第39話 魔物の聖女に敬意を込めて【完】
「セルディナ様!!!!!!」
名前を呼ばれた。
振り返った先、処刑台から見下ろす広場の中で、ロキが魔法を使っていた。
<爆発>の魔法で空を飛びながら、爆風で風をはためかせて、必死な顔をしたロキがセルディナの名前を叫んでいた。
怒鳴るような口調で叫びながら、ロキは契約から解き放たれた魔法を使って、セルディナの元へ一直線に向かって来ていた。
いつも冷静なロキが、必死な表情で。涙が零れ落ちるのも気にせず、ロキの手が、セルディナに向かって伸ばされる。
その手を掴んで欲しいと、ロキは願った。
神様なんて居やしないと思っていたロキだったけれど、信じてもいない存在に縋ってセルディナが生きてくれるなら、幾らでも縋ってみせる程、セルディナに生きて欲しいと願っていた。
「私が逃げてしまったら、シア様は困らないかしら」
それでも、セルディナは最後の一歩が踏み出せなくて。
「大丈夫ですよ。処刑を進めるより先に、魔物を制圧しようとする事も出来たんです。そっちの方が処刑を確実に進められた。けれど、アルシア様はそうしなかった。きっとアルシア様は、逃した魔物の手でセルディナ様が助けられることを願っています」
セルディナの背中を押したのは、ラルムのそんな言葉だった。
騒ぎの広がる中、セルディナはゆっくりと周囲を見渡した。
広場の見える建物の一つ、そこからこちらを見つめるアルシアの姿を見つけて。
「良いんだ。僕は君が好きだったけど、僕では君を幸せにすることは出来ないから」
……独り言のように呟かれたアルシアの言葉は、セルディナに届くことはなかったけれど。痛みに耐えながら笑うような顔をするアルシアの姿を見たセルディナは、ゆっくりと一歩、足を踏み出した。
「ロキ、私……貴方と一緒に居たいわ」
セルディナの瞳から、涙が零れ落ちる。
ようやく口にすることが出来た望みに、セルディナの心は枷を外されたように、感情が止まらなくなってしまって。
「貴方を自由にしたいのに、貴方と一緒に生きたいの。私もう、どうすれば良いのか分からないの」
処刑台の上を歩いて進んで、セルディナは「助けて、ロキ」と小さな声で呟いた。
セルディナを助けてくれたのは、いつだってロキで。
けれどその日は、いつものように「セルディナ様のお心のままに」という言葉は聞こえなかった。
爆風がセルディナの頬を撫でる。熱い風に一瞬遅れて、ロキの体がセルディナの元へ辿り着く。
気が付いた時には、セルディナの体はロキの腕の中にあった。
ぎゅうと抱きしめられて、焦げたような匂いがした。
「私の幸せには、セルディナ様が必要です」
息切れをしながら、ロキがセルディナに告げる。
優しい抱擁だと言うには、その腕に込められた力は強すぎた。
痛いほどの締め付けだったけれど、セルディナは気にもならなかった。
そんな事より、ロキに告げられた言葉の方が嬉しくて。
ロキの腕の中でポロポロと涙を流すセルディナの姿は、まだまだ小さな少女のよう。
穏やかで大人びた笑みを浮かべる公爵令嬢の姿はどこにもなかった。
見守るしか出来なかった人々の中、誰かが「捕まえろ」と叫んだ。
またある者はセルディナとロキに向かって、「逃げて」と言った。
セルディナの一番近くにいるラルムには、捕えるつもりなんてさらさら無くて、ロキがセルディナを抱えたまま逃げ出そうとするのを見送ってしまう。
「アルシア殿下、セルディナ・マクバーレンに今すぐ追手を……」
「いや、良い」
「ですが……」
「あれはそのままにしてくれ。僕が責任を取る」
離れた建物の中で、アルシアはセルディナの姿が小さくなるのを見つめていた。
昔、この国には「魔物」と呼ばれる生き物がいた。
人間と同じ容姿で、魔力を持つ生き物……今は「魔法使い」と呼ばれる人々は、かつて「魔物」と呼ばれて冷遇されていた。
「魔物」を救うため、一人の少女が立ち上がった。
彼女の名前はセルディナ・マクバーレン。
公爵家に生まれた彼女は、第一王子のアルシア・アルセルトの婚約者でありながら、全ての立場を投げ出して、「魔物」を救うために尽力した。
後に国王となったアルシア・アルセルトは、セルディナの行動を受け、「魔物」という言葉を無くすことを約束した。
……だが、国を変えたセルディナ・マクバーレンがその後どうなったのか、語られる事は少ない。
一説によると、「魔物」を救うために国に革命をもたらし、処刑させられたとある。
またある一説によると、「魔物」と駆け落ちをしたともある。
真相は分からないけれど、一つ確かな事もある。
「魔物」の自由は、セルディナ・マクバーレンが居なければ、あり得なかったものだった。
かつて「魔物」だった「魔法使い」は、セルディナ・マクバーレンへの感謝を忘れぬよう。
また、かつて「魔物」だった苦しみと、その過去が再び繰り返されることの無いようにという願いも込めて、彼女の事をこう呼ぶ。
「魔物の聖女」と。
「ねぇ、お母さん!昔、魔法使いは魔物だったってお話、本当なの?」
「あら、もうそんなお勉強をしているの?」
「凄いでしょう。……じゃなくて、魔物のお話!」
「ふふ、本当よ。昔、魔法使いは魔物だったの」
小さな家の庭で、茶色の髪の少女が「変なの!」と言った。
風が吹いて、少女の髪が靡いた。少女の瞳は、宝石のように美しい青い瞳だった。
「じゃあ、お父さんは魔物だった?」
「ええ、お父さんは誰よりも美しい魔物だったわ」
不意に少女の頬に当たる風が生ぬるいものに変わって、少女は空を見上げた。
「こんな庭先で何をしているんですか?」
そんな言葉と共に、上空から降りてきたのは少女の父親だった。
彼は庭先に立っている自分の妻と子供に、魔法を使ってふわりと降り立つ。
「そろそろ帰って来るかと思って、待っていたの。お帰りなさい」
「お父さん、お帰り!」
「ただいま戻りました」
妻と子供の出迎えに、男は一瞬嬉しそうに口の端を上げた。
「ですが風邪を引きますから、中に入ってください」
嬉しそうにした癖に、心配をして告げる男に、少女の母親はクスクスと笑う。
「ふふ、ロキは何時まで経っても心配症ね」
小さな家には、死にたがりだった少女の姿はどこにもなくて。あるのはただ、幸せでたまらないといった親子の姿だけだった。
【完】
~あとがき~
これにて完結です。
本当は「裏切りの公爵令嬢は処刑台で笑う」と同じ結末にしようと思っていたのですが、頂いた感想などを見ている内にこうなりました。
もしも、別の選択をしていたら……という話が読みたい方は、是非「裏切りの公爵令嬢は処刑台で笑う」も読んでみて下さい。
この話の元になった話です。
タグに「悲恋」と書いていたのですが、狙ったわけではないのですが、タグ詐欺になってしまったことをお詫びします。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
感想を送って頂いた方もありがとうございました。
皆様のお陰で、こちらの話も無事に完結を迎えることが出来ました。
本当にありがとうございました。
裏切りの公爵令嬢は処刑台で笑う 千 遊雲 @yuurangumo
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