第26話 王子は婚約者の心が欲しい2

「やぁ、先日ぶりだね。具合はどうだろう?」

「えぇと……」

「(こんにちは、だろォ。あと、本日はお越し頂きありがとうございます)」

「こ、コンニチハ!本日はお越し頂き、ありがとうございます」


 にこやかなアルシアを前に、ぎこちない笑みを浮かべるセルディナ……の振りをしたダリア。

 第一王子が会いに来た筈のセルディナは、本当にダリアに任せて街に向かってしまって。ロキも「くれぐれも宜しくお願いしますね」と言い残すだけで、セルディナと共に街へ向かってしまった。

 アルシアの背後には、少しだけ不思議そうな顔をした騎士の男ラルムが居る。指先を唇に当てて、考え込むような素振りをしている所を見る限り、ラルムは既にセルディナ(※ダリア)の様子がおかしいと思っているのだろう。


 ―――いや、普通に無理だろォ……


 ダリアの補助を任された……というよりは、押し付けられたギナンは頭を抱えた。


「今日は突然の訪問になってしまい、すまなかった。貴女に会いたくなってしまった」

「会い……!?」

「うん、そうだけど……どうしたのだろう?今日はセルディナ嬢の感情が、よく見える気がして嬉しいよ」

「え、アタシ……じゃなくて、わたくしも嬉しい、えっと、嬉しく思います」


 慣れない丁寧な口調で話さなくてはならない上に、セルディナの振りと声真似もしなければいけない。更に、男の人からの優しい口説きに慣れていないダリアは、既にタジタジになってしまっていて。


 ―――だから止めておけって言ったンだろうが。


 アルシアに触れられて頬を赤らめるダリアを見て、ギナンは無性に腹が立った。


 ……だが、妹のような存在ダリアが、別の男にちょっかいを掛けられていたからと言って、間に割り込むのは保護者ギナンの役割ではない。

 そもそも、口説かれているの中身はダリアであっても、外見はセルディナだ。


「お茶を淹れて参ります。何かお好みの茶葉はございますか?」

「いや、特にない。ああ、そうだ。王城の料理人に頼んで作ってもらった焼き菓子があるんだ。一緒に皿も持ってきて貰えると嬉しい」

「畏まりました」


 一度、席を外して冷静になろうと考えたギナンは、「お茶を淹れてくる」という名目で出て行こうとした。


「ギナンっ!」

「セルディナ様、如何なさいましたか?」


 出て行こうとして、その服の裾をダリアに掴まれてしまう。

 助けを求められていると分かりつつも、今のダリアはセルディナだ。ロキがセルディナに向ける様な笑みを、ダリアに作ったギナンは、直ぐに「失敗した」と感じた。


 ギナンは……何だかんだ言いつつも、ダリアが助けを求めれば、いつだってその助けに答えてきた。だってダリアは、多少生意気になったとしても、ギナンにとって守らなければならない、妹のような存在だったから。

 だから、いつも通りにギナンに助けを求めて、答えてもらえなかったダリアは、泣き出しそうに顔を歪めてしまって。


「……セルディナ様、少々宜しいでしょうか」


 心の中だけで大きなため息を吐きだしたギナンは、ダリアの事を部屋の外に連れ出した。

 呆気にとられるアルシアと、「どうかなさいましたか?」と尋ねるラルムに誤魔化しの言葉を返して。部屋から若干離れた廊下で、ギナンはダリアの顔を覗き込んだ。


「だから無理だって言っただろォ」

「だって、セナの力になれるかもって思ったんだよ」


 「グス」と鼻を鳴らしたダリアは、涙を滲ませながら眉間に皺を寄せていて。いつも朗らかな笑みを浮かべているセルディナとは、似ても似つかない表情になってしまっている。


「はァ。しょうがねェなァ」


 アルシアの前とは違い、我慢しなくても良い溜息を吐き出したギナンは、呆れたような声で呟いた。







「……今日のマクバーレンご令嬢、何か様子がおかしくないでしょうか」


 ダリアとギナンに置いて行かれたアルシアは、ラルムに問いかけられて頷いた。

 今日は前に王城に来ていた男ロキの姿が無く、少し安心していたアルシアだったが、前回会った時と、セルディナの様子が違うような気がしてならなかった。


 前回のセルディナが、朗らかで何にも動じない“静”だとすると、今回のセルディナは、明らかに動揺していた。


「もしかすると、王城の料理人に作らせた焼き菓子というのが駄目だったのかもしれない」


 その理由を、アルシアは自分の持ってきた贈り物ではないかと考えた。


「……はい?」

「いや、セルディナ嬢は王城の夜会で焼き菓子を食べて、倒れてしまっただろう。あの日の記憶がないと聞いていたから、同じようなものを持ってきてしまったが、もしかするとトラウマを思い出させてしまったかもしれない……」


 念のため、安心できる料理人に調理を頼んでは来たが、もしも薄っすらとでも記憶が残っていれば、嫌な思いをさせてしまったのではないかとアルシアは考えた。


「いやぁ、焼き菓子の話をする前から、おかしかったような気もしますが……」


 そう言いかけたラルムは、ドアのノック音に言葉を止めた。


「突然席を外してしまい、失礼致しました」


 戻ってきたセルディナに……ラルムは出て行った時以上に眉を顰める。

 先ほどまで見えていた動揺の一切が、綺麗に無くなってしまっているのだ。


「少し眩暈がしてしまいまして。申し訳ありません、アルシア殿下」


 にこりと笑みを浮かべたセルディナの姿は、まるで別人のようだった。







 ―――本当に、何で俺がこんな事をしなくちゃなンねェんだ……。


「少し眩暈がしてしまいまして。申し訳ありません、アルシア殿下」


 にこりと笑みを作ったセルディナ……に扮しているのは、ダリアではなくギナンである。見た目はダリアの<幻影>で変え、女のものでは無い声は、<身体強化>で無理矢理変えた。

 セルディナの優しい笑みを意識したギナンの背後では、いつもの見目に戻ったダリアが紅茶を淹れている。


『ガ・ン・バ・レ』


 ダリアは口の動きだけで、そう伝えてきて。


 ―――ンな馬鹿な事してねェで、茶を淹れることに集中しろ馬鹿。


 げんなりとしつつも、「仕方ねェ」と思ってしまうのだから、つくづくギナンはダリアに甘い。


「持ってきて頂きました焼き菓子も嬉しいです。アルシア殿下、お気遣い頂きありがとうございます」


 セルディナの振りをしたギナンの言葉に、アルシアはホッとしたように目を細めて。


「気に入ってもらえたなら良かった」


 嬉しそうに、愛おしそうに微笑むアルシアの視線を受けたギナンは、アルシアがセルディナにどんな感情を持っているのかを察してしまった。


「それで、少し聞きたい事があって今日は来たのだが……セルディナ嬢は、想い人などは居るか?」

「……殿下だけを想っております」

「そう、か。なら……もしもセルディナ嬢が良ければ、セルディナと呼んでも構わないだろうか?」

「ええ」

「良かった。もしよかったら、僕の事は“シア”と呼んで欲しい。セルディナにだけ許した愛称だ」


 もともと鈍くはないギナンだが、そうでなかったとしても……アルシアの前にいたのがセルディナであっても、その視線に込められた想いに気付くことが出来ると確信するほどに、甘くて蕩ける様な表情だった。


 ―――きっと、これを見なきゃいけねェのは、俺じゃあなくて姫さんだろうなァ。


 ギナンはそう思ったけれど、ここに居ないセルディナには、どうしたって見ることは叶わなかった。



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