第11話 虚像は公爵令嬢に救われる4


「とりあえず食事にしましょう」


 重い空気の中、そう言い放ったのはセルディナだった。


「何故急に……?」


 首を傾げたロキに、セルディナは「だって、食べないと元気もでないでしょう。それに彼女はこんなに細いし……少しでも栄養を取らないと、死んでしまうわ」なんて、さも当たり前のように言った。


「それはそうですが……私が食事の手配をしている間、彼女はどうなるのでしょう?」

「勿論、このままよ」

「セルディナ様?正気でしょうか?」

「だってもう大人しくなったし、大丈夫そうに見えるわ」

「セルディナ様?」

「ロキは安心して……「セルディナ様?」……厨房に……」


 危機感のなさすぎるセルディナを前に、ロキは「はぁ」とため息を吐いて、最終通告として呟く。


「私が戻ってきた時にセルディナ様の体から、一滴でも血が出ていたら……どうしましょうか。セルディナ様は、私を人殺しにしたいですか?」


 にっこりと笑ったロキの言葉は、脅しではなく本気である。万が一、ダリアがセルディナを傷つければ、ロキは躊躇い無くダリアを殺してしまうだろう。

 長い付き合いがあるからこそ、その言葉が本気と分かったセルディナは、慌てて「も、もちろん命令するつもりだったわ!」と返した。


「セルディナ・マクバーレンが命じます。ロキが戻ってくるまで、私に危害を加えない事。魔法の使用も禁止よ」


 ダリアに向かって命じたセルディナは、「これでどう?」と言わんばかりに、ロキの事をちらりと見つめる。


「本当は一歩も動かず、言葉も交わして欲しくないくらいですが……まぁ、良いです。直ぐに食事をお持ちしますので、十二分に気を付けて待っていて下さい」

「ええ。傷一つ付かないように、気をつけるわ!」

「そうですね。普段からそうして下さると、安心できるのですが……」


 心配そうな顔をしながら部屋を出ていったロキに、セルディナは「年々心配性になっていくわ…」と呟く。

 主にセルディナの不用心やら、生への執着の無さやらが、ロキを心配症にしている理由なのだが……。






「貴女、名前はあるのかしら?」


 ロキが居なくなった部屋の中で、セルディナがダリアに問いかける。


「…………」

「私の名前はセルディナよ。今、食事を取りに行ってるのがロキ」


 話す意思はないと黙り込むダリアに、セルディナは一人で話し続ける。


「貴女の赤い髪、綺麗ね。私は茶色の髪だから、映える色が羨ましいわ。それに先程の魔法も、とっても素敵」


 つらつらと、魔物であるダリアを褒めるセルディナに、とうとう耐えきれなくなって、ダリアは吠えた。


「アンタに何がわかる!魔法なんて無かったら、アタシも人間として暮らせたのに!いっそ、本当に消えてなくなりたいって思う、アタシの気持ちなんて分かりもしないくせに!!」


 セルディナの命令で、セルディナに危害を加えることは出来ないのだが、それでもダリアは声を上げる。

 ダリアの言葉で、偽善者ぶる貴族が傷付けば良いと。貴族に従うくらいならば、殺された方がマシだと。吠えたダリアに……


「分かるわ」


 ……セルディナは静かに返した。


「分かるわよ。死んでしまった方が良いと思う気持ちも、消えてなくなりたいと思う感情も。私も、ずっとそう思っていたもの」


 そう言ったセルディナの瞳は、暗くて静かで。ダリアは「ヒュッ」と息を飲んだ。目の前のセルディナは、死を望む魔物と同じ目をしていたから。


「けれど、私はロキに……魔物に助けられて、もう少し生きるのも、悪くないかと思えたわ」


 暗い目をしていたセルディナだったが、「ロキ」という名前を上げた途端、その瞳に光が戻る。


「こんな世界だけど……悪くないって思えるようにするから、私と一緒に居てくれないかしら?」


 今までのダリアに「消えろ」と言う人は居ても、「一緒に居て欲しい」なんて告げる人は居なかった。


「魔物なのに、一緒に居ても良いのか」

「ロキも魔物よ。それに、人間より余程信頼できるもの」

「……アタシが、生きていても良いのか?」

「私は、貴女に居て欲しいわ」


 セルディナの手が、ダリアに伸びてくる。ぎゅうと抱きしめられて、ダリアは体を強張らせた。抱きしめられたことなんて、今の今まで一度も無くって。ダリアは誰かに抱きしめられた時、どうすれば良いのか分からなかった。


「セルディナ・マクバーレンが命じます。私の命の続く限り、傍に居て頂戴。私より先に死んでは駄目よ」


 抱きしめられる腕が暖かくって、告げられた命令が優しくて。ダリアはボロボロと涙を流した。

 泣いたって、誰に助けてもらえる訳でもないのに。無く事は弱者のする事だと思っていたのに。何故か涙が止まらなくって。


「……セルディナ様、戻りました……って、セルディナ様!何を!?」


 戻ってきたロキが、泣きじゃくるダリアと、ダリアを抱きしめるセルディナを見て、驚いて食事の載ったトレーを落としかけて、キャッチした。


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