06:輝く夜とお別れの贈り物

第7宇宙歴124年/ 4月30日/ 流星



 その日は朝から何もかもがキラキラ輝いていた。

 中でも一番輝いていたのはキャシーだった。エステに行き、髪を整え、素敵なドレスを身に纏った彼女はまるで妖精のようだった。


「プロムと言うのは、すごいですね」

「どうしたの、突然」

「キャシーがいつもよりもっとキラキラして見えます。それはきっと、プロムのおかげなんですね」


 私の言葉に、キャシーが笑った。


「そうね。プロムの日は、女の子が一番輝く日なのよ」


 言いながら、彼女は私の頬をつつく。


「だからあなたも、輝いてるわよ」

「蛍光塗料は塗っていません」

「すっごく綺麗だって意味。……でも、これからもっと輝くのよ?」

「もっと?」

「エスコート役の男が素敵なら、女の子はもっと輝けるの」


 どういう意味かと尋ねようとしたが、その必要は無かった。

 玄関のベルが鳴り、しばらくすると、女の子を輝かせる『エスコート役』が現れたからだ。


「礼装ヤバイ……」


 だがエスコート役が現れた瞬間、キャシーはせっかくのキラキラが台無しになる程はぁはぁと息を乱し、顔を真っ赤にしていた。


「おい、顔が変になってるぞ」


 困惑顔で近づいてきたのは、ウェイン中佐だった。

 そしてその横には、見知らぬ男が一人立っていた。


 長い銀髪と鋭い面立ちの顔を以前どこかで見た気がする。でも、分からない。

 それを怪訝に思っていると、男の方が私をじっと見つめた。


「ああ、こいつはレイン=ファウス中佐。俺の友人だ」


 紹介されると、レイン中佐はウンザリした顔で私の前に立ち、そして箱に入った花のような物を差し出す。


「これは何ですか?」

「コサージュだ」

「何故くれるのですか?」

「俺が君のエスコート役だからだ。アンドロイドのおもりなんてうんざりだが、こいつがどうしてもと言うのでな」


 憎々しげな顔をするレイン中佐を見て、ウェイン中佐が眉を寄せる。


「彼女に下心を抱きそうのない友人がお前しかいなかったんだ。あと、ちゃんと女の子として扱えって言っただろう」

「……それはいいが、ちゃんと約束は守ってくれるんだろうな?」

「わかってる、お前の『実験』は手伝うよ」

「ならいい」


 頷いた途端、レイン中佐はそれまでとは真逆の紳士的な笑顔を浮かべる。

 それを見た瞬間隣にいたキャシーが「うひょぉぉぉ」と奇声を上げた。

 たぶんレイン中佐の笑顔が好みだったのだろう。顔立ちの良い男性の笑顔を見ると、キャシーはよく「うひょぉぉぉ」となる。


「ウェイン中佐どころかレイン中佐まで一緒なんて、幸せすぎて私死んじゃうかも」

「キャシーに死なれたら私が困ります。なので、レイン中佐を追いだしてもよろしいでしょうか?」


 途端にキャシーが駄目だと止めたのでやめた。

 一方、レイン中佐が私の言葉に小さく吹き出す。


「アンドロイドの冗談はなかなかおもしろいな。これは、退屈なプロムにならずに済みそうだ」


 言うなりレイン中佐は私の腕を掴み、コサージュをはめてくれる。


「じゃあ行こうかお嬢さん」


 腕を差し出されたが、どうして良いのか分からなくなる。

 助けを求めてキャシーを見ると、彼女はウェイン中佐の腕に身を預けている所だった。


「二人のように、あなたと腕を組めば良いのですか?」

「ああ、そうだ」


 キャシーを真似て腕を組んでみた。

 何だかしっくりこなかったが、これがルールなら仕方がない。


「不本意そうな顔だな。レオナードの方が良かったか?」

「彼と腕を組んだことがないので、よく分かりません」

「……そうか、そうだったな」


 まるで哀れむような目でレイン中佐は私を見た。

 何故か私は、彼がそういう表情をしないと思っていた。もっと乱暴で、冷たくて、意地の悪い人のような気がしていた。

 だから正直、彼の反応は意外だった。


「レイン中佐はウェイン中佐のお友達なんですか?」

「そうだな。仲が良い……と、簡単に言える関係ではないのかもしれないが」

「喧嘩でもしたのですか?」

「昔な」

「仲直り、出来ると良いですね」


 私が言うと、少し驚いた顔でレイン中佐が私を見る。

 それから彼は寂しげな顔になり、私の手をそっと引いた。


「そう願いたいが、どうだろう」

「ならプロムで一緒にダンスを踊ってはどうですか? ダンスを踊ったふたりは、凄く仲良くなれるとキャシーが言っていました」


 名案のつもりだったが、レイン中佐はそこで笑いだした。

 彼の笑い声は思いのほか大きくて、ウェイン中佐が振り返る。


「……お前が笑ってるとこ、5年ぶりくらいに見た」

「とても面白い提案をされてね」

「一体何を言ったんだ?」

「二人の秘密さ」


 そう言ってレイン中佐が私の肩を抱き、にっこり笑う。

 途端に、ウェイン中佐の表情が険しくなった。

 仲直りまで時間がかかりそうだなと私は思った。



■■データ破損につき■■一部■記録の破損■がみられる■■



 プロムは、私が想像していたものより三倍は華やかで賑やかだった。

 何だか落ち着かなくて、私は直ぐさま壁際に引っ込んでしまったが、キャシーとウェイン中佐はいろんな人と挨拶したり笑ったりしていた。


 それを遠巻きに眺めながら、私はレイン中佐が持ってきてくれたフルーツポンチを飲んだ。


「これ、美味しいです」

「酒が入っているともっと良くなる」


 言うなり、レイン中佐は隠し持っていたお酒を自分のフルーツポンチにジャブジャブ入れた。私のにもジャブジャブ入れてくれた。


「ありがとうございます」

「うむ」


 レイン中佐は口数が多くないらしく、会話があまり続かない。

 でも私もおしゃべりな方ではないので、丁度良い気がした。


「プロムは初めてか?」

「はい」

「踊りたいか?」


 尋ねられて、私はじっとレイン中佐の手を見た。

 キャシーと練習をしたので踊れるとは思う。でもレイン中佐の手は、この前見た記憶の中の手とは違う。だから、踊ってはいけない気がした。


「やめておきます。それよりレイン中佐は、踊らないのですか?」

「レオナードとか?」

「はい、仲良くなれますよ」


 丁度、かかっている曲がスローになる。

 どうやらプロムのテーマは『悠久』らしく、流れているのは古い地球の曲だった。


「面白いかもしれないな。それに、あいつが誰かを誘う口実にもなるか……」


 何やら一人で納得してから、レイン中佐がウェイン中佐の下へと向かった。


 少し強引に腕を掴み、ダンスの輪に二人が加わった瞬間、どよめきが走る。

 一部の女子はきゃああと悲鳴も上げている。


「ねえ、あのダンスはジルの入れ知恵?」


 レインと入れ違いにこちらへとやってきたキャシーが、笑いながら尋ねてきた。


「二人が喧嘩をしているというので、仲良しになるために踊ったらどうかと提案しました」

「名案ね。いい男が手を取り合って踊るのって、めっちゃ滾るわ」


 はぁはぁと息を荒くしながら、キャシーが二人を見つめる。

 だがしばらくすると、彼女の瞳がほんの少しだけ寂しそうになった。


 そこで私は、自分が大きな間違いを犯したことに気づく。

 きっとキャシーはウェイン中佐と踊りたかったのだろう。それを、私は結果的に邪魔してしまったのだと理解した瞬間、電脳の一部が妬けるように痛む。


「ジル!?」

「平気です……、少し頭が痛くなっただけで……」

「もしかして、また記憶がおかしいの?」

「いえ、大丈夫です」


 キャシーと喋っていると痛みは引き、自分の身体をスキャンしてみたが問題はなさそうだった。


「それより、申し訳ありません。私のせいで、キャシーがウェイン中佐と踊れなくなってしまいました」

「い、いいのよそんなこと。それに……」


 何か言いかけて、キャシーは僅かに言葉をつまらせる。


「踊る気は無かったし、踊れなかったとしても、それは当然」

「どういう意味ですか?」

「……私ね、前に大事な友達の恋の邪魔をしちゃったの」


 そのせいで、その友達はもう恋が出来なくなったのだと、彼女は静かに告げる。


「だから私だけ、楽しんじゃ駄目なんだと思う」


 キャシーは今にも泣きそうな顔で、遠くで踊るウェイン中佐を見つめていた。


「それに私、今も酷いことしてる。ウェイン中佐が私に付き合ってくれるのは理由があるからなのに、そこにつけ込んでる」


 その顔があまりに悲しそうで、辛そうだったから、私はどうにかしたくて堪らなくなった。


「なら、つけ込みましょう」


 だから私は、キャシーの腕を引いてウェイン中佐たちの方へと歩き出す。


「踊りたいなら踊るべきだと思います。それにキャシーが恋の邪魔をしたのは大事な友達なんですよね?」

「うん」

「大事な友達なら、きっとキャシーが悲しむのは見たくないと思います。好きな人と踊って、楽しんで、自分の分も幸せになって欲しいって考えると思います」


 だから踊りましょうと、私はキャシーにつげた。


「踊ると仲良くなれるなら、踊らないと」

「でも……私……本当に出来ない……」

「ならまずは、私と練習です」


 ダンスホールの片隅で、私はキャシーに手を差し出す。


「私はきっと下手だから、踊っていれば、見かねたウェイン中佐が助けに来てくれますよ」

「凄い理屈ね」

「ウェイン中佐は、私が失敗していると絶対側に来るんです。だからきっと、きてくれます」


 そう告げると、キャシーは私の手をおずおずととる。

 そしてゆっくりと身体を揺すってみたが、途端にキャシーが小さく吹き出した。


「ジルは、踊るのが下手過ぎない?」

「ステッポというのが、難しいです」

「ステップね」


 手を取り合い、見つめ合い、私達はゆっくりと身体を揺らす。


「踊る勇気、出てきましたか?」

「まだ、もうちょっとかかりそう」

「こんなことなら、勇気が出るおまじないを、覚えておけば良かったです」

「そんな物があるの?」

「昔戦場で、誰かがやっていました。でも私はすぐ記録を無くしてしまうから、わからなくて」


 でも手に何か文字を書くんだった気がすると言えば、キャシーは「絶対違うわよそれ」と笑った。


「ねえジル」

「なんでしょう」

「……私の勇気が出るために、ひとつ手伝ってくれる」

「もちろんです。何でもします」

「なら私の代わりに、ウェイン中佐と踊って」

「それが、手伝いになるのですか?」

「ダンスの下手なジルがウェイン中佐と踊ってるのをみれば、自分にも出来るかもって思える気がするの」


 確かに一理あると思えた。


「それに私、二人が踊ってるところを見たいの」

「何故ですか?」

「ジルとウェイン中佐は、私が仲を引き裂いちゃった二人に似てるの。だから二人が踊ってるところを見れば、色々と心の整理がつく気がする」


 だからお願いと頼まれたとき、馴染みの気配がこちらへと近づいてきた。


「なんだその酷いダンスは」


 呆れた声と共に近づいてきたのはウェイン中佐だった。

 彼と共にレイン中佐がやってきたのを見つけると、キャシーは私と繋いだ手をほどく。


「見てたなら助けてよ。足を踏まれまくって大変だったんだから」


 笑いながら、キャシーはウェイン中佐の腕を掴み、私の手を無理矢理握らせる。


「私はレイン中佐にエスコートして貰うから、しばらく足を踏まれてて」


 ウェイン中佐にウインクしてから、キャシーはレイン中佐の手を取りダンスを始めてしまう。

 残された私たちは手を握ったまま、しばし見つめ合う。


 そのとき曲が代わり、私はあっと声を上げてしまった。


「この曲、好きです」


 ダンスホールに流れ出したのは、記録の中に残っていたあの曲だった。


「なら、踊るか?」


 ウェイン中佐の手が私の手を優しく握り直し、そっと腰を引き寄せる。


 さっきはあれほどぎこちなかったのに、ウェイン中佐とぴたりと身体を合わせると、不思議と身体が音楽に合わせて動き出す。


「なんだ、上手いじゃないか」

「自分でも、驚いています」

「今ならターンも出来るんじゃないか?」


 言われるがままステップを踏めば、私の身体がくるりと回った。


「上出来だ」

「でも、困ります」

「困る?」

「キャシーは、私の下手な踊りを望んでいるのに」


 どういう意味だと尋ねられたので、私は先ほどの会話を口にした。

 するとウェイン中佐は目を伏せ、表情を曇らせる。


「……あの子が、そんなことを」

「だから私、下手に踊りたいです」

「いや、きっとその必要はないよ。あの子はもう、大丈夫だ」

「ならこのあと、キャシーとも踊ってくれますか?」


 尋ねると、ウェイン中佐は頷いた。


 でもそれを見た瞬間、何故だかまた胸の奥が小さく痛んだ。

 けれどその痛みは感じてはいけない気がして、私は感覚を遮断する。そうするとウェイン中佐の温もりも感じられなくなる。寂しくなったが、そうすべきだと私の脳が告げていた。


「なら、いっぱい踊って下さい」

「わかった」

「あとデートもして下さい。キャシーはあなたが大好きなんです」


 私の言葉に、ウェイン中佐の表情が更に曇る。

 そこで彼は大きく息を吸い、そして苦しげに吐き出した。


「それは、出来ないんだ」

「何故ですか?」

「……俺には、好きな子がいるから」

「キャシーよりもですか?」

「ああ。多分俺はもう、彼女以外を好きになることはない」


 ウェイン中佐の声はつらそうだったが、揺るぎなかった。


「その人が、大好きなんですね」

「ああ、誰よりもな」

「その人と、結婚するんですか?」

「したかったが、もう出来ない」

「ならキャシーと……」

「好きでもない相手と結婚しても、誰も幸せにはなれない。だから本当は、俺は君……いや、キャシーの側にいるべきじゃなかった」


 声が僅かに震え、中佐は私を少しだけ近くに抱き寄せた。


「側にいればキャシーの心は苦しむ。それが分かっていながら俺はここにいた……最低な男だ」

「ウェイン中佐は最低ではありません。だって中佐はいつもやさしいし、とてもいい人です」

「いいひとじゃない」

「いいひとです。それはぜったい、間違いないです」


 何故だかそう確信できた。だから言葉にした。

 キャシーと同じくらい、ウェイン中佐の苦しそうな顔も、見ていられなかったから。


「それにダンスも上手いし」

「君に褒められると、何だか元気が出てくるよ」

「じゃあいっぱい褒めます」


 と言ったけど、いざ褒めようとすると何を言うべきかと迷ってしまう。


「いや、そこで黙るなよ。ないのか他に」

「いっぱいあるから、すぐに出てこないだけです」


 慌てて、私はウェイン中佐の良いところを口にした。

 私の言葉一つ一つに笑って、頷いて、彼の顔は段々といつもの明るさを取り戻す。


「ソーセージを食べるのが速いって褒め言葉は初めて言われた」

「元気でましたか?」

「凄くでたよ、ありがとうジル」


 そう言って、ウェイン中佐が微笑んだ。

 甘くて、でもどこか切なげな笑顔を見ていると何故だか胸が痛くなる。

 慌てて視線を足下に落とすが、胸の痛みはまだ消えない。


「ジル、顔を上げて」

「ステップを間違えそうだから」

「もう、曲は終わってるだろ?」


 言われて、ようやく音楽が止まっていることに気がついた。

 ダンスはもう、終わったのだ。


「最後に、君と踊れて良かった」

「最後?」

「……実は、ある任務に就くことになったんだ。だからしばらく、この街には戻れないしダンスを踊る機会はしばらくなさそうでね」

「しばらくっていつまでですか?」

「わからない。でもたぶん……」


 何か言いかけて、ウェイン中佐は結局続きを口にはしなかった。


「最後にもう一度、君の顔が見たい」


 優しく乞われ、私は顔を上げる。


「お別れの印に、俺が持ってる秘蔵グッズを贈るから大事にしてくれ」

「秘蔵グッズとは何ですか?」

「君は『ずっこけハム二郎三世』が好きなんだろう? そのグッズが家にあるんだけど、新しい家には持って行けないから」


 彼の申し出はもの凄く嬉しかった。

 なのになぜか、私はそれが欲しいとは言えなかった。

 だってそれはきっと、お別れの贈り物だ。

 彼と会えなくなるくらいなら、グッズなんていらなかった。


 でもその考えを、言葉には出来なかった。

 言いたかったのに、私の脳が言ってはいけないと警告していた。


 だから私は「ありがとう」と小さくつぶやいた。

 そんなこと、少しも思っていないのに。

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