第28話 公爵令嬢は魔物の聖女

「マクバーレン公爵家のご令嬢、最近アルシア殿下と婚約を結んだ彼女、孤児院を作ったらしいわ」

「まぁ、殿下に気に入って貰うのに必死と言うわけね」


「どこかのご令嬢が、孤児院を建てたらしい。いやぁ、ご立派な方も居たものだ」

「時々見に来てるみたいだよ。美しい方で、それに優しそうなんだ」


「知っているか?魔物を救ってくれる聖女が、王都に居るらしい」

「魔物を救う?そんな馬鹿な話がある訳ないだろ。妙な夢を見せるなよ」

「それが、あながち嘘でもないみたいで……」




 セルディナの作った孤児院の話は、貴族から庶民、魔物に至るまで瞬く間に広まった。

魔物に関しては、セルディナがダリアとギナンに頼んで、故意に広めてもらった部分もあるが。


「ふふ、たくさん魔物が集まってきたわね。石化ができる魔物に、遠くが視える魔物に、風を操る魔物。皆凄いのね」


 そうして集まった魔物を孤児院に保護をして、セルディナは次の手を考えていた。

 

 一先ず魔物の生活は安定させた。まだまだ保護しきれていない魔物も多いけれど、魔物を保護する施設があるとの噂が広がっていけば、じきに集まる人数も増えていくだろう。

 ……しかし、そうなると次に恐れるのは情報の漏洩で。公爵令嬢の運営する孤児院に魔物ばかりが集まっていると知られれば、何を企んでいるのかと勘繰られてしまう。

 そうならないために、次の手をなるべく早くに考えなくてはいけなくて……


「姫さん、ちょっと良いか?」


 ……考え込むセルディナに声を掛けてきたのは、ギナンだった。


「ええ、勿論。何かあったかしら?」

「王子から連絡が来てンだろォ?良いのか?」


 セルディナの影武者をしたせいで、アルシアの想いを知ってしまったギナンは、着々と進んでいく魔物の保護に、不意に「これで良いのだろうか」と思ってしまったのだ。

 魔物の為にセルディナが動いてくれているのは、痛い程に分かっていて。しかし、セルディナは魔物のことばかりで、自分自身の幸せのために動くことが無いような気がしてしまったのだ。


「予定が空いているかとは聞かれたけれど……そういえば、しばらく忙しいと返したきりだったわ」

「それって、会いたいって意味じゃねェのか?」

「いえ、そうは言っていなかったけれど」

「……会わなくて、良いのか?」


 ―――アルシアアイツの想いを知れば、セルディナは幸せになれるンじゃねェか。

 ……なんて、ギナンはらしくない事を思ってしまって。


「そう、ね。殿下に魔物の待遇の改善を頼んでも良いわね」


 しかし、セルディナが言ったのは、そんな言葉だった。

 どこまでも魔物を優先させるセルディナに、ギナンの方が言葉を失ってしまう程で。


「殿下が魔物に対してどう思っているか、聞いた事が無かったのが不安だけど。駄目ならまた別の方法を考えれば良いものね」

「姫さんは、それで良いのか?」

「……?どういう意味かしら?」


 セルディナには、ギナンの問いかけの意味が分からなかった。

 セルディナは、アルシアが自分を想ってくれているなど思いもよらなくて。身内ですらセルディナを大切にしてくれないのに、婚約したばかりのアルシアが、自分を大切にしてくれるなんて思えなくて。

 アルシアに歩み寄ることが自分の幸せに繋がる事も、自分の幸せを求める必要があるのかすら、セルディナには分からなかった。


「魔物の幸せも欲しいけどよォ。姫さんも、幸せになっても良いンじゃねェの?」


 キョトンと、心底不思議そうな顔をするセルディナを前に、ギナンは僅かに眉尻を下げた。


 

 魔物の幸せを願う癖に、自分の事には疎くて。

 幸せという、言葉の意味も知らないような顔をして……。



「ダリアも相当馬鹿だけどよォ。姫さんも案外馬鹿だよなァ」

「まぁ、突然酷いわ」

「馬鹿って言うと、ダリアアイツも怒るンだよなァ。ンで、旨いもんでも食わせれば、一発で機嫌を直しやがる」


 少しでもセルディナが笑ってくれればと、ギナンはセルディナの口の中にチョコレートを放りこんだ。


「ふふ、甘いわ」

「機嫌直したか?」

「どうかしら?」


 口に手を当ててクスクスと笑うセルディナに、ギナンも頬を緩めて。


「あー!二人して狡い!」


 菓子を食べていることに気が付いたダリアが、二人の元にやって来る。


「セルディナ様が楽しそうで良かったです」


 その後ろからロキもやって来て。


「そうね。皆が居てくれて、本当に楽しいわ」


 穏やかで優しい時間だった。

 ギナンはその光景に、僅かに安堵していた。

 



 町の魔物から、セルディナが「魔物の聖女」と呼ばれている事を、ギナンは知っていた。

 自分の幸せなんて二の次のセルディナは、まさに「聖女」という言葉に相応しいのに。何故かギナンは不安だったのだ。

 ダリアとギナンを助けたセルディナが、どこか遠い存在になってしまう気がしたから。




 それでも、目の前で笑うセルディナは、聖女なんて存在ではない、唯の優しいセルディナで。

 ずっとこんな時間が続けば良いと、ギナンは願ってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る