第24話 虚像は揺らめき、銀光は駆け抜ける4

「ねぇ、セルディナあの子に持っていったお茶、何か言っていた?」


 グラシアに問いかけられたメイドは、ビクリと肩を竦ませて、恐る恐る振り返った。


「その……持って行ったのですが、その場では飲んで頂けませんでしたので、何も仰っていませんでした」

「あら、そうなの?」

「はい」

「ふぅん……まぁ、良いわ」


 つまらなそうにそう言ったグラシアに、メイドは詰めていた息を吐き出した。

 マクバーレン公爵家の主はセシルだが、屋敷の中の管理を任されているのはグラシアである。グラシアの決めた事に逆らったり、機嫌を損ねたりなどしてしまえば、いつ首を切られるか分かったものではない。


 金銭的にゆとりがあるとは言えない暮らしをしているメイドは、上手くセルディナにを飲ませられなかった事に後悔をした。

 ……そのに、何が入っているかなんて、知らない方が良い。グラシアの命令に逆らう事なんて出来ないのなら、ズキズキと痛む良心なんて、持っておかない方がいいのだから。


「下がって」

「はい、失礼致します」

「…………使えないわね」


 一礼をして出て行ったメイドを視線だけで見送ったグラシアは、小さく舌打ちをした。


「こんなことなら料理長に任せればよかったわ」


 そう呟くグラシアは、まだ知らなかった。

 セルディナに毒入りのお茶を出した時、傍にはセルディナの従者となった二人が居た事を。その二人は、セルディナによって命を救われた魔物で、恩を感じている事を。

 グラシアは何も知らなくて……。


 イライラと部屋の中を歩き回るグラシアの背後。その空間が、ぐにゃりと揺らめく。


「なぁ、がセナの親なのか?全然似てないだろ」

「だから、義母だって言ってンだろ」

「ギボ?ギボって随分変な名前だな」

「だから……名前はグラシアだって説明したよな……」 


 <幻影>によって姿を消したダリアとギナンが、グラシアの直ぐ後ろに居る事に、グラシアは知らないまま……


「早く、あの子なんて居なくなればいいのに。そうしたら、きっとセシル様も私の事だけを大切にして下さる」


 ……そんな、自分勝手な言葉を吐き出した。


「アタシ、あいつ嫌いだ」

「奇遇じゃねェか。俺もだよ」


 呟いたダリアは、ここには居ないロキの言葉を思い返していた。


『セルディナ様に毒を寄越すのは、公爵夫人の女です。他の人間は命令に従っているだけ。ですから、やり返すのなら、グラシアあの女だけに。それ以上はセルディナ様が悲しみますから』


 にこりと笑いながら、ロキはダリアとギナンに、グラシアの自室の場所を教えた。


『セルディナ様付きの従者が、公爵家の人間に手を出したなんて知られれば、セルディナ様の立場はますます危ないものになります。最悪、私達はセルディナ様の側に居られなくなります。……ですが、セシル・マクバーレンと契約を結んでいる私と違って、貴方たちはセルディナ様と直接契約を結んでいて、その情報を知っているのはセルディナ様と私達だけ。うまくやって来て下さいね』


 『セルディナ様にはうまく誤魔化しますから』なんて食えない笑みを浮かべて、先にセルディナの元に戻ったロキの言葉に従って、ダリアとギナンは息を顰めてグラシアの事を観察して……


「自分の毒で苦しめ、バーカ」

「ダリアは本当に馬鹿だな。こういうのは、間違って飲んじまった風を装うンだよ。爪に塗ってやるから貸せ」


 まず、<幻影>で姿を眩ませたギナンが、セルディナに盛られた毒と同じものを、<身体強化>を使った素早い動作でグラシアの手の爪に塗りつけた。


「服も姫さんよりずっと豪華だな。金ピカで眩暈がしそうだ」

「ギナン、良いものがあるけど?」

「ペティナイフ?こんなモン、どこにあったんだよ?」

「そこの果物籠に入ってた。ギナンなら気付かれずに切れるだろ」

「切れるけど、直ぐに気付かれて……ああ、そうか」


 次に、ギナンはダリアから渡された果物ナイフで、グラシアの着ていた服と髪を僅かに切った。重さが変わって、気付かれないよう。しかし、見た目はがらりと変わるよう。

 ……結果、グラシアのドレスの裾は千切れて床に引きずる形となり、綺麗に結われていた黒髪は左右の長さが歪なものとなった。

 グラシアに対してダリアが<幻影>を使って、変わってしまった見た目を見えなくする。グラシアが鏡を見たとしても、悲惨な姿は見えなくなっている。


「アタシたちがセルディナの所に戻るまで、魔法を掛けておいてやるよ」


 最後に、部屋から出ていく直前。ギナンはグラシアの髪から、ダリアは机の宝石箱から、それぞれ装飾品を掴んで。


「ま、こんなモンだろ。今日のところは姫さんの所に戻るか」

「そうだな。心配してるって言ってたもんな」


 スラム育ちで手癖の悪い能力は一流の魔物二人は、盗んだ装飾品を手の中で弄びながらグラシアの部屋から出て行った。


「全く、腹立たしい事ばかりね」


 ……二人の魔物が去った部屋で、グラシアは自身の爪を噛んだ。一瞬苦みを感じた気がしたが、グラシアはそれが毒のせいだとは気が付けなかった。

 グラシアは、毒をセルディナに盛ることはあっても、自分自身に盛られたことは無かったから。


「何……気分が……」


ぐらりと、一人きりの部屋の中で体勢を崩したグラシアは、そのまま床に倒れていく。

……数十分後、メイドによって発見されるまでグラシアはそのままで。

 自室にあった毒を、誤って口にしてしまったことにより、錯乱状態に陥ったグラシアが、自身のドレスと髪をボロボロにしてそのまま倒れたのだと、そういう事で処理をされた。

 意識を取り戻した後に、グラシアは「何故毒なんて自室にあったのだ」とセシルに問い詰められ、立場が悪くなるのだが……

 

「これ、売ったら良い金になりそうだよな」

「そのままだと足が付く。小さく砕いて、宝石だけにして売るぞ」

「あ!だから石がでかいヤツを選んだんだな!ずるい!」

「姫さんも含めて皆で山分けにすンだから、ずるいも何もねェだろ」


 ……そんなことは、ダリアもギナンも予想すらしていなかった。


「セナー!戻ったぜ!」

「お帰り、ダリア。ギナンも、連れ戻して来てくれてありがとう」

「おう」

「中々戻ってこないから、心配したのよ。変なことに巻き込まれなかった?」


 部屋で帰りを待っていたセルディナから問いかけられたダリアとギナンは、一瞬目だけを動かして。


「何も無かった!」

「ガキじゃねェんだから、厄介事ぐらい回避するからなァ」


 ニィと笑って、誤魔化した。


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