第2話 魔物は公爵令嬢に振り回される
公爵家の屋敷にある食べ物は、いつ毒が仕込まれているか分かったものでは無い。
普段のロキならば毒なんて気にせずに、その辺りにある物を食べてしまうのだが、セルディナに出すものなら話は別だ。
セルディナは毒に耐性があるとは言え……否、毒に耐性があるからこそ、食べ物に毒が入っていると気付いても食べ続けてしまう。
一度だけ。ロキがセルディナの従者になって直ぐの頃に、ロキは毒の混ざった茶葉で淹れた紅茶をセルディナに出してしまった事がある。
その時は、セルディナが毒を盛られることが日常茶飯事だなんて知らなくて。まだ紅茶を淹れるのに慣れていなかったロキは、色の薄い紅茶をセルディナに出してしまっていた。
味も、匂いも最悪だったであろうその紅茶を、セルディナは文句も言わずに飲み干して。
「ロキ、少しずつ紅茶を淹れるのが上手になっているわ。けれど、他のメイドにおすすめされた茶葉を使うのは止めなさい。魔物の貴方に話しかける使用人なんて、碌な事を考えていないわよ?」
……なんて、最後の最後にそう言った。
何で他のメイドに「この茶葉がおすすめです」と伝えられたことを、その場に居なかったセルディナが知っているのだろうかと考えたロキは、紅茶が全部飲み干されてしまった後になってから、その紅茶に毒が仕込まれていたと知った。
「何故毒が入っていると気付いたものを、飲んでしまうのですか?」
尋ねたロキに、セルディナは「だってロキが淹れてくれたものでしょう」と、事もなげにそう言った。
「ロキの紅茶ね、私は嫌いではないの。毒で多少は味も落ちていたけれど……どうせ耐性もあるし、淹れ直すのも勿体ないわ」
そんなセルディナを前に、ロキは自分の手で、セルディナに毒を飲ませてしまったことを酷く動揺をした。
真っ青になって、まるでロキが毒を飲んでしまったかのように震える様子を見て、セルディナが「大丈夫よ!本当に、なんともないから!」と、珍しく慌てていた。
それ以来、ロキはセルディナの口に入るものに関しては、細心の注意を払っている。
自分だけの食事であれば、毒の入ったものは弾いてしまえば済むけれど、セルディナはロキに黙ったまま飲み込んでしまうから。
食堂にあったケーキを、敢えてホールになっているものから切り取って、毒見をしてから皿に乗せる。最初から切られているものは、見目は綺麗だが毒を仕込まれている可能性が高い。
ついでに紅茶を淹れて、カップに注ぐ。一口飲んで、毒が入っていないことを確認したロキは、それらをトレイに載せてセルディナの元へと戻っていく。
「……先輩、今の金髪の人。すごい綺麗でしたね」
コックの見習いとしてキッチンに立っていた使用人が、そんなロキの後ろ姿を見つめながら、そう言った。
「馬鹿、あれは魔物よ」
「え!?あの人が魔物?嘘ですよね!?」
「嘘なんか吐くはずがないじゃない。魔法を使っている所を見たこともあるわ。信じられないなら他の人に確認をしても良いけど……魔物には関わらない方が良いわよ」
先輩コックにそう言われた彼女は、「魔物……魔物なのかぁ……」と未だに信じられないように呟く。
魔物なんて、貴族に使い捨ての駒のように扱われることが殆どで。あんな風に綺麗な服を着せられて、#まるで人間のように__・__#大切にされる魔物がいるなんて信じられなかった。
「お待たせ致しました、セルディナ様。新しいケーキを……セルディナ様?」
セルディナの自室に戻ってきたロキは、返事がないことに眉を#顰__ひそ__#めた。
ドアを開いて、ベッドにうつ伏せになるセルディナの姿に、ロキは目を見開く。
「セルディナ様!?まさか毒が……!」
呼びかけても返事のないセルディナを前に、ロキはケーキの乗ったトレイをテーブルに置いて、慌ててその側に近寄った。
最近のセルディナは、毒で寝込むことは少なくなっていた。だから今回も大丈夫だと思っていたのだが、もしもグラシアが新しい毒を仕入れて、セルディナに耐性のない物だったら……。
「セルディナ様!!大丈夫ですか!?起きてください!セルディナ様!!」
青ざめたロキは、セルディナの体を揺すって……
「あれ、ロキ?遅かったわね」
……寝てしまっていただけらしいセルディナの姿に、ロキは「はぁ~」と長く息を吐き出した。
「どうしたの、そんなに慌てて」
呑気にそんなことを言うセルディナが、少しだけ恨めしい。けれど。
「あ、紅茶も淹れてきてくれたのね!ありがとう、流石ロキね。気が利くわ」
そんな恨みも、向けられた笑みの前では消えてなくなってしまう。
魔物に対して、魔物だと気が付いた上でそんな笑みを向ける人間なんて、セルディナくらいのものだ。
ロキはそんなセルディナの笑みに滅法弱い。
視線を反らしながら「まぁ……無事なら良いです」と、結局ロキは許してしまうのだ。
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