裏切りの公爵令嬢は処刑台で笑う

千 遊雲

第1話 公爵令嬢は死んでいる

マクバーレン公爵家には、一人の少女が居る。

彼女の名前はセルディナ・マクバーレン。この物語の主人公である。




私(わたくし)の名前はセルディナ・マクバーレン。

公爵であるセシル・マクバーレンの第一子として生まれた、何の特徴もない女の子。歳は、この前迎えた誕生日で十二になりましたわ。


お父様譲りの茶色の髪と、今は亡きお母様の緑色の瞳を受け継いでいて。顔は……美しいと言われる事はあるけれど、継母のグラシアさんには、「本当にいつ見てもムカつく顔ね」と言われるので、多分良いものではないのでしょう。


お父様はお母様の事を愛していたけれど、その命が尽きてしまったのはあまりに早く。お母様が残したのは、跡継ぎにはなれない女の私だけ。

お父様が再婚を決めたのは、お母様が亡くなった一年後。私が六歳の頃でした。




「セルディナちゃん。町で美味しそうなケーキを買ってきたのよ。ほら、遠慮しないで食べて」


 再婚相手のグラシアは、優しそうな人で。しかし、優しい笑みを浮かべながら、セルディナに向かって差し出すのは、毒の入ったケーキだった。

 

グラシアは、マクバーレン公爵との間に生まれた子供が可愛くて、その子が公爵家を継ぐ際の障害となるセルディナのことが、邪魔で仕方が無かった。

セルディナに家を継ぎたいという意思は全くなかったけれど、そんなこと、グラシアにとってはどうでも良く。血の繋がりのないセルディナに対して、グラシアは容赦なく毒を渡してくる。


「…………ありがとうございます」


 差し出されたケーキを受け取らない訳にもいかず。諦めてケーキを受け取ったセルディナの事を、グラシアは嬉しそうに見つめた。

「良いのよ。うふふ、たくさん食べてね」と言いながら、ケーキに口を付ける様に促すグラシアに、セルディナはため息をつきたくなる気持ちを抑えて、フォークを取った。


 セルディナの長所は、毒が効きにくいこと。

 実母が存命の時に、毒慣らしをさせられて。グラシアからは、常日頃から毒を盛られているから。

 それでも時折寝込んでしまうせいで、セルディナは周囲から体が弱いという認識を持たれてしまっているけれど、その長所が無かったら、とっくの昔に死んでいた。


何も知らないふりをして一口食べたケーキは、蕩ける様に甘くて。その甘さで隠された毒の苦さが喉に残る。


「美味しいです」

「そうでしょう」

「グラシアさんは食べないのでしょうか?」

「わ、私は良いの。後で頂くわっ!」

 

 父はグラシアの毒殺未遂の事を知らないのか。あるいは知った上で見て見ぬふりをしているのか分からない。

毒入りのケーキを用意した筈の使用人は、毒を食べさせられるセルディナの事を黙って見ている。


公爵夫人に嫌われて、父である公爵にもあまり興味を示されないセルディナの事を、進んで助けようとする人は何処にも居ない。


「……セルディナ様、少々宜しいでしょうか?」


進んで助けようとする「人」は、居ない。

……けれど、「人」ではない男だけが、セルディナの事を助けてくれる。


仕方なく、二つ目の毒入りケーキを食べようとしたセルディナに声を掛けたのは、セルディナの従者である魔物の男……ロキだった。


この国では魔法を使える者、魔力を持つ者の事は、「魔物」と呼ばれる。

 魔物は「人間」ではなく。その魔物のロキだけが、セルディナを助ける為に声を掛けた。


「どうしたの、ロキ?」

「至急お伝えしたい事がございます」

「そう。分かったわ。グラシアさん。申し訳ありませんが、失礼します」


魔物に連れられて去っていくセルディナの事を、グラシアは忌々し気に見つめていて。

「大丈夫でしょうか」とロキが訊く。毒を盛られた体のことか、グラシアへの対応の事か。どちらでも良いかと思いながら、セルディナは「大丈夫よ」と返して笑った。




……嫌われ者の私(セルディナ)には、それが日常で。

ロキ以外には見向きもされない生活の中、セルディナの心はとっくの昔に死んでしまった。

いつか毒によって、もしくは以外の理由で死んでしまうその日まで、セルディナは死んだ心のまま生きるだけ。




「思うのだけれど……殺されかけても、魔物の貴方にしか助けてもらえない私って、生きている意味があるのかしら?」

「セルディナ様……」

「ロキ、何で貴方が困ったような顔をするのよ」




 死んでしまうその日まで、ロキと日々を過ごすだけ。

そのはずだったのに……。




「セルディナ様、お伝えしたい事なのですが……」

「あら、あの場から連れ出す口実では無かったのね」

「いえ、それもあったのですが……」

「ふふ、ちゃんと分かっているわ。いつもありがとう」

「からかわないで下さい。それで、用事ですが……第一王子のアルシア・アルセルトの婚約者に、セルディナ様の名前が挙がっているようです。近々、公式に発表があるかと思います」


……その日常が壊されたのは、唐突な事だった。


ロキから告げられた内容に、セルディナはきょとんとして「婚約者?私が?」と首を傾げる。


「はい、セルディナ様が」

「第一王子のアルシア殿下の?」

「はい、セルディナ様がアルシア・アルセルトの婚約者に」


「あら、まあ」と呟いたのは、信じられなかったから。

 だけど、考えれば自然な事ではある。アルシア王子に一番歳が近い高位貴族はセルディナで、性格にもこれと言った問題がない。

病弱なことで婚約者とするのはどうなのか、と渋られていただけで、毒で寝込むことが無かったら、もっと早くに話が来ても可笑しくはない事だった。


しかし……


「ふふ、おかしな事ね」

「セルディナ様?」

「だって、私の心はとっくに死んでしまっているのに、今更婚約者なんて言われましても……ね?」


クスクスと笑うセルディナは、ロキは困ったような顔をして。何かを言おうとするけれど、ロキにはセルディナを励ますことの出来るような言葉は無かった。


「セルディナ様はまだ生きていますよ。ほら、毒入りのケーキなんて食べないで下さい。新しいものをお持ちしますから」


本当はもっと、気の利いた言葉を言いたかったのだけれど、学のない魔物のロキにはそれが限界で。せめて、とセルディナの手から、毒の仕込まれたケーキを取り上げる。


「このぐらいの毒なら大丈夫よ?」

「問題が無いとしても、毒を召し上がるのはお止め下さい」

「何故かしら?」

「何故って……私が嫌だから、ではいけませんか?」

「ふふ、ロキは優しいわね。ありがとう」


そう言って微笑んだセルディナに、ロキは背を向けて。新しいケーキを用意するために部屋を出た。

この婚約が、セルディナにとって良いものになればと、ロキは心からそう思った。


ずっと側に居て、魔物にも笑いかけてくれるセルディナが、他の人のものになってしまうのは、少しだけ胸が痛むけれど……。

けれど、セルディナにとってはそれが最良なのだと、胸の痛みに知らないふりをして。

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