第16話 虚像は銀光を助けたい2


 ―――ド………ォォオオオン………!!


 何やら大きな音が響いて、アルセルト王国の隣に位置する国……ベルカーンの国境を監視していた兵士の男は、首を傾げて周囲を見渡す。


「何だぁ?今日はやけに騒がしいな」


 呟いた男は、暗闇の中でランタンを手に取った。硝子で出来た箱に蝋燭を入れて、鉄製の持ち手を付けただけの武骨なランタンだが、それでも火を灯せば暗さが和らぐ。男はマッチを擦って火種を作って、そっと蝋燭に火を灯した。

 その明かりを持って、再び周囲に視線を向けた男は……


「な、なんだ!?あれは!!」


 ……夜闇を背に、宙を舞う人影を見てしまった。


 ―――ドォォオオオン………!!


 先ほどと同じ大きな音が響いて、周囲が一瞬明るくなったような気がした。それと同時に強い風が吹いて、男は目を閉じてしまった。その拍子に男の手の中からランタンが落ちていく。ガシャンと、地面に打ち付けられたランタンは、大きな音をさせて割れてしまった。


「ああ、しまった!」


 武骨なランタンとは言っても、そこそこ値段のするものである。男は落胆の声を上げて、地面に落ちた蝋燭の火を慌てて消した。もともと小さな蝋燭の火は直ぐに消えたので、男は安心して……


「あれ、そういえばさっき、何か見た気がしたんだけど……?」


 ……ランタンの消滅に、先ほど見た人影の事を忘れてしまった。







 夜闇を背に、宙を舞う人影ロキ……に、抱えられたダリアは、「ばっかじゃねーーの!本当に、死ぬわ!!!馬鹿!!」と怒鳴っていた。


 誰が想像できるだろうか。

 貴族の女セルディナを連れた魔物の移動手段が、まさか<爆発魔法>による爆風を利用した馬鹿みたいなものだなんて。


 一歩間違えば爆発に巻き込まれ、あるいは地面に叩きつけられる状態の中、ダリアは顔を引きつらせながら、自分と同じようにロキに抱えられるセルディナを見た。


「ロキに抱えられるのなんて、久しぶりね。重くないかしら?」

「全く重たくないので安心してください」

「なら良かったわ。でも、疲れたらちゃんと言って頂戴ね。無理をしたら駄目よ」


 爆風に髪を靡かせて、片手で髪を押さえてはいるものの……セルディナは極々普通にロキと話していた。


 ―――嘘だろ!?


 一応、ダリアとセルディナでは、ロキの扱いも違う。セルディナはロキに大事そうに抱えられているのに対して、ダリアは「持たれている」という表現の方がしっくりくる気がする。……だが、例え扱いが違うとしても、死の恐怖に晒され続けていることには変わりない筈だ。


「おまえ、じゃなかった、セナ!怖くないのかよ!」

「大丈夫よ、ロキは失敗しないもの」

「ダリアさん、少しうるさいです」


 尋ねたダリアは、セルディナの根拠もない自信と、大爆発を連発しているロキの言葉に一瞬黙って……


「お前ら馬鹿だーーー!!!」


 ……爆音に負けない程の大声を上げた。












 ……同時刻、アルセルト王国の騎士団に捨て置かれたギナンの元へ、近付く影があった。


「……チッ」


 ギナンは失血でクラクラとする体を僅かに動かして、気配のあった方向を見る。そこに居たのは数匹の狼だった。血の臭いに釣られて来たのだろう。直ぐ近くまでやって来ていた狼は、ギナンから少し離れた場所に倒れていた隣国ベルカーンの兵士の体を、むしゃむしゃと食べ始めた。

 体を食われても、悲鳴や呻き声も上げない兵士の男は、とうに息絶えていたのだろう。狼たちは、身動き一つしない男の体を容赦なく噛み千切って……男の体が原型を留めなくなると、次のへと向かって行った。


「……ここまでだなァ」


 狼との距離が近い人間の死体が無くなった時が、ギナンが死ぬときだろう。


 満身創痍で、命令による魔法使用の許可も無いから、魔法も使えない。

 どうやったって、ギナンの生き残る道は無かった。


「こんな世界、いっそ滅んじまえ」


 近付いてくる獣の気配に、ギナンは呟いてから、体の力を抜いた。




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