第6話 第一王子は公爵令嬢に見惚れる
「セルディナ・マクバーレンをアルシア第一王子の婚約者と任命す」
その知らせが届いた翌日、セルディナは王城へと向かっていた。
煌びやかなドレスに身を包み、今日ばかりはグラシアも毒を盛ることは無く。呼び出された王城へ向かうセルディナの隣には、いつも通りにロキが居る。
「セルディナ様、やはり別の者を付けた方が、良かったのでは無いでしょうか?」
「もう、何度も言ったでしょう。ロキ以外の人を連れてきても、少しも安心できないわ。それに……
「ふん」と顔を背けるセルディナは、前日の夜、セシルから「魔物は置いていくように」と言いつけられていた。
「魔物を従者として連れて行ったとしても、評判を落とさない程度の立ち振る舞いはできますわ」なんて言葉で押し通したセルディナに、セシルは鋭い眼光を向けて。
緊迫したやり取りに、ロキの方が冷や汗を流してしまう程だった。
「ですが……魔物の私では、城内に入れません」
最終的には、セシルがロキの同行を許可……と言うよりは、諦めていた気もするが……許可を出したのだから、問題はないのだろうけれど、魔物のロキが付いて行けるのは、王城の門の前までだ。
そこから先は、セルディナを一人にしなくてはならない。
「大丈夫よ。すぐに戻ってくるから」
「……セルディナ様の大丈夫は、大丈夫でない事の方が多いので、心配でなりません」
普段から「大丈夫よ」と言いながら毒を飲んでしまうセルディナの言葉など、安心することが出来ない。
心配そうなロキの視線を受けながらセルディナは王城へと入って行った。
『あれがセルディナ様よ』
『一人なのかしら?』
『アルシア様は長年、想いを抱いていた方がいらっしゃると聞いたことがあるけど……』
『噂でしょう。アルシア様も婚約に反対していなかったという話だし』
『そうよね。それにしてもあのドレスは見事ね……』
『本当に……いつかあんなドレスを……』
城門から案内をしてくれている騎士の後ろを歩きながら、セルディナの耳には、道端で噂話をしている侍女達の話が聞こえてきてしまう。
「……申し訳ございません」
恐らく、騎士の男にも聞こえてしまったのだろう。焦げ茶色の髪の男は謝って、それから「後で罰を与えておきます」と呟いた。
「罰なんていりませんわ。ただの噂をしていた程度ですもの」
実害もない噂程度、セルディナにとっては可愛いぐらいで。笑ったセルディナに、騎士の男は感銘したような眼差しを向けた。
「貴女のような方を婚約者に出来、我が主は幸せ者ですね。どうかセルディナ様、噂に惑わされずに、アルシア殿下を見て頂きますよう。我が主は、セルディナ様との婚約を喜んでいらっしゃいます」
恥ずかしそうに笑った騎士の男は、目の前にあった扉を開く。
「我が主……アルシア殿下がお待ちです。どうぞ、お入りください」
開かれた扉の向こうには、黒髪黒目の少年が居て。
「初めまして。セルディナ嬢。これからよろしく頼むよ」
病弱という噂のあるセルディナを気遣うように、少年……アルシア・アルセルトは、座っていた椅子から立ち上がって、セルディナの居る扉の元までやって来た。
「久しぶりね」とセルディナは思った。魔物ではない人に気遣われたのは、セルディナにとって実母が死んで以来……ずいぶん久しぶりの事だった。
「まだお互いの事をよく知っていないが、これから知り合っていきたいと思っている」
ふわりと優しく笑うアルシアは、きっと良い人なのだろう。整った顔立ちに、柔らかい雰囲気で。
―――きっと殿下は、良い国王になりますわね
セルディナはそう思って、腰を折った。
「初めまして、アルシア殿下。此度の婚約、大変嬉しく思います。これから、どうぞよろしくお願いします」
小さく笑みを浮かべたセルディナは、まさかアルシアが自分に見惚れているなんて気付きもせず、綺麗なお辞儀をしてみせた。
見惚れていたアルシアは、セルディナが顔を上げるとハッとして、慌てて小さく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます