14:ウェイン中佐
第7宇宙歴123年/ 11月4日/ 快晴
キャシーの護衛と監視の為、私はガーデンパーティにやってきた。
パーティには美しく着飾った人がいっぱいいて、とてもキラキラしていた。
その中でも、キャシーの装いが一番キラキラした。愛らしいドレスを纏い、髪をアップにした彼女は年齢よりずっと大人びて見える。本当に綺麗だった。
ただパーティにつくなりそれは台無しになった。
「ウェイン中佐はどこ!?」と血走った目で庭園を見回す姿は、正直ちょっと怖い。
出かけるとき「娘が暴走したら絶対に止めてくれ」とキャシーの父上に二十三回も言われた理由が何となくわかる。今のキャシーは、まさしく恋に飢えた獣だ。
「ああああ、早く来ないかしら! 今日こそは絶対、確実に、ウェイン中佐を捕まえてみせる!!」
キャシーの様子がおかしいのは、この場所――チャーリー=タナカ上院議員主催のガーデンパーティー――に、キャシーの思い人ウェイン中佐が現れるからである。
現れるといってもあくまでも噂の範疇らしいが、ずっと雲隠れしていた中佐が来る可能性が0.00001%でもあるならばと、キャシーは父におねだりしてパーティの招待状を用意して貰ったらしい。
「捕まえるというのは物理的にですか?」
「そう、まずはがっちり捕まえるの。そして暗がりに連れ込んで……うふふ……」
「一応確認ですが、物理的に捕縛し暗がりに連れ込み『うふふ』な何かをしても罪には問われませんか? 問われないならば私も是非お手伝いしたいと思うのですが」
「罪になんて問われないわよ、ただそっと腕をつかんで、胸を押し当てて、ウェイン中佐がクラッときたらそのままガシッと連れ込むだけだけだから」
「腕をつかんで胸を……」
「ただウェイン中佐は腕力が強いから、連れ込むときはジルも協力して! 私が右から攻めるから、ジルは左からぐっとお願い」
「承りました」
左から攻める。記録した。
しかし私に上手くできるだろうかと考えながら、ウェイン中佐を捜してキョロキョロするキャシーに注意をはらう。
『おい、その胸元の開きすぎたドレスは何だ!!!』
そのとき突然、ここにいるはずのないレオの声が頭の中で響いた。
通信回線から聞こえてくる物だと気づき、私は彼の声に集中する。
『おいっ、聞こえてるのか?』
『聞こえています。ドレスは、キャシーが選んでくれました』
『俺が昨日持たせたスーツはどうした!』
『パーティなのにスーツなんてあり得ないと却下されました。あとレオに「女の子におめかしさせない男は嫌われるわよ」とお伝えしろと』
『お前のキャシーちゃんはクソガキだな』
『いえ、クソでもガキでもありません。とても可愛らしい女性です』
そう答えながら、私は辺りに視線を向ける。
彼が使用している通信回線は近距離用だ。つまりレオは、近くにいる。
『どうやってパーティに潜り込んだのですか?』
『元々招待されてたんだよ。行かないつもりだったが、お前が心配でな』
『警備員も戦闘型アンドロイドも沢山いますし、心配されるような身の危険に遭遇する確率は限りなく0に近いと思います』
『俺の心配はそっちじゃない』
なら一体何を心配しているのだろうかと考えながら、念のため私は周囲の状況をスキャンする。
爆発物などは見当たらないし、ざっと見た限り危険はやはりなさそうだった。
ただひとつ、気になることはある。
『今日は、レオのお友達もたくさん来ているのですか?』
『知り合いはいるが、なんでだ』
『念のため周囲をスキャンしたのですが、強化手術を受けた人間が沢山いらっしゃるようなのでお友達なのかなと』
そこで、レオが不自然に黙り込んだ。
『レオ?』
『ジル、今すぐお前のキャシーちゃんを連れて庭の奥にある建物まで逃げろ』
何故と問おうとしたところで、突然響いた銃声によってレオの声がかき消される。
『状況を把握しました』
さらなる銃声が響き、悲鳴が重なる。
その中にキャシーの声が加わる前にと、私は彼女を抱き上げ撤退を開始した。
「いっ、今ウェイン中佐がいた気がするのに!!!」
「申し訳ありませんが、捜索は中断して下さい」
ひとまず銃弾が届かぬ場所に身を隠そうと、庭園の西側にあるバラ園へと私達はやってきた。
美しい噴水の影に身を潜めながらパーティ会場の方を振り返ると、激しい銃声は今も続いている。
そして甲高い機械の叫びも、時折聞こえてくる。
「ね、ねえ、何が起きたの?」
ただ事ではないとキャシーも察したのだろう。
私の後ろに隠れながら、彼女は僅かに身体を震わせていた。
「何かしらのテロが発生したと思われます」
「機械型生命体の?」
私は肯定した。
同時に、こちらへと近づいてくる無数の足音に気がついた。
素早く銃を抜き、周囲にスキャンをかける。
どうやら、パーティの参加者がこちらに逃げてきているらしい。
「発砲します、キャシーは絶対に動かないでください」
こちらへと逃れてきた参加者と機械型生命体をスキャンで選別しながら、私は銃を構えた。
だが引き金を引くより早く、機械型生命体に寄生された兵士の頭だけが銃で撃ち抜かれていく。
「ジル凄い!」
「いえ、私がやったわけではありません」
何故だか私は、それをやったのがレオであると直感した。
『敵は制圧した、その場で待機しろ』
予感を裏付けるように、彼の声が響く。
『無事ですか?』
『ああ、そっちは?』
『問題ありません』
銃をしまい、私は震えているキャシーの側に膝をつく。
「危機は去ったようです」
「よかった……」
「とりあえず、警備の方々が来るまでここで待機していましょう」
私の言葉に、キャシーは頷いた。
――ように見えた矢先、あれほど震えていたキャシーが突然勢いよく立ち上がる。
「つ、ついに……ついに!」
その目は、血走っていた。正直、襲ってきた機械型生命体より恐ろしいかもしれない。
「いた!」
「誰がですか?」
「いた!!!」
「何がですか?」
「いたあああああああああああああああああああああ!!!!」
そしてキャシーは、走った。
慌てて追いかけようとしたときには、キャシーは既に軍服姿の男に猛然とタックルしたところだった。
ラガーマンにもなれそうな、綺麗なタックルだった。
拍手をしたくなったが、先に止めねばまずいと思い、私はキャシーと倒れた男に駆け寄った。
テロの直後とは思えない楽しげな笑い声を響かせたあと、キャシーは押し倒した男に抱きつき、きゃーーと嬉しそうな悲鳴を上げる。
「ウェイン中佐、お久しぶりです!!」
「……この声……キャットか……」
「はい、あなたの大好きなキャットです」
「相変わらず……妄想が……酷いな……」
キャシーの下でひっくり返っている男が、苦しげに言った。
状況から察するに、私は今すぐキャシーを抱き上げ、彼が立ち上がるのを助けるべきなのだろう。
――でも、出来なかった。
「ああくそ……お前にだけは見つからないようにって思ってたのに……」
「えーなんでですかぁ。私はウェイン中佐のこと、ずぅぅーっと捜してたのに!」
キャシーのしゃべり方は普段とまるで違った。
だから頭を打ったのかと尋ね、今すぐ彼女を病院に連れて行くか判断すべきだった。
――でもそれも、出来なかった。
「レオ?」
代わりに私は、『大好き』な男の名前を呼んでいた。
途端にキャシーの身体が地面に転がり、その下から見覚えのある顔が現れる。
「ジル、良いところに来た! 俺を助けてくれ!」
そう言って私に手を伸ばしたのは、レオだった。
でもそれは、レオではなかった。
彼は――彼は――。
■■データ破損につき■■一部■記録の欠落■がみられる■■
「ねえ、何でウェイン中佐がジルを知ってるの?」
「お前こそ、何でこいつのこと……」
「だってジルは、私の……」
二人が顔を見合わせ、息を呑む。
長い沈黙の後、最初に私を見たのはキャシーだった。
「……ひどい」
震えた声と涙で潤んだ瞳が、私を責めていた。
「わ、私が先に好きになったのに……」
前後の会話の関係性が見えず、私は戸惑う。
そうしているとキャシーが私の腕を掴み、引いた。
「ウェイン中佐は、私がずっと好きだった人なのに……」
キャシーの腕の力は、凄く弱かった。
声も、指先も震えていて、目からは次々と涙がこぼれている。
「ジルがライバルになるなんて、思わなかった……」
彼女の言葉を、私は上手く理解できなかった。
だが泣かせているのは自分だと、それだけはわかった。
キャシーの泣いている理由と自分の失敗の原因を探るため、私は彼の名前を検索した。本当の名前を、検索した。
レオナード=ウェイン。
連合防衛軍第65部隊出身。現在の階級は中佐。
火星出身。三十八歳。独身。……。……。
次々あふれ出す情報は、キャシーから毎日のように聞かされた、彼女が大好きな『ウェイン中佐』の物だった。
なのに表示される画像には、私が大好きな『レオ』が写っている。
「ウェイン中佐は、私と結婚するはずだったのに……」
キャシーが、泣きながら私の胸を叩いている。
レオが彼女を止めようと腕を伸ばしたが、私は叩かれるべきだと思った。
私が彼女を泣かせた。大事な主人の心を、傷つけたのだ。
それに私は、重大な命令違反を犯している。
「申し訳ございません。私は、キャシーのアンドロイド失格です」
そして問題は、修正しなければならない。
私は、彼女の命令を実行しなければならない。
そんな考えばかりが浮かんでは消え、私の脳はあるコマンドを実行した。
「でも問題は、すぐに解決します」
――主人を傷つけてはいけない。
――主人を傷つける者を排除しなければいけない。
――そしてキャシーの恋の邪魔者は全て、排除しなければならない。
「安心してください、キャシー。キャシーの命令は今も生きています」
キャシーとレオが、私の顔を見つめていた。キャシーの方は怪訝な顔をしていたが、たぶんレオは気づいていた。私が今、何をしているかを。
「駄目だ! ジルやめろ!!」
彼が私に触れた。キャシーではなく私に触れた。
そして、彼は繰り返した。私にかけるべきではない愛の言葉を、何度も何度も。
だから私は――私の中の、絶対に書き換えられないルールは――ようやく得られた大事な物を排除した。
レオを大好きになってしまった三ヶ月間の私を。
記憶を。大好きなレオのことを。
全て、削除した――――。
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