02:陥落作戦
第7宇宙歴124年/ 3月24日/ くもり
やはり、キャシーはウェイン中佐との仲を進展させたらしい。
そう結論をつけたのは、週末になるたび彼がキャシーのお屋敷に遊びに来るようになったからだ。
そのうえ彼は、キャシーのアンドロイドである私にまでお土産をくれる。
「これ、オレンジチョコのケーキだ」
「オレンジチョコ……?」
「きっと気に入るから、食べると良い」
毎回彼が持ってくる食べ物は、どれも食べると顔がぎゅっとなる。
そして顔がぎゅっとなっているときほど、私は「おいしい」と感じているのだと、ウェイン中佐は教えてくれた。
だから私は、彼が来てくれるのを割と楽しみにしている。
「キャシー、ケーキを貰ったので食べませんか?」
「完全に餌付けされてるわね」
「アンドロイドにも餌付けは可能なんですか?」
尋ねると、ウェイン中佐が小さく吹き出した。
笑うと、彼の印象は普段とかなり変わる。いつも軍服を纏い、凜々しく隙のないウェイン中佐だが、笑うとどこか子供っぽくて、顔も気配もとても柔らかくなる。
キャシーは凜々しいところが好きだと前に言っていたけれど、私はこの顔の方がなんかいいなと思う。
「今日は俺がお茶を入れよう。二人はテラスで座って待っててくれ」
テラス席に追い立てられ、私はキャシーと一緒にお茶をすることになった。
もちろんウェイン中佐も加わり、穏やかな午後は過ぎていく。
「そういえばキャシー。キャシーは『アレ』をやらないのですか?」
「アレって何?」
「前にキャシーが言っていました。もしウェイン中佐と一緒にお茶ができたら、うっかりを装ってお茶に媚薬をしこんで押し倒すと」
私の言葉に、キャシーとウェイン中佐が同時にお茶を噴き出す。
「すみません、声が大きすぎましたか? 驚かせましたか?」
「そ、そういうことは本人の前で言っちゃだめなの!」
「すみません、秘密だとは言われていなかったので……」
「なら君が悪いな」
ウェイン中佐が、口元を拭いながら私を庇うように言った。
「キャット、君はもう少し慎みを持ったほうがいいぞ」
「慎みなんて、ティーンエイジャーには必要ないでしょ?」
「君の場合はいる」
ウェイン中佐に断言され、キャシーはふくれ面になる。
「それでジル、彼女は他に何をするつもりだった?」
「拘束具で縛って……」
「ダメダメダメ! 私がウェイン中佐にするって言ったことは全部秘密」
口を塞がれたので、言葉は飲み込む。
私の脳は壊れてしまったので、今はもうキャシーの命令を命令として受け取れない。
でも必死な顔を見れば言って欲しくないのはわかったので、私は黙った。
「良いじゃないか、君が慎みのない女性なのはもうバレているんだし」
「ならジルじゃなくて私に聞いてよ」
「聞いたら話すのか?」
「それは……」
「俺だって聞きたくないが、身の危険を感じるから無視できない」
「も、もうするつもりないもん……」
どうやらキャシーは、長年温めていた『ウェイン中佐陥落計画』を話したくなかったようだった。
しかし中佐が根気強く、時にはキャシーが大好きな『甘い笑顔』まで使って「話せ」と訴えたので、最後は負けていた。
また計画だけでなく、キャシーが行っていた数々のストーカー行為もついに明るみになった。
それに中佐は笑ったり呆れたりしていたが、怒ったりはしなかった。
「もう、ストーカーはやめた方が良いぞ。俺のことを別の意味で付け狙うやつがいるから、そちらに目をつけられたら厄介だ」
「別の意味とは何ですか?」
私が尋ねると、彼は少し言葉に詰まる。
「……俺は軍人で、戦争では機械に成り果てた同胞のことも沢山手にかけた。正当防衛ではあったが、そのことを恨む者も多い」
「そういう人に、狙われるのですか?」
「時々な」
そう言ってから、ウェイン中佐はキャシーの前にすっと手を差し出した。
「君の望む関係にはなれないが、望むなら連絡用の回線を繋いでおこう。犯罪行為に及びたくなったら、実行する前に俺を呼べ」
途端に、キャシーは連絡に使う携帯端末をウェイン中佐の手の上に乗せた。
そのやりとりに、私は僅かに首をかしげた。
「お二人は恋人同士なのに、まだ連絡回線を繋いでなかったのですか?」
「恋人じゃないもん!」
「恋人なわけがない!」
二人の声が、タイミング良く重なった。
「お似合いなのに」
私への突っ込み方や態度など、二人はどこか似ているところがある。テンポもあっているのでお似合いだと思うのだが、私が言うなりウェイン中佐はうつむき、キャシーは居心地悪そうにティーカップをクルクル回し始めた。
日頃から空気が読めないと言われる私でも、何か失言をしたのは分かる。
だから黙ってケーキを食べていると、ウェイン中佐が顔を上げる。
「話題を変えよう」
「良い考えね!」
キャシーもそれに賛同した。
「じゃあキャサリンが言ってた『陥落作戦』について、さらに詳しい話が聞きたい」
「さ、さらに……?」
「さっき、俺の性癖が分からないからと三角木馬を用意したとか何と言ってただろ? あれを、この屋敷のどこに隠しているんだ?」
途端に、キャシーは「うぐぐ」とうめく。
「ウェイン中佐が意地悪キャラだったなんて知らなかった」
「ストーカーしてた割には調査が足りないな」
「あなたが秘密主義者なのがいけないのよ。だから仕方なく、三角木馬買っちゃったんだからね」
「ちなみにそれいくらしたんだ?」
「5000ドル」
三角木馬が何だかはしらないが、とても高価な物らしい。
だとしたらそれを眠らせておくのは勿体ない気がする。
「せっかくですし、一度試乗したらいかがでしょうか?」
ウェイン中佐に提案したら、彼は再び紅茶を噴き出した。
「軍人なら、馬にも乗れますよね?」
「馬ではなく木馬だ」
「木馬ならなおさら簡単でしょう? 遊園地では、子供も乗るものですし」
「ただの木馬じゃないんだ。だから絶対に乗らない」
「でも誰にも乗ってもらえないなんて、木馬が可哀想です」
私の言葉に、何故だかキャシーが大声で笑い出した。
「そうね。可哀想だから、ウェイン中佐が引き取ってよ」
「なぜそうなる!」
「あなたのために買った木馬だもの」
「君が勝手に買ったんだろうが」
「あ、隠れ家の住所教えてよ。こっそり送るから」
「嫌だ」
「ねえジル、中佐の家の住所覚えてない?? 木馬を送りつけたいんだけど」
何故中佐の住所を私に聞くのだろうかと思ったのに、次の瞬間私の口からは彼の家とおぼしき住所がすらすらと滑りだす。
「君、覚えていたのか……」
反応から察するに、住所は彼の家のもので間違いないらしい。
「自分でも驚きましたが、覚えているようです」
「そうか」
「何となく行き方も覚えている気がするので、良かったら木馬は私が運びましょうか?」
「木馬は絶対にいらない!」
激しく抵抗されたので、結局私は木馬を運べなかった。
だがその夜、キャシーが運送会社に大きな荷物を引き渡すのを見た。
たぶん、明日の朝には可愛い木馬がウェイン中佐の家に届くことだろう。これできっと木馬も浮かばれるはずだ。よかった。
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