第17話 虚像は銀光を助けたい3

「こんな世界、いっそ滅んじまえ」


 呟いて、ギナンは目を閉じようとした。

 死を受け入れて……


『アタシは助けてくれなんて言ってない!』


 ……受け入れた、筈だったのに。その刹那、ギナンが思い出してしまったのは、泣き出しそうな顔をしていたダリアの事だった。







 ギナンがスラムに捨てられて、しばらくしてから同じように捨てられた魔物がダリアだった。


 今までは人間として普通に育てられていた筈なのに、ある日突然魔物だからと捨てられたダリアは、呆然とした表情で、スラムの片隅に立ち尽くしていた。まだ小さくて、言葉も碌に話せないような、小さな子供だった。

 ポロポロと、絶望に染まった瞳から零れ落ちる涙を見て、ギナンは「アイツも魔物だ」と悟った。


「……そんなところに居たら死ぬ」


 赤い髪の少女に声を掛けたのは、そのまま置いておけば死んでしまうと分かっていたから。彼女が魔物で、自分よりも小さいから、守ってやろうと思ったからで。


「来るつもりがねェなら、置いていくけど」


 そう言ったギナンの言葉に弾かれるようにして、幼かったダリアはギナンの元へやって来た。

 両親に捨てられて、汚いスラムの中で話しかけてきたギナンまで行ってしまったら、本当に一人になってしまうと。小さなダリアはギナンに縋っていた。


 ダリアの小さな手が、ギナンに触れる。それが妙に温かくて。小さな体を守るために、身を寄せ合って寝た記憶が、優しい思い出として残っていて。


 小さな少女は、スラムで生き残るために強くなろうとしていて、涙を流すことも無くなったけれど……このままギナンが死んだら、ダリアは泣いてしまうかもしれない。それは少し、嫌だと思った。







「……あーあ。アイツが笑って逃げてれば、ンな事考えないで済んだのによォ」


 血の失った体で、ふらりとギナンは立ち上がる。

 「急に立ち上がったアレは何だ?」とでも言うように、狼の視線がギナンに集まる。

 グルル…と、狼の威嚇するような唸り声を聞きながら、ギナンはニィと笑った。


「野垂れ死ねとは言われたが、立ち上がるなとは言われてねェもんなァ」


 狼の一匹が、ギナンへと向かってくる。剣も無く、魔法も使えない。対する狼には鋭い牙も、爪もあって。普通ならば、適うはずもない。それでもギナンは、拳を振るった。

 狼の鼻先を殴りつけ、よろめいた狼の体を蹴りあげて。また直ぐに別の狼が駆けてくる。フラリとよろめいて……倒れかけたギナンは、足を踏み出して体を支えて。不格好だとしても、ギナンは生き延びるために狼へ向かっていく。


 不器用で、可愛くない幼馴染を泣かせないために……。





「ギナン!!ギナン!!」





 何匹目の狼を倒した頃だろうか。

半ば意識を飛ばしながら狼を倒していたギナンは、ふとダリアの声が聞こえた気がした。そんな事、ある筈が無いのに。

 一瞬気を取られたギナンの元へ、狼達が押し寄せる。

「あ」とギナンは小さく呟いた。向けられた狼の牙が、ギナンを食いちぎろうとする光景を、何処か他人事に見ていた。


 狼の牙には、先に食べた隣国の人間の血だろうか。赤茶色の汚れが付いていた。

スローモーションのように、何故かその光景が、ギナンには良く見えていた。




「ギナン!!駄目!!死なないで!!」




 狼の牙がギナンに食い込む。……その直前、狼の体が爆発した。

 パン、と大きな音を立て爆発した狼の血がギナンに降り注ぐ…ように見えたのは一瞬で、実際のギナンは、目に入った狼の血のせいで視界を失ってしまった。


「セルディナ様、見つけました」

「ええ、助けてあげて」


 その声を皮切りに、大きな爆発音が、ギナンの周りから幾つも聞こえてくる。

 滲む涙を擦りながら、ギナンが体に降りかかった生暖かい液体や獣特有の匂いに顔をしかめていれば、サクサクと雪を踏む足音が近付いてきた。足音はギナンのすぐ近くで止まった。


「死んだら、嫌だ。ギナン、死なないでくれよ!」


 ダリアの声が聞こえた気がして、ギナンは目を開いた。異物が入って涙でぼやける瞳に映ったのは、ボロボロと涙を流すダリアの姿だった。


「お前、何でこんな所に……まさか!」


 まさか、ダリアまで捕まってしまったのか。そう考えたギナンだったが、ダリアの体を、暖かそうな外套が包んでいる事に気が付いて怪訝な顔をした。

 魔物として捕まったなら、温かい服なんて着せてもらえる筈がない。だったら、どうしてダリアはこんな場所に居るのか……?


「アタシもよく分かんないんだけど、セナ……えっと、変な貴族に拾ってもらった!」

「……??なんだァ、それ??」


 ギナンの疑問に、ダリアが答えた。その返事は、ギナンにはよく理解できなくて……。


「セルディナ・マクバーレンが、魔法の使用の許可を許可します。害成すものを蹴散らして頂戴」

「セルディナ様の御心のままに」


しかし、貴族らしい女を心底大事そうに抱えた金髪の男が、次々に狼を爆発させていく様子を見て……


「なんだァ、あれ??」


ギナンは再び、呟いた。

魔物は、命令をされないと魔法を使うことが出来ない。金髪の魔物が魔法を使っているということは、その腕に抱えられた女が主人なのだろう。


……だが、どうして。

どうして、魔物が人間なんかを抱えているのか。

どうして、人間が魔物に魔法の使用許可を出すのか。

ギナンには分からなくて……分からないまま、ギリギリだったギナンの意識は、限界を迎えてしまった。


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