13:笑顔と友と

第7宇宙歴123年/ 11月3日/ 雨



 今日は、レオが仕事に行っている間に久々に一人で出かけた。

 昨日おきたレオの変調が気になり、私は整備士のミカエルに相談をすることにしたのだ。


「極度の体温低下、喀血、心音の上昇ね……」

「はい、あとこれが、私がこっそりスキャンした彼の生体データです」


 自分でも調べてみたけれど、強化人間やその手術に関する情報は難解で理解が出来なかった。だからいっそ、機械型生命体のプロに聞いてみようと思った次第である。


「レオは、病気ではないですか?」

「うん、健康体だね。ただ凄いよこの人、身体に寄生させてる機械型生命体がもの凄く大きい」


 言いながら、ミカエルは一般的な手術に使われる機械型生命体と、レオの身体の中に入っているものを比較して見せてくれる。

 大きさにして約二倍。生命体の強さを示すレベルも、最高とされるレベル7だ。


「アンドロイドならともかく、生身の人間でこれと共存できているのは奇跡だよ。ああ、この人の身体解剖してみたい……実験してみたい……」

「レオに痛いことするのは、だめです」


 はぁはぁしているミカエルは本気でメスを持ち出しそうだったので、彼の服の裾を掴んでとめた。


「冗談だよ。それにたぶん、あんまり関わっちゃ行けないタイプの人だろうしね」

「それは、どういうことですか?」

「強化手術は危険が伴う分、ルールが細かく定められているんだ。手術の方法とか、寄生させる生命体の大きさや強さとか決まりがいっぱいある。……でも彼の手術は、そのルールを大きく逸脱してる」

「つまり、彼の手術は違法……ということですか?」

「まあ違法な手術だけならよくあることだよ。最近では運動機能を高めたいからって小さな生命体を無許可で身体に入れる人も多いしね」


 そこで一度言葉を切り、ミカエルは私が提出したスキャンデータをじっと見つめた。


「ただ強化パーツの刻印を見た限り、この手術は軍によって行われてる」

「軍では、違法な手術も可能なんですか?」

「違法な物は違法だけど、戦争を理由にこっそり行われていたんだよ。かなり無茶な手術だったから、命を落とした兵士もいっぱいいたそうだよ」


 だとしたら、レオは運が良かったのかもしれない。


「勝つためには手段を選べなかったんだろうけど、酷い実験も多かったみたい」

「それをレオもされたのでしょうか」

「わからない。手術については誰も詮索しちゃ駄目ってことになってるんだ」


 言いながら、ミカエルは私が提示したデータをデリートする。


「だからこの話は、他ではしちゃ駄目だよ」

「はい」

「あと……」


 不自然なところで言葉を切って、ミカエルは私をじっと見つめる。


「そのレオって人、ジルちゃんに優しい?」

「はい、とても」

「ジルちゃんも好き?」

「はい。好きではなくて、大好きのカテゴリーに分類されています」

「ならいいんだけどさ……」


 ミカエルは、言いながら表情を暗くした。


「私のカテゴリー分けはおかしいですか?」

「違うんだ。ただ軍人さんで強化人間って事は戦争の後遺症も残ってそうだから心配でさ……。最近、機械型生命体の意思が目覚めて宿主を殺しちゃう事件も多いし」

「レオも、そうなるのですか?」

「あっ、そんな不安そうな顔しないで! さっきのデータを見た限りは大丈夫だよ! ただその、そういう人は精神的に不安定な場合が多いから、恋人を殴ったりとか良くあるみたいだし」

「殴られたことはありません。逆に私が、彼を窓の外に放り投げたことはありますが」


 答えると、ミカエルは大きく目を見開く。


「投げたの?」

「はい」

「窓から?」

「はい」

「ちなみに1階の窓だよね?」

「4階です。でも1秒後には戻ってきました。強化人間とは、かなり身体能力が高いのですね」

「そんなことして、怒られなかった」

「怒られました。その後ぎゅっと抱き締められました」

「あー、なんかそれ聞いたら大丈夫そうだな。レオさん、めっちゃ心広そうだ」

「心に広さがあるのですか?」

「とっても優しいってことだよ」

「はい、レオはとっても優しいです」


 レオが褒められると、なぜか跳びはねたい気分になった。

 むしろ気がつけば、飛び跳ねていた。


「ああああ、何その反応可愛い! 僕のジルちゃんが可愛い!」


 大騒ぎするミカエルの前で、私は跳ねた。

 止めたかったのに、嬉しい気持ちが大きすぎて無理だった。そうしていると、研究室に見知った顔が飛び込んでくる。


「やだっ、なにこれ!! 私のジルが可愛い!! 跳ねてる!! 笑ってる!!!」


 中へとやってきたのは、キャンプにいるはずのキャシーだった。


「あ、おかえりなさい」

「って何でやめちゃうの! もっと笑顔見せてよ!」

「私は笑顔だったのですか?」

「そうよ! ああ可愛い、写真とりたかった」


 キャシーが悔しがっていると、ミカエルがにやりと笑った。


「安心してキャシー、ばっちり撮影した!!」

「ミカエルナイス!!!! 愛してる!!」

「とかいって、僕は二番目の男のくせに……」

「ははっ、当たり前よ。あんたがウェイン中佐の魅力に叶うわけないでしょ」


 などと、キャシーとミカエルははしゃいでいた。

 それを見ているとなんだか頬が緩む。


「あの、キャシーの中で私は何番目ですか?」


 気がつくと、そんな言葉がこぼれていた。

 離れていたのはたった数日だけれど、私はたぶんキャシーに会いたかったのだろう。

 だから普段は話しかけられるまで黙っているのに、今日は自分から話しかけてしまった。


「待って、そんな可愛い台詞どこで覚えててきたの!? この数日で何があったの? 可愛いんだけど、私のジルが可愛いんだけど!!!」

「たぶんレオさんのおかげじゃないかな」

「うううう、やぱり女を変えるのは恋人なのね! 私も欲しい!!」


 その後も、キャシーは早口で「可愛い」を連呼し、私の頭を撫でたりぎゅっとしてくれた。

 レオの時とは違うけど、キャシーにぎゅっとされるのも『大好き』かもしれないと、私は気がついた。



■■データ破損につき■■一部■記録の欠落■がみられる■■



「じゃあ、君のキャシーから俺と住むようにって言われたのか?」

「はい。トランクルームで暮らしていたと話したら、泣いたり怒ったり笑ったりしながら許可してくださいました。そして出来たら、今度レオと会って話したいと言っているのですが、構いませんか?」

「ああ、もちろんだ」


 レオの笑顔を見て、私はほっとする。

 今までレオは「ティーンエイジャーは苦手だ」と言ってキャシーに会いたがらなかったからだ。


「それに、これをくれたお礼も言わないとな」


 そう言って、レオが携帯型端末に表示させたのは私が笑っている画像である。


 キャシーとミカエルから、これをレオにあげなさいと言われて持ってきたデータだ。


「可愛いが、悔しいな……」


 私の画像を見ながら、レオは乱れた髪を掻きむしる。


「ジルの笑顔は俺が最初に見たかったのに」


 乱れた髪の間から、レオの瞳が私にじっと向けられる。


「どうしました?」

「察して欲しいが、無理だろうから素直に言う。俺は君の笑顔が見たい」

「レオが望むならそうしたいのですが、どうやって笑顔になったのかがわからなくて」


 画像を真似て口角を指で押し上げてみたが、レオの苦笑を見た限り『笑顔』にはほど遠い物だったのだろう。


「ゆっくり頑張っていこう。これからはずっと君といられるし、時間はたっぷりある」


 私のぎこちない笑顔を指でほぐし、レオが柔らかく笑う。

 それを見ていると、私も彼のように笑いたくなった。

 けれどいざ笑おうとすると、表情筋が引きつれまったく上手くいかない。


「無理しなくていい、いつか見せてくれれば良いから」

「はい」

「それにこれはこれで可愛いしな」


 強張った頬や不格好な口角に、レオが優しくキスをしてくれた。

 幸せのあまり顔がぎゅっとなると、レオの笑い声がこぼれる。


「それに君のしかめっ面も俺は好きだ」


 君のしかめっ面も俺は好きだ

 君のしかめっ面も俺は好きだ

 君のしかめっ面も俺は好きだ

 

「また、俺の言葉を記録したな?」

「しました。今の言葉は、凄くとても『大好きです』」

「じゃあ言い直そう。『君のしかめっ面も俺は大好き』だ」


 記録して再生するまでもなく、レオが何度も何度も私にその言葉を繰り返してくれる。

 それを聞いていると顔が柔らかくなり、今なら笑顔が浮かべられそうな気がした。


 けれどそれを邪魔するように、来客を告げるチャイムが鳴る。


「ジル、もしかしてまた俺に内緒でピザを頼んだのか?」

「今日は頼んでいません」

「中華のデリバリーも?」

「はい。この後おやつにこっそり頼もうかと思っていましたが、今はまだ」


 私の言葉に、何故だかレオの表情が険しくなる。

 それから彼はドアの方へと視線を向けた。その瞳が、不気味に赤く光った。

 どうやら機械型生命体の力を使い、チャイムを鳴らした相手をスキャンしているらしい。


 なぜそんなに警戒するのだろうと思っていると、レオの顔が僅かに和らぐ。目もいつもの色に戻っている。


「俺の友達だ、少し出てくる」


 私の髪をくしゃりと撫でてから、レオは玄関へと向かう。


 彼の友達が、私はとても気になった。

 今までレオが友達と呼ぶ人に会ったことはないし、そもそも友達がいないのではとちょっと思っていた。

 だから一人で待っていられなくなり、私は廊下の影からこっそり玄関を覗く。

 ドアの向こうに立っていたのは、男だった。長い銀髪で、キャシーが見たら『イケメン!』と叫びそうな顔立ちだった。

 年は多分レオと同じくらいだろう。筋肉質な身体に皺ひとつない軍服を纏い、隙の無い鋭い眼差しで彼はレオを見つめていた。


 二人は向かい合っているのに、一言も言葉を交わさない。

 たぶん二人だけの通話回線を開き、そこで会話をしているのだろう。

 軍人たちは皆アンドロイドのように脳をネットワークに繋いでおり、声を使わずとも会話をすることができる。


 でもそうするのは普通、遠くに離れた誰かと会話をする場合だ。見つめ合うほど側にいるなら声を使うほうが効率が良い。

 なのに何故だろうと考えていると、男が突然レオの身体を強く突き飛ばした。

 相手も強化人間だったのか、レオの身体が靴箱に激しくぶつかり、その振動で廊下に駆けられた絵画が次々落ちる。


 それを見た途端、私はレオと男の間に割り込み、男が腰に差していた銃を奪っていた。


「レオに乱暴をする人は、『嫌い』です」


 奪った銃を男に向けると、彼は何故だか楽しげに微笑んでいた。


「レオナード、お前いつの間に戦闘型アンドロイドなんて買ったんだ」

「そいつは、俺が買ったわけじゃない」


 体勢を立て直したレオが、私が持っていた銃を手で掴む。


「大丈夫だ。そいつは敵じゃない」

「でも突き飛ばしました」

「ちょっとした意見の相違があっただけだ。だが和解したし、もう帰るところだ」


 レオが言うので、私は銃を男に返す。

 そのやりとりを男はじっと見つめ、僅かに笑みを深めた。


「そうだな、今日のところは帰るよ」


 銃を受け取ると、男はもう一度レオへと目を向ける。


「こんなガラクタで遊ぶほど暇なんだ、いずれ私の『実験』に協力する時間くらいつくれるだろうしな……」


 意味の分からない言葉を置いて、男は家を出て行く。

 そんな彼に見送りの言葉をかけることもなく、レオは扉を乱暴に閉めた。


 それをじっと見つめていると、レオは居心地が悪そうな顔で頭を掻く。


「何か、聞きたいことがありそうな顔だが?」

「レオナードって、レオの本名ですか?」


 尋ねるとレオは小さく頷いた。


「そこが、一番気になったのか?」

「なりました」

「もしかして、本名を教えなかったこと、怒ってるのか?」

「何故怒るのですか?」


 疑問を口にしてから、私は知ったばかりの彼の名前を口にしてみる。


 レオナード


 レオナード

 レオナード

 レオナード


 何度か繰り返していると、突然レオにぎゅっと抱きしめられた。


「気に入ったのかもしれないが、俺はジルに『レオ』って呼ばれたい」


 告げる声が真剣だったので、私はすぐに頷いた。


「ではそうします。脳内で24356回ずつ呼び比べてみましたが、『レオ』という響きのほうが私も好きでしたし」

「この短期間でどんな検証してるんだ君は……」


 呆れた声で指摘したあと、レオは私を抱き上げリビングまで運ぶ。

 それからソファに私を寝かせ、口づけをしながら身を寄せてきた。


「じゃあ今夜は、甘い声で『レオ』って何度も呼んで貰おうかな」

「それは無理です」

「この流れは、可愛く『はい』って言うところだぞ」

「ですが、明日朝早いので今日はキャシーのお屋敷に泊まることになっていて」

「仕事か?」

「はい。明日キャシーの護衛で、急遽ガーデンパーティに行くことになったんです。その支度が朝からあるので、今夜は泊まれません」

「ガーデンパーティ……だと……」

「レオ、顔と声と身体がもの凄く強張っていますよ?」

「男がいっぱいいる奴か」

「女もいっぱいいますよ」


 あと大人も子供もいっぱいいるし、美味しいご飯も沢山出るらしい。


 それを告げると、レオは私の髪に顔を埋めながら「うううう」と獣のように唸った。


「美味しいご飯、レオも食べたいのですか?」

「俺が食べたいのはいつだってジルだけだ」


 そこでがしっと抱きつかれた後、レオは大きく息をすう。


「俺も、そろそろ覚悟を決めるか……」

「覚悟?」

「こっちの話だ。ともかく、今夜泊まれないのはわかった」

「ご理解感謝します」

「でもまだ7時だし、もう少しはいられるな」

「はい、あと2時間ほどなら」

「ならその2時間は君を独占させてくれ」

「レオが私を独占すると言うことは、私もレオを独占できるという事ですか?」

「ジルも、俺を独占したいのか?」

「はい」


 今日はレオの仕事もあって一緒にいられる時間が少なかった。その上、現れたレオの友達に僅かとは言え彼との時間を取られてしまった。


 だから可能な限りレオと二人でいたいと考えながら、私はレオの身体にぎゅっと抱きついた。

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