第8話 虚像は公爵令嬢に救われる
「……ねぇ、ロキ。この人を救うには、どうしたら良いのかしら?」
雨の降り続く空の下、セルディナはロキに問いかけた。
「救いたいのですか?」
「ええ」
「どうして……この魔物はそんな事、望んでいないと思いますが……」
そう言ったロキは、セルディナの表情を見て、ギクリと体を強ばらせた。
「私が生きるのを望んだのが、魔物の貴方だけなら……私も魔物の生を望みたいわ」
死を受け入れていたセルディナに、生きることを望んだのはロキで。それ故、ロキは赤髪の魔物を救おうとするセルディナを、止めることはできなかった。
「セルディナ様のお心のままに」
呟いて、ロキはセルディナの腕の中から、魔物の事を受け取った。ジャラリと鎖の擦れる音がする。
ロキが抱えた魔物の体から、べシャリと泥が落ちて、地面に溜まっていた雨水を跳ねあげた。
「店の店主から、彼女を購入してきます。セルディナ様は馬車に戻っていて下さい」
魔物屋の中へ入っていくロキの背中を見送って、セルディナは近くに停めていた馬車の中へと戻っていく。
……アルシアに会って、ふわりと暖かくなっていた胸が、雨に打たれて冷え切ってしまって居ることに、セルディナ自身では、気付くことが出来なかった。
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「ロキ、彼女はどう?」
「まだ目を覚ましません」
「そう……」
「セルディナ様、やはり危険です。目を覚ます前に、せめて縄で縛らせて下さい」
「駄目よ。彼女は弱っているのよ。縛ったりなんかしたら、本当に死んでしまうかもしれないわ」
「しかし……」
話し声で目を覚ましたダリアは、自分の眠る……信じられない程柔らかいベッドの脇で、話し合っている男女の姿を見た。
倒れる前に見た貴族の女に、金髪の……魔物の男。二人の姿を見たダリアは、信じられない気持ちでいっぱいになった。
「人間に恨みを抱く魔物は少なくありません。私はセルディナ様を危険な目に合わせたくありません」
「大丈夫よ。だって私にはロキが居るもの。守ってくれるでしょう?」
「守ります……けれど……」
「なら大丈夫よ。だってロキは強いもの」
貴族の女が、大切なものでも触れるかのように、優しい手つきで魔物に触れた。
魔物の男が、貴族の女を心配そうな瞳で見つめていた。
その光景は……貴族と魔物の二人だと言うのに、対等な関係の男女のように見えた。
「……セルディナ様」
魔物は、本当に貴族を守りたいと思っているらしい。そうでなければ、ダリアが起きたことに気が付いて、ダリアと貴族の女の間に入ることはしないだろう。
「あ、起きたのね。体は大丈夫かしら?」
貴族の女も、魔物の男を本当に信頼しているのか。わざわざ庇った魔物を押しのけて、ダリアに向かって話しかけてきた。
「セルディナ様。お願いですから、少しは警戒をして下さい」
「つい、うっかり……ロキ、怒っているかしら?」
「怒って態度を直してくれるなら、本当に怒りますよ」
「ご、ごめんね?」
そんなやり取りに、ダリアは目を白黒させて。
「ええっと……出来れば襲わないでくれると有難いわ。と言うよりも、ロキがピリピリしているから、無闇に刺激をすると危ないわ。貴女の為にも、お願いね?」
そんな事を告げる貴族に、ダリアは呆気に取られてしまった。
雨の降らない室内で見る女は、煌めくように美しくて。そのくせ、ダリアを見る目は、信じられないくらいに優しかったから。
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