第23話 虚像は揺らめき、銀光は駆け抜ける3
ギナンがセルディナから魔法の使用許可を貰った頃、ダリアはギナンの予想通り、メイドの女を追いかけていた。
―――居た!
<幻影魔法>で姿を眩ませたダリアは、空のポットを手に、廊下を歩くメイドの女に怒りを募らせる。
ーーーセナを殺そうとしやがって!
ダリアは自身を救ってくれて、ギナンも見捨てずに動いてくれたセルディナの事を気に入っていて。だからこそ、そのセルディナを害そうとした女の事が気に入らなかった。
ダリアは怒りに任せて拳を振り上げて、メイドの女を殴ろうとして……
……しかし、ダリアが動いたその瞬間、<幻影>によって見えない筈のダリアの手を、誰かが掴んだ。
そんな事ができる人は、ダリアの知る限り、一人しか居ないのだけれど。
「…ッ!ダリア!お前は本当に馬鹿か!」
身体強化>を使って、セルディナの部屋から駆け抜けてきたギナンは、常人離れした聴力と嗅覚でダリアの気配を探知し、その暴走を止めた。
その様子は、ダリアの姿が消えているせいで、虚空を掴んでいるようなおかしな光景となっていたが、ギナンは気にせずにダリアが居ると思われる空間を掴んでいた。
「何で止めんだよ!!セナが…「馬鹿、声がでけェ!」
ダリアの声に、前を歩いていたメイドの女が不思議そうに振り返る。
その動作によって生じる衣擦れの音を、<身体強化>をした聴力だけで感じ取ったギナンは、「見られたら不味い」と考えた。
ダリアとギナンが、セルディナの部屋に居たことは見られている。
「誰か、声が……?」
メイドの女が振り返って……
「……?気のせいかしら?」
……間一髪、ギナンはダリアの腕を掴んだまま、物陰に姿を隠す事に間に合った。
「いけない。ポットを洗って、奥様のところに戻らないと」
メイドの足音が少しずつ小さくなっていくのを、ギナンはダリアの口だと思われる場所を押さえながら伺って。完全に足音が聞こえなくなる頃には、ダリアも諦めて<幻影>を解除していた。
……と言うよりも。
「んん!んんん!!」
「悪ィ!」
「ぷはっ!殺す気かよ!!」
……ギナンの手で口を覆われていた事で、息が出来なくて<幻影>が維持出来なかっただけの気もするが。
慌てて手を離したギナンの事を睨みつけて、ダリアは「何すんだよ!」と怒鳴りかけて……何故か、サァと顔を青くした。
「どうしたんだよ、ダリア?」
そう言ったギナンは、不意に背後に人の気配を感じて振り返った。
そこに居たのは、にっこりと。それはもう、セルディナのような穏やかな笑みを浮かべたロキの姿で。
「|部屋に戻ったらセルディナ様しかいらっしゃらないので、探しましたよ《セルディナ様を放っておいて、何をしているのでしょうか》?」
「ヒッ!!」
―――同じ笑顔なのに、全く優しく感じねェな……。
怯えるダリアを無意識に庇いながら、ギナンは副音声が聞こえてくるような気がするロキの言葉に、「悪ィな、俺の監督不届きだ」と謝った。
「屋敷内は広いですから。迷子になってしまっているのではないかと、セルディナ様が心配していました。早く戻りましょう」
「でも!セナの飲み物に毒が!」
「でも、ではありません。それとも無理矢理引き摺られる方がお好みでしょうか?」
「……なんだよ、お前はセナを心配はする癖に、守ってやんないのかよ」
だが、セルディナに毒を盛ったメイドの女に怒るダリアは、ロキの制止に納得が出来なかった。
だってダリアの<幻影>なら、誰にも気付かれること無く仕返しが出来る。セルディナが望むのなら、ダリアは毒の茶を淹れたメイドを、殺すことだって出来るのだ。
「セルディナ様は仕返しなんて望んでは居ません」
ダリアは告げられた言葉に、きょとんとした。
「セルディナ様は優しすぎるのです。それこそ、自分に悪意を向けた相手にも同情をしてしまうくらい」
「そこがセルディナ様の素晴らしい所でもあるのですが」とロキは前置きをして、言葉を続ける。
「セルディナ様曰く、あのメイドの方には小さな兄弟が三人いるそうです」
「は?」
「執事長を任されている方には病気で臥せっている奥様が。掃除婦の女性は体が不自由で、この屋敷を離れたら仕事は見つからないとか。セルディナ様の現状から目を背ける事で、彼等はこの屋敷から追い出されずに済んでいるのです。騒ぎを大きくするのは、セルディナ様の望みではありません」
淡々と紡がれるロキの言葉に、ダリアは唇を噛んだ。
「
―――なら、アタシを助けてくれたセナのことは、誰が助けるんだよ……
ダリアは、そう考えていたのだが。
「ですから……やり返すのなら、相手にはもちろん。セルディナ様にも見つからないようにして下さい」
笑みを崩さないままのロキの言葉に、ダリアは思わず「は?」と言ってしまった。
「簡単でしょう?
にこりと笑ったロキに、ギナンはひやりと背筋が冷えた気がした。
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