第二章
01:再起動
第7宇宙歴124年/ 3月2日/ 天候不明
目が覚めると、私はミカエルの研究室に寝かされていた。
現在の日時と自分の常態をチェックし、私は自分が『壊れた』ことを知った。
「やあ、ジル。ここがどこだか分かる?」
私は、肯定した。
「ちょっとした事故が起きて……君は脳の一部を破損したんだ。それで直すのに時間がかかってしまって……。今は3月……もうすぐコロニーの季節設定が春に切り替わる頃だよ」
ミカエルの話を反芻しながら、自分の記憶データを参照する。
確かに、ここ数ヶ月のデータが破損していて読み込めない。
一部ログから再構築を試みたが、はっきりとした記録が残っているのは半年以上前のものだけだ。
「ジル!」
記憶にアクセスしていると、キャシーの声が私を呼んだ。
破損状況は深刻だったが、どうやらキャシーは私を捨てずにいたらしい。
「もう動けるの? 大丈夫?」
「視覚情報の処理と記憶回路に多少問題はありますが、活動に支障はありません」
ベッドからおり、機能の改善を示す為に屈伸運動をしていると、キャシーは泣きながら私に飛びついてくる。
「ごめんなさい……本当に!!」
「なぜ、キャシーが謝るのですか?」
「ジルは、何も覚えていないの?」
「自分が壊れた状況について――と言う意味なら肯定します」
私の言葉に、キャシーは息を呑む。
そして彼女の身体がふらりと傾き、今にも倒れそうになった。
支えようとしたが、そうする必要は無かった。
キャシーに続いて研究室に入ってきた一人の男が、倒れそうになったキャシーを背後から抱き支えたのだ。
「平気か?」
キャシーに尋ねた男に、見覚えがなかった。
纏っている衣服と筋肉の付き方からして、軍人であるようだ。
「……ジル、もう動いても平気なのか?」
不可思議なことに、軍人は親しい相手を呼ぶように私の名を呼んだ。
もしかしたら彼は私の知り合いで、欠落した記憶の中に彼の情報があるのかもしれない。
となると黙って見ているわけにいかず、私は彼の顔をスキャンする。
「おはようございます。レオナード=ウェイン中佐」
私の回答は完璧だったはずなのに、ウェイン中佐は何故だか酷く苦しそうな顔をした。
「君は、本当に何も覚えていないんだな……」
震える声から判断するに、やはり私はウェイン中佐と面識があったのだろう。けれどその記憶はもはやない。それを謝罪しながら、少しでもこの状況を理解しようと数少ない記憶をさぐる。
「再度記録を読み込んでみましたが、私が覚えているのは、キャシーの命令とそれに関わる一部の記憶だけのようです。……たしかキャシーはウェイン中佐をストーカーしていて、逃げられていました」
でも二人は一緒にいる。ということは、キャシーの願いは叶ったのだろう。
「腕を掴んで、胸を押し当てて、暗がりに引きずり込む計画は成功したのですね、おめでとうございます」
キャシーは喜んでいるだろうと思い、私は拍手をした。
でもその途端、キャシーが私の肩をきつく掴んだ。
「全然おめでとうじゃないの! むしろ私のせいであなたは酷い目に遭ったのよ! それにウェイン中佐は、本当はあなたと――」
「だめだっ! それ以上は絶対に言っちゃ駄目だ!」
キャシーの言葉を、乱暴に遮ったのはミカエルだった。
「ジルにはまだ、君の命令が残ってる。今真実を教えたら、前の繰り返しだ」
「じゃあ命令を取り消すわ!」
「無理矢理記憶を消去したせいで、ジルの脳は損傷してる。そのせいで、命令の上書きはできないんだよ」
ミカエルの言葉に、キャシーが泣きながらその場に崩れ落ちる。
それをウェイン中佐が抱き支えたが、彼の顔もまた泣きそうに歪んでいた。
「真実を知ったら、ジルは今度こそ壊れてしまう」
「直せないの?」
「少しずつやってるけど……確率は低いと思う」
そういうミカエルまでもが泣き出してしまい、私は困った。
「もしかして、私はキャシーたちをがっかりさせていますか?」
尋ねると、ウェイン中佐が小さく首を横に振った。
「君のせいじゃない。だからそんな、不安そうな顔しなくて良い」
「不安そうな顔を、していましたか?」
「相変わらず、自覚がないんだな」
小さく笑いながら、彼はキャシーから腕を放し、今度は私の頭を撫でた。
そうされると、胸の奥をくすぐられるような気分になった。こんな感覚ははじめてだった。
「君は何も心配しなくていい」
ウェイン中佐の言葉を、私は黙って受け入れた。
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