05:覚えのない記憶

第7宇宙歴124年/ 4月24日/ 快晴



 テロリストたちの活動も落ち着き初め、キャシーの春学期ももうすぐで終わろうとしていた。


「ええーー、ジルちゃんと会えるのあと二日なの?」

「寂しいなぁ、また遊びに来てよー!」


 キャシーの友達は寂しがり、ことあるごとに私をぎゅっと抱きしめてくれる。


 あとキャシーの友達でない生徒たちや教師からも、ぎゅっとされたり頭を撫でられたりした。

 興味本位で授業に紛れ込んだり、部活に参加してみたせいで、色々な人が私のことを覚えてくれたらしい。


 その結果、私はとても貴重な機会を得ることになった。


「ジル、私と一緒にプロムに行こう!!」


 キャシーが突然そう言い出したのは、ランチタイムの時だった。


「プロムというのは、学期末に行われるダンスパーティのことですか?」

「そう! 校長先生にジルも連れて行きたいって直談判したらOKもらえたの」


 校長先生は是非にと言ってくれたらしい。

 私が暇な時間に校内のごみを拾ったり校庭の草刈りを手伝っていたのを見て、先生は大変感心していたのだそうだ。


 ごみを拾っていたのはウェイン中佐が空き缶に躓いて派手に転倒した――強化人間なのに中佐は時々妙なドジを踏む――のを見て「危ないな」と思ったからだし、草刈りは草刈り機のエンジン音が好きだから乗っていただけだ。

 なのに校長先生は、私のことを生徒以上に模範的な生徒だと言ってくれていた。


「ってことで、学校が終わったらドレスを買いに行きましょう!」


 はしゃぐキャシーを見ていたら、何故だか前にも似たようなことがあった気がした。


 あれは多分、デートの時だ。

 私のバトルスーツが酷いからと、彼女がショッピングモールに連れて行ってくれたのだ。


――でもあれは、いつだろう。

――私は、誰とデートしようと思っていたのだろか。


 何だか急に、私はなくしてしまった記憶が気になった。

 忘れてしまった誰かのことが、恋しくなった。


 戦闘型アンドロイドにとって故障や記憶の欠落は良くあることだし、今までだって忘れてしまった記憶は沢山ある。


 でもここ半年ほどの記憶はなくしてはいけなかった気がした。

 同時に、思い出してはいけないという気もした。

 矛盾する考えに、私は少し混乱する。


「ジル?」


 キャシーに心配そうな顔で覗き込まれ、私は我に返った。


「もしかして、何か思い出した?」

「思い出せないことを思い出しただけです」


 答えると、キャシーの表情が曇る。最近よく、彼女は私と会話していると急に暗い顔になってしまう。


「……ねえジル、思い出せないこと、思い出したいって思ってる?」

「思い出したいです。でも思い出してはいけない気もします」


 頭に浮かんだ言葉を口にしてから、私は記憶の事は忘れようと決めた。

 だってキャシーが暗い顔をするのはいつも、記憶についての話をするときだ。

 だからもう、やめようと思った。私は、笑っているキャシーが好きだから。


「それより、ドレスを買いに行きたいです」

「う、うん! 一緒におめかししよう。私も、今回は気合い入ってる」

「ウェイン中佐に見て貰うためですか?」

「ちっ、違うよ!」


 否定の言葉を口にしつつも、キャシーの顔は真っ赤だった。


 付き合っていないというけれど、キャシーはきっとウェイン中佐の恋人になりたいのだろう。

 その気持ちは、アンドロイドの私にだって理解できる。

 ウェイン中佐は、優しい。それにかっこいい。あと時々頭を撫でてくれる大きな手のひらも、なんかいい。

 

 だからキャシーだけでなく、学校の女の子たちはみんなウェイン中佐に夢中だ。

 女の子でなく、ベンジャミンやヨシオなど男の子たちの中にも「セクシーだ」と中佐を褒める人がいる。


 そしてもしも自分が普通の女の子だったら、きっとその会話に入っていた気がする。

 キャシーの双眼鏡を借りて、ランチを食べているウェイン中佐を盗み見て、その日見た中佐がいかに素敵だったかを日記に書いたりしたかもしれない。


 そういう日々は、きっと楽しいだろう。


――普通の女の子だったら。物じゃなかったら。


 そんなことを考えるのは初めてだけれど、頭に浮かぶ『もしも』の光景は幸せで、太陽を見てしまったときのように眩しかった。


「そうだ、ダンスの練習もしようね」

「ダンス」

「プロムで踊るのよ」

「そういえば、古い映画で見ました」

「あれとおんなじ。プロムって、ずっと昔から続いてるしきたりなのよ」


 とても素敵なイベントだから、ずっと続いているのだとキャシーは笑った。


「じゃあ、練習します」


 素敵なイベントをぶち壊しにしないように、ちゃんと踊れるようになろうと私は決意した。


 その瞬間、私の脳裏にまた覚えのない記憶がよぎる。



『君は足を踏む天才だな』


 そういって笑う誰かの腕の中に、私はいた。

 そこは見知らぬ部屋だった。多分リビングで、地球時代の古い曲が流れていた。

 It’s Been A Long, Long Time。そんなタイトルだったと、彼が教えてくれた。


 その曲に合わせて身体を揺らすが、これがなかなか難しい。

 踊ったのが初めてというのもあるが、私はとてもダンスが下手だった。

 でも相手――『彼』は、それを笑顔で許してくれた。


『俺を見ろ、ジル』

『無理です、足を見ていないともっと踏みます』

『踏んでもいい。それより君の顔が見たい』


 仕方なく、私は顔を上げた。

 だが『彼』が視界に入る寸前、記録は消えてしまう。


 耳の奥に流れていた、美しい音楽も遠ざかってしまった。


「ジル?」


 私がぼんやりしていたせいで、キャシーがまた不安そうな顔をする。


「大丈夫です、なんでもありません」


 そう言いながらも、私はもう一度「大丈夫」だと繰り返す。

 でも気がつけば、頭の奥でまたあの音楽が流れ出す。


 今度はもう彼の姿は見えなかったけれど、女性の美しい歌声はいつまでも頭を離れなかった。

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