挿入されたデータ01
【外部データA8745/作成者レオナード=ウェイン/作成日11月1日】
恋人になりたい俺の気持ちを、ちっとも理解してくれないつれないジルへ――
俺がどれくらい君を愛しているかを少しでも伝えたくて、この音声データを君のメモリーにそっと忍ばせた。
好きな子の脳をハッキングしてラブレターを送信するなんて、まるで子供みたいだと君はつれなく言うだろう。
でも顔を見ると言えない言葉も、こうすれば伝えられる気がして実行した。
こういうときは、自分が強化人間で良かったと思う。
君の脳は複雑な上にセキュリティーも強固だから、普通なら歯が立たなかっただろう。
身体に機械型生命体を埋め込んだときは死ぬほど辛かったが、こうして君にラブレターを送れるなら苦痛に耐えた甲斐もある。
正直、君と出会うまではこの身体があまり好きじゃなかったから、この心境の変化には驚いているんだ。
実を言うと、俺は機械があまり好きじゃない。
もちろん君は別だ。ただあの馬鹿げた戦争で家族や友人を機械型生命体に殺されて以来、機械と……何より機械を身体に入れている自分が俺は嫌いだった。
だから正直アンドロイドも実は苦手だった。なのに、君だけは嫌いにはなれなかった。むしろ今まで出会った誰よりも、愛していると断言出来る。
誰かと一緒にいて、こんなにも楽しくて幸せだと感じたのは初めてだ。
君はいつも大真面目で、ジョークだって上手くない。というか言わない。なのに君の言葉はいつも俺を笑わせ、幸せな気分にしてくれた。
そして君は、俺が辛いときにいつも側にいてくれた。
特に10月終わり、ここ数年で一番きつい日に君がしてくれたことは、俺にとって凄く意味のあることだった。
あのときは何も言えなかったけれど、実はあの日、俺の一番の親友が死んだ。
あいつを殺したのは、俺だった。
――前の晩、俺は親友と酒を飲んでいたんだ。
誕生日だから奢ってやると言われて、店で一番高い酒を頼んで、二人で世間話をして……。君のこともいっぱい話したよ。そして幸せになれよって、本気で背中を叩かれた。
そのまま、その夜は楽しく終わるはずだった。
でもあいつの中にある馬鹿げた機械が暴れ出して、楽しい夜は続かなかった。
人間から物になっていくあいつを撃ち殺して、血と一緒に飲んだばかりの高い酒が身体から出ていくのを見ることしかできなかった。
人が……機械が死ぬところは何千と見てきたはずなのに、その晩の出来事は酷くこたえた。
だから君が家に来て、俺に身を寄せてくれたとき、凄く気持ちが楽になった。
そのあと君の手料理を食べて、君の誕生日プレゼントがセクシーな下着と一生懸命描いたハム二郎三世のイラストだと分かったときには、いつもみたいに笑うことも出来た。
下着も嬉しかったけど、一番嬉しかったのはあのイラストだ。
君みたいに絵が下手なアンドロイドがいるなんて驚きだった。
ハム二郎はボンレスハムなのに、君の絵がどう見ても絞られたぞうきんだった。
でも君が「一生懸命描きました」って真面目に言うから嬉しくて、あの絵はいつも持ち歩いている。
だから君の誕生日……は覚えていないようだから、二人の出会った日にしよう。その日に俺も君のために絵を描こうとおもう。
こう見えても絵は得意だから、君が描いて欲しいキャラを何でも描こう。
そして叶うなら、君のことも描かせて欲しい。
実は君が寝ている間、こっそり寝顔をスケッチをしてるんだ。
それも一緒に、君に贈らせて欲しい。だからその日まで、俺の側にいて欲しい。
それを伝えたくて、俺はこのデータを残した。
君に比べたらマシだけど、俺は自分のことや気持ちを口にするのが苦手なんだ。
特に君を前にすると、初心なティーンエイジャーみたいにソワソワして、「好きだ」とか「可愛い」しか言えなくなる。
でも君の寝顔を見ながらなら胸の内を言葉に出来る気がして、自分の気持ちを録音している。
ただやっぱり、起きている君に聞かせるのは恥ずかしいから、データはメモリーにそっと忍ばせるよ。
そしていつかこのデータに気づいたとき、人間だとか物だとか、そういう事をどうでも良いとジルが思えるくらい、俺を好きになってくれていたら嬉しいよ。
そのころにはきっと、君は『恋人』って関係も受け入れてくれているだろう。
――だからジル、いつか君の中の好きがもっと大きくなったら、俺の恋人になってくれ。それが俺の一番の願いだ――。
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