第36話 “その日”、魔物は……
魔物が解放された時の合図は、当初からセルディナが決めていた。
合図は空に、大きな<爆発>の魔法を放つこと。
音が聞こえなくとも、空気を揺らす程巨大な<爆発魔法>を見たら止まるようにと、セルディナは全ての魔物に言っていた。
『それが解放の証よ。その合図を見たら、それ以上被害を大きくしては駄目よ。ずっと貴方達を苦しめてきた、人間が言うのも酷い話だけれど、憎しみは憎しみしか生まないもの。私、貴方達に幸せになってほしいの』
セルディナが居なくとも、ロキだけで済ませることのできる合図は、きっと最初からセルディナが居なくなることを前提で考えられていたのだろう。
空に打ち上げた大きな<爆発>は大地を揺らして、魔物が暴れる混乱の中、誰もが空を見上げた。
魔物も、人間も、空を埋め尽くすほどの火炎の花を見つめていた。
ある者は怯えを滲ませて。ある者は呆然と。どこかで雄叫びが上がった。魔物の声だった。
歓喜の雄叫びは、瞬く間に他の魔物へも伝染して。
「魔物の聖女に、敬意を込めて!!!」
誰かが、ロキに続いて魔法を空へ放った。
氷の花が、雷の花が、<幻影>の花が空に広がって、落ちていく。
全部、セルディナの救った魔物による魔法だった。
その光景はまるで、祝砲のようだった。自由になった魔物を祝福するかのように、数々の魔法が空を彩った。
自由に放たれる魔法に、魔物の叫びに、人々は魔物が自由の身になったのだと察した。
怯えて逃げる人間に対して、魔法を使おうとする魔物が居なかった訳ではない。
しかし……。
「おいおい、姫さんの言いつけを破るつもりかァ?」
……そんな魔物は、同じ魔物の手によって止められた。
町への被害も、思ったよりも大きくなく。死人は一人も出なかった。
それはきっと、首謀者のセルディナが、誰も死んでほしくないと願ったから。セルディナによって救われた魔物達は、セルディナの思いを汲み取って動いた。から
魔物を縛るものはもう、何も無くて。幸せな結末が待っている。
……筈だった。
魔物を救った張本人のセルディナが、王国の兵士に捕まらなければ。
「何でセナを置いてきた!!!セナを守るために、アンタが付いていたんじゃなかったのか!!!」
夜、決められていた集合場所である、孤児院の一つに集まった魔物達は、そこにセルディナの姿が無い事に困惑をした。
その中でも、ダリアの怒りは凄まじく。セルディナと最後に同じ場所に居たロキの顔を、思い切り殴りつけて罵倒する程だった。
せっかく、<治癒>の魔法が使える魔物によって、体や鼓膜の傷を治したばかりだというのに、抵抗一つしなかったロキは、口の端から血を流していた。
「ダリア!止めろ!」
「離せ!!!セナは、アタシたちはセナに助けられたのに!なんでセナを助けなかったんだよ!!」
尚もロキに向かって行こうとするダリアを、ギナンは羽交い絞めにして止めながらも困惑していた。
ロキという男は心配性で、セルディナの事を一等大切にするような人物で。だからこそ、皆ロキがセルディナの側に居るなら、大丈夫だと信じて疑っていなかった。
そのロキが、どうして易々とセルディナを捕えさせたのか、ダリアにもギナンにも理解が出来なくて。
「一旦、落ち着けって言ってンだ!」
暴れまわるダリアを、一瞬<身体強化>を使った体で抑え込んで、ギナンはその場に集まっている魔物達を見た。
全員、なんらかの形でセルディナによって助けられた者ばかりだ。
不安げな彼等は、皆セルディナが無事に戻ってくることを願っている。
「……姫さんは明日、処刑台に立たされる。そン時が最後のチャンスだ。
全員を安心させるように、ギナンは告げた。こういった仕事はギナンの柄ではなく、いつもセルディナがしている事だった。
柔らかい笑みで、皆を安心させて。セルディナと一緒に居れば大丈夫だと、いつだってそう思わせてくれていた。
「処刑台でも何でも、ぶっ壊してセナを奪う」
ダリアがロキを睨みつけながら、そう言った。
ダリアに殴られても、ずっと黙り込んでいるロキが、何を考えているのか分からなくて。なんとなく、ギナンは嫌な予感がしていた。
「あら、誰が来たのかと思ったら、貴方なんて意外ね」
同じ頃、牢に入れられたセルディナの元を訪ねた人物が居た。
牢と言っても、貴族用の牢であり、中から出る事の出来ないという事を除けば、綺麗な部屋でしかなかったけれど。
「……まさか、貴女がこんな事をするなんて、思ってもいませんでした」
セルディナの元を訪ねたのは、アルシアの護衛騎士だったラルムだった。
「マクバーレン公爵は、貴女を捨てようとはしませんでした。どんな事をしても、貴女は自分の娘だと。アルシア殿下も酷く落ち込んでいます。……何故、貴女はこのような事を?」
ラルムの問いかけには、「どうして恵まれていた筈のセルディナが」という感情が、ありありと感じられて。
「何で、かしらね」
セルディナは答えようとはせず、笑って誤魔化した。
その姿は、処刑を待つ身には到底見えなくて。
「マクバーレン公爵家は爵位を剥奪されます。国王となったアルシア様の最初の仕事は、貴女の処刑です。魔物を解放したことで、多くの人を不幸にした。それでも貴女は、魔物を選んだ事に後悔はないのですか?」
思わず尋ねたラルムに、セルディナは「無いわ」と短く答えた。
ふいに牢の窓に、月明りが差し込んで。
暗い部屋の中で、僅かな月光によって、セルディナの姿が照らされる。
「私の世界に希望を与えたのは、魔物だけよ」
何故か、ラルムは恐ろしかった。
穏やかに笑うセルディナの、まるで死を恐れていない姿が……何故だか、神々しいもののように感じてしまったから。
「明日、貴女を斬るのは私だ」
「あら、そうなの?嫌な役目を任せてしまって、申し訳ないわ」
妙な所を気遣うセルディナに、ラルムは体の力が抜けてしまった。
処刑台に立つセルディナの元へ、前日の宣言通りにラルムはやって来た。
アルシアは、処刑台のある広場が見える建物の一つから、その様子を眺めていた。
マクバーレン元公爵も、遠方から処刑の様子を見守っていて。
「罪人、セルディナ・マクバーレンは魔物に命令をし、国に反乱を起こした。間違いないか?」
「ええ、間違いございません」
「最後に問おう。誰に命じられたことでもなく、反乱は自分の意思だったのか?」
「勿論。これは私の望んだこと」
ラルムの問いかけに、セルディナは言いよどむ事もなく答えていく。
セルディナの視線は、目の前に立つラルムではなく、眼下の広場へと向いていた。
セルディナの視線を受けた人々が、「ひっ」と悲鳴を上げていく。
その様子を気にするでもなく、セルディナは辺りを見渡した。
空は良い天気の青空で。太陽の光によって照らされた広場に、集まった人々の顔がよく見えていた。
その人混みの中、見知った顔を見つけたセルディナは、心底嬉しそうに笑った。
セルディナに駆け寄ろうとしていた魔物の足は、その笑みで思わず立ち止まってしまって。
ロキはセルディナと、目が合った気がした。
処刑台の上と、広場の下で。それは錯覚かもしれなかったけれど。
「あぁ、見つけた。私の唯一」
セルディナが呟く。
それは、確実にロキへ向けた言葉だった。
「願いが叶うなら、どうか貴方が幸せになる未来を」
遠い場所に居るセルディナの声が、はっきりと聞こえる様な気がした。
広場が静まり返っていたからかもしれない。
「セナ!!!」
「姫さん!!!」
ダリアとギナンの声が、やけに大きく響いて。二人が駆けだそうとした。
その時には、もう何もかもが遅すぎて。
セルディナの体に、剣が振り下ろされるのを、ロキは呆然と見つめることしか出来なかった。
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