣警部から捜査資料を受け取りながら尋ねた。
「そりゃあ、爆破事件ですよ、それも評議会場が被害にあっている、テロでしょう、これは。一つ気になるのは犯人の声明がまだないことですがね」
捜査資料の中には爆弾の構造に関するものもあった。私は爆発物の専門家ではないから詳しいことは分からないが、猫目石が推理した通り、まったく別のタイプのものが使われたようだ。
「捜査は一課がやっているのですか?」
「いやぁ、我々はあくまで捜査協力という形ですな。捜査の指揮を執っているのは検事局と公安の連中です。ああ、そう言えば犬吠埼捜査官から言付けを預かっていますよ」
「私にですか?」
「いえ、正確には猫目石殿にです。今日はご本人は?」
現在私と猫目石は手分けをして捜査に当たっている。公安も調査に関わっているだろうと踏んだ猫目石はあらかじめそちらを調べているのだ。その代わりとして私が一課の猪俣警部を尋ねたといった次第だった。
「猫目石への言付けなら私が預かりますよ。それで、犬吠埼さんは何と?」
「『素人探偵が余計なことをするな』だそうです。私としてはまさに猫の手も借りたいといった状態なのですが」
どうも猪俣警部は相変わらずその図体に似合わず腰が低い。しかし猫目石に信頼を置いているのも事実であるようで、まったく毎度毎度情報を提供してくれることに関しては感謝してもしきれないというものだろう。
捜査資料に関しては特にこれといった目新しい情報はなかった。強いて挙げるとすると事件に関与したと思われるいくつかの過激派組織や反政府組織の名前があっただけで、とはいえそれは猫目石兄妹の「犯人は個人である」という推理に矛盾するから割愛しても良いだろう。
私は捜査ファイルを猪俣警部に返却した。
「警部、どうもありがとうございます。このお礼はいずれ何かの形でさせてもらいますよ」
「いえいえ、捜査に協力していただけるだけでありがたいのですから……ただ、一つだけわがままを言っても良いでしょうか」
「わがまま、ですか」
「これにサインをいただきたいのです!」
そう言って差し出されたのは一冊の本だった。タイトルは言わずもがな『特区令嬢誘拐事件』だ。私は心底驚いてしまった。
「まさか警察の方に読んでいただけるとは思ってもみませんでした」
「私の周りの人間はみんな読んでいますよ」
「いや、しかし、警察の方ならことの顛末は全てご存知のはずではありませんか」
「“物語”として面白いのです。他の人間にもかなり評判が良いですよ」
私は喜びのあまり踊りだしそうな気分だったが、何とか体裁を保って警部から本を受けとり、裏表紙にサインをした。出版にあたってひっそりと練習していたサインだったが、実際に書くのはこれが初めてで、些か緊張してしまった。
「できれば写真も一緒にお願いできますか?」
「い、いやぁ、さすがにそれは……」
照れくさかったので写真は断った。警部はやや残念そうにしていたが、分かってはくれるだろう。私は改めて警部にお礼を言って、その場をあとにした。
「収穫はあったか?」
警察省の建物を出たところで猫目石と合流した。
「大いにあったよ」
「ほう。聞かせてもらおうか」
「私の書く文書はなかなか好評のようだ。少なくともサインを求められるくらいはね」
「はぁ? 君はそんなことを聞きにいったのか?」
「それ以外だと、特に収穫はないかな。やはり検事局と公安が主体になって調査しているらしいから、警部のところまでは情報が回って来ないみたいだ」
「それでなくとも警察組織はテロの線で調べているしな」
「君の方で収穫は?」
「こちらも特になしだ。まあ、これは爆弾魔が個人だっていう僕の推理の確証になったから、それはそれで収穫ではあるかな」
「次はどうする」
「正攻法で行こう。真壁佳代から調べるんだ。君は彼女の職場へ迎え。僕は彼女とこれまでに爆破された施設に接点がないか探ってみる」
「気をつけろよ、相手は爆弾魔だ。それにあの父親のこともある」
「君、あまり僕を甘く見ないことだ。これでも僕は君と同じく、あの戦争を生き抜いた人間なのだよ」
猫目石は得意げにそう言い切ると、タクシーをつかまえて乗り込んでしまった。彼女と別れた私は言われた通り真壁佳代氏を探るため、彼女の職場であるとある私立大学へと向かうのであった。
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