第3話 公爵令嬢は優しくて悲しい
「毒の入っていないケーキは美味しいわね」
ロキの持ってきたケーキを食べて、紅茶も飲んだセルディナはホッと一息をついてから、「けど、どうしたものかしら……」と呟いた。
「ねぇ、ロキ。さっきの話だけれど、あれは覆ることは無いのかしら?」
「あれというのは……婚約の話でしょうか?」
「そう、それよ。別にアルシア殿下と交流があった訳でもないし、お父様も私の婚約に興味なんて無いでしょう。そもそも、誰が進めた話なのかしら?」
セルディナとしては、誰と婚約をさせられたところで、そんなに違いもないかとは思うのだが、どうせいつかは死んでしまうなら、出来るだけ楽をして死にたい。
あわよくば婚約者なんて出来ないまま、楽に死にたい。
「国王夫妻が進めている話のようです。最近のセルディナ様は毒で寝込むことも少なかったので、病弱なのも解消されたと判断されたようです」
「ええ……それなら、少しは嘘でも寝込んでいた方が良かったわ……」
落胆のため息を吐きながら、セルディナは考え込む。
婚約がほとんど決定事項なのだとすれば、その決定はセルディナに何をもたらすのか、という事を。
「マクバーレン公爵家からしたら、私の婚約は歓迎されるものよね」
「ええ。マクバーレン公爵は、恐らくこの話を受けるでしょう」
「そうよねぇ」
公爵家からしたら、家の力が増すから良い話。だけど、セルディナの義母であるグラシアからすれば?
セルディナが王家に嫁ぐとすれば、もう公爵家の跡継ぎは弟に決まったようなものだろう。グラシアにとって、セルディナの婚約は喜ばしいものなのか、と考えて……。
「毒殺、止めるかしら?」
「……安心をする事は出来ないかと思います」
ロキの言葉に、セルディナは「そうよねぇ」と、他人事のような口調で呟く。
セルディナが王子と婚約をしたとしても、例えば王子が何か問題を起こしたとして、王位継承権が剥奪されてしまったとしたら……確実に、次のマクバーレン公爵の席は、セルディナの婚約者となる元王子のものになるだろう。
グラシアからすれば、セルディナに公爵家を継がれるのも、王子に継がれるのも、実子が跡を継げないというだけで大差はない。
……恐らく、セルディナが王家に入って、確実に公爵家の跡継ぎから外されるまで、グラシアはセルディナの処分を止めようとはしない筈だ。
つまりセルディナは、王子との婚約が無かったとしても命を狙われて、王子との婚約をしなかったとしても命を狙われる。
さらに婚約は回避が出来ず、王家との婚約ということで、教育も始まってしまうだろう。……その分、毒を盛られる機会は減るだろうが……。
「面倒臭いわね」
……予想した状況を考える限り、その一言に尽きた。
自身の置かれた状況を理解をしたセルディナは、椅子の背もたれに寄りかかって、これから始まる厄介事に、長い長い溜息を吐いた。
「……私は、セルディナ様に生きていて欲しいと願っています」
死んでしまった方が、マシではないかと思うセルディナに対して、その思考を読んだかのタイミングで、ロキが言う。
「ええ、分かっているわ。私はロキがそう望んだから、今も生かされているんだもの」
かつてロキは、毒によって死にかけていたセルディナに向かって、「生きて欲しい」と、そう言った。
誰にも望まれていなかったセルディナは、ロキに望まれて、生きることを選んだ。
「でも約束よ、ロキ。私が死んだら、必ず自由になってね」
懐かしいロキのセリフに顔を綻ばせて。けれどセルディナは、「自分が死んだ後の事」を語る。
それがどんなに悲しい事か、きっとセルディナには分かっていない。
「アルシア・アルセルトの婚約者となったとしても、セルディナ様の事は今まで通りに、私が守ります。絶対に、セルディナ様を殺させたりはしません」
命令ではない、優しくて悲しいセルディナとの約束に、ロキは頷くことはせずにそう言った。
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