第31話 公爵令嬢は未来に向かって突き進む
「魔物の救世主、セルディナ様。貴女様と出会えることを、私はずっと前からお待ちしておりました」
そんな言葉をセルディナに告げたのは、先日助けた魔物の少女だった。
少女の瞳は、この世のものとは思えない、キラキラと輝く美しい青色で。その瞳にセルディナを映した少女は、涙ぐんだまま、セルディナに向かって跪いた。
「どうしてセルディナ様の名前を知っているのですか?」
少女の反応に警戒心を滲ませたのは、何時もの事だがロキだった。
セルディナと少女の間に体を割り込ませたロキは、いつでも少女の事を排除できるように睨みつける。
「私の魔法は<未来透視>です。セルディナ様に会ったのはこれが初めてですが、私は<未来透視>の中で何度もセルディナ様を見ていました。勿論ロキ様や、ダリア様、ギナン様の事も」
「……信用できる証拠はありますか?」
「流石はロキ様。
少女はロキに敵意を向けられているというのに、一切動じることは無かった。
……ロキが、少女を害さないということを、知っているかのように。
「今から丁度五分後に、ダリア様とギナン様がやって来ます。どちらがお茶を淹れるか喧嘩をしながら。そして、扉の前でカップを一つ落としてしまいます。それから少しだけ沈黙をして、扉を開いたお二人は、困ったような顔をしてセルディナ様を見つめます」
「……その話が間違っていた場合は?」
「どうぞ私を好きなようにして下さい。ただ、セルディナ様の情報が外部に漏れていたとか、そう言った事実はないので、出来れば拷問をして聞き出そうとするのは止めて欲しいですけど」
スラスラと述べた少女は、最後に少しだけ困った顔をして笑った。
少女の話は真実味を帯びており、ロキは迷いつつも五分間待つことを決めた。
ロキが心配しているのは、少女の言葉にもあった通り、セルディナが魔物を救っているという情報が漏洩しているのではないかという点で。少女の言う未来が異なっていた場合、セルディナには秘密で、少女から情報の出所を聞き出そうと決めていた。
……そうして五分後。
「だから、アタシが持っていくって言ってるだろ!」
「だー!今更ンな事言うな!トレーを引っ張ンじゃねェ!」
扉を隔てていても聞こえてくる声量で、言い合いをしながらダリアとギナンがやって来る音が聞こえてきた。
セルディナの部屋に着く直前、少女の予言通りにガシャンという音が響き渡る。
「「…………」」
あれだけ言い合いをしていた二人の声が、ピタリと止まって……それから、扉がゆっくりと開く。
「その、セナ。ちょっとカップを割っちゃったんだけど……」
「
困ったように眉を下げたダリアとギナンの姿を見たセルディナは、とうとう可笑しくなって笑ってしまった。
「ふふっ。本当に言った通りになったわ。ここまでぴったりだと面白いわね」
「セ、セナ?」
「姫さん?」
クスクスと笑うセルディナに、理解が追い付かないのはダリアとギナンだった。
「本当に私が魔物の救世主になるの?」
「はい。私の<未来透視>では、その光景が見えました」
「魔物は救われるのね」
「……はい」
頷いた少女に、セルディナは幸せそうに笑った。
「貴女の見た未来を、私も知る事は可能かしら?」
「はい。ですが……」
「何か不安が?」
「伝えることが出来るのは、セルディナ様お一人です」
「分かったわ。ロキもダリアもギナンも、少し席を外してくれる?」
「セルディナ様!?」
少女の事を簡単に信頼して従うセルディナに、慌てたのはロキだった。
「大丈夫よ、何かあったらすぐに呼ぶから。少しだけお願い、ロキ」
「……危害を加えられそうになったら、命令を使ってでも止めると約束をして下さい」
「約束をするわ」
「……ダリアさん、ギナンさん。隣の部屋に行きましょう」
だが、セルディナの譲らない瞳に、折れたのはロキの方だった。
最後まで心配そうにセルディナを見つめながらも、ロキはダリアとギナンを連れて、部屋を出て行った。
「それで、私が魔物の救世主になるのは、どうすれば良いのかしら?」
「私の視た<未来透視>では、国が動く運命の日があります。今より三月は先の、雨の降る日です。その日に、セルディナ様と魔物が動けば、この国から魔物と呼ばれて迫害を受ける生き物は居なくなります」
「……そう」
少女と二人きりになった部屋の中で、セルディナは告げられた言葉に笑って。それから俯いてしまった。
「……あの子たちは、皆自由になれるのよね」
「はい」
「良かったわ。本当に。国を変えると言っていたけれど、出来ないのではないかと、本当は不安で仕方なかったの」
手で顔を覆ったセルディナの、指の間から涙が零れた。
小さな雫は、地面に落ちて消えてしまって。俯いていたセルディナが顔を上げた時には、その瞳から零れた涙の痕は消えていた。
「……教えて頂戴。私はそれまでに何をすれば良いの?」
「はい、それは……いえその前に、セルディナ様は死ぬ覚悟はおありでしょうか?ご自分の命を犠牲にしても、魔物を救う覚悟が」
問うた少女に、セルディナは笑った。
「そんなの、当たり前じゃない。私の命程度で皆が救われるなら、何度だって死んだって構わないわ」
「……ッ、でしたら、私の知る全てをセルディナ様に」
「ええ、お願い。……そういえば、貴女の名前を聞いていなかったわ」
「ルルラと申します」
「お願いね、ルルラ」
自分の命を、あまりにも簡単に賭けたセルディナは、ルルラに向かって手を伸ばした。
白く、ほっそりとしたセルディナの手を握ったルルラは、この時セルディナの共犯者となったのだ。
「ロキとダリアとギナンには、秘密にしてくれる?」
「ええ、必ず」
「ありがとう。きっと、言ったら心配をさせてしまうから」
セルディナの命を危険に晒しても、魔物を救う道を選んだセルディナとの共犯者に。
その日は、朝から雨が降っていた。
大粒の雨粒が、ザァザァと地面を打ち付ける音が響いていて。
「……嫌な天気だ」
セルディナの父、セシルは窓の外を見て呟いた。
「……あれは、何だ?」
不意に、窓の外を歩く人影を見た。
その人影は、全部で四つか。その内の一つが振り返った。
外套を深く被ったその下から、茶色の髪が一房零れた。
「セルディナ?」
そんな場所に、セルディナがいる筈なんてないのに。セシルには何故か、その人影がセルディナのように感じて、慌てて窓を開いた。
「セルディナか!?」
外に向かって叫んだセシルの声に、人影の一つはこちらを見た気がした。
「こんな日に、どこへ……」
セシルの言葉に、返事はなかった。元よりセルディナとセシルの間には距離がありすぎて、声なんて聞こえる筈がないのだけど。
「……そうか、セルディナ。お前は私を捨てるのか」
不意に、セシルは気が付いてしまった。
何故そう思ったのかと言われれば、勘としか言いようがないのだけど。
「…………いや、最初に捨てたのは、私の方か」
自嘲するように、自責するように、セシルは呟いて俯いた。
愛した妻が死んで、娘とどう接すれば良いのか分からなかった。
……そんな事は、言い訳に過ぎなくて。最初にセルディナに背を向けたのは、紛れもなくセシルだったのだ。
「行っておいで、私の愛しいセルディナ」
セシルの言葉なんて聞こえない筈だが、その言葉を告げた瞬間、セルディナはセシルに背を向けて歩き出した。
その姿は、あっという間に木々に隠れて消えてしまった。
「私は、私の過ちを正さなければ」
セルディナの消えた道の先を、いつまでも見ていたセシルが言った。
その頭の中には、二番目の妻の姿が浮かんでいた。
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