第8話 虚像は公爵令嬢に救われる

「……ねぇ、ロキ。この人を救うには、どうしたら良いのかしら?」


雨の降り続く空の下、セルディナはロキに問いかけた。


「救いたいのですか?」

「ええ」

「どうして……この魔物はそんな事、望んでいないと思いますが……」


そう言ったロキは、セルディナの表情を見て、ギクリと体を強ばらせた。


「私が生きるのを望んだのが、魔物の貴方だけなら……私も魔物の生を望みたいわ」


死を受け入れていたセルディナに、生きることを望んだのはロキで。それ故、ロキは赤髪の魔物を救おうとするセルディナを、止めることはできなかった。


「セルディナ様のお心のままに」


呟いて、ロキはセルディナの腕の中から、魔物の事を受け取った。ジャラリと鎖の擦れる音がする。

ロキが抱えた魔物の体から、べシャリと泥が落ちて、地面に溜まっていた雨水を跳ねあげた。


「店の店主から、彼女を購入してきます。セルディナ様は馬車に戻っていて下さい」


魔物屋の中へ入っていくロキの背中を見送って、セルディナは近くに停めていた馬車の中へと戻っていく。


……アルシアに会って、ふわりと暖かくなっていた胸が、雨に打たれて冷え切ってしまって居ることに、セルディナ自身では、気付くことが出来なかった。






■□■□■□■□■






「ロキ、彼女はどう?」

「まだ目を覚ましません」

「そう……」

「セルディナ様、やはり危険です。目を覚ます前に、せめて縄で縛らせて下さい」

「駄目よ。彼女は弱っているのよ。縛ったりなんかしたら、本当に死んでしまうかもしれないわ」

「しかし……」


 話し声で目を覚ましたダリアは、自分の眠る……信じられない程柔らかいベッドの脇で、話し合っている男女の姿を見た。

 倒れる前に見た貴族の女に、金髪の……魔物の男。二人の姿を見たダリアは、信じられない気持ちでいっぱいになった。


「人間に恨みを抱く魔物は少なくありません。私はセルディナ様を危険な目に合わせたくありません」

「大丈夫よ。だって私にはロキが居るもの。守ってくれるでしょう?」

「守ります……けれど……」

「なら大丈夫よ。だってロキは強いもの」


 貴族の女が、大切なものでも触れるかのように、優しい手つきで魔物に触れた。

 魔物の男が、貴族の女を心配そうな瞳で見つめていた。

 その光景は……貴族と魔物の二人だと言うのに、対等な関係の男女のように見えた。


「……セルディナ様」


 魔物は、本当に貴族を守りたいと思っているらしい。そうでなければ、ダリアが起きたことに気が付いて、ダリアと貴族の女の間に入ることはしないだろう。


「あ、起きたのね。体は大丈夫かしら?」


 貴族の女も、魔物の男を本当に信頼しているのか。わざわざ庇った魔物を押しのけて、ダリアに向かって話しかけてきた。


「セルディナ様。お願いですから、少しは警戒をして下さい」

「つい、うっかり……ロキ、怒っているかしら?」

「怒って態度を直してくれるなら、本当に怒りますよ」

「ご、ごめんね?」


そんなやり取りに、ダリアは目を白黒させて。


「ええっと……出来れば襲わないでくれると有難いわ。と言うよりも、ロキがピリピリしているから、無闇に刺激をすると危ないわ。貴女の為にも、お願いね?」


そんな事を告げる貴族に、ダリアは呆気に取られてしまった。

雨の降らない室内で見る女は、煌めくように美しくて。そのくせ、ダリアを見る目は、信じられないくらいに優しかったから。


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