05:デートと「好き」の気持ち

第7宇宙歴123年/ 8月23日/ 快晴



「ねえジル。あなた今日デートなのよね?」


 私は肯定した。


「なのに何で、バトルスーツ着てる上に重火器を背負ってるの?」

「主が、勝負服で行けと仰ったので」


 戦闘用アンドロイドにとっての勝負服と言えば、戦場で着るバトルスーツである。

 全身を包み込むぴったりとした素材の服は、一件ライダースーツのようだが機械型生命体の細胞が埋め込まれた特注品だ。


「そういう勝負服じゃないの! 今すぐデートと勝負服でネット検索かけて!」

「かけました」

「出てきた画像の中に、バトルスーツ来てる子いる?」

「いませんでした」


 答えてから、私は疑問を抱く。


「こんな間違いをするなんて、もしや私は壊れているのでしょうか」


 言われるまでもなく、普段の私ならネットワーク上の検索システムに事前にアクセスし、場に応じた服装や対応についての情報を引き出せていたはずだ。

 なのにバトルスーツを着込み、重火器で武装するまで検索を失念していたなんておかしい。


「壊れてるんじゃなくて、うかれてるんでしょ」

「うかれる?」

「だって初めてのデートなんでしょ? そりゃウキウキしすぎて馬鹿なことやらかすわよ」

「ウキウキ?」

「そこは検索かけなくて良いから。とにかくスカートとか別の服にしよ!」

「スカートは持っていません」


 ズボンとブーツとTシャツ、冬はその上にジャケットという組み合わせのものを3パターンしか持っていない。


「え、そんな女子この世に存在するの?」

「厳密には女子ではありませんので」

「でも普通もっとなんかあるでしょ! 前のご主人は服とか買ってくれなかったの?」


 記録を読み込んだ結果、ずっと裸で過ごせと言われていたので服は買って貰わなかったことを思い出す。

 それを告げると、何故だか主が私をぎゅっと抱き寄せる。


「あなたがパパに保護されて良かった……。これからは、一緒にショッピングに行こうね。っていうか今すぐ行こうね。ダッシュで行こうね」


 言うなり、私は主のお屋敷の近くにある大型ショッピングモールへと連れて行かれた。


 高級店ばかりのモールは主のお気に入りの場所で、彼女の元で働くようになったここ数ヶ月の間に、もう三十回以上は来ている。


「よし、私がすっごい可愛くしてあげるからね!」


 そこで主は私にあれこれ服を着せた。

 服だけでなく靴や靴下や帽子まで身につけさせた。


「主、先ほどから服をいっぱい買いすぎでは?」

「そんなことよりさ、それそろそろやめようよ」

「それとは?」

「『あるじ』ってやつ。私のことはキャシーて読んでよ。それかキャサリンね! キャット……でもいいけど、アレは子供っぽすぎるから、やっぱりキャシーが良いな!」

「ですが、あなたは私の主ですし」

「キャシーよ、キャシー! これは命令よ!」


 命令されると、アンドロイドは拒めない。

 所有者の命令を拒むということは、アンドロイドにとって死を意味するからである。


「分かりました、キャシー」

「本当は命令なんてなくても呼んで欲しかったけどね」

「申し訳ございません」

「まあでも、少しずつ対等になっていきましょ。恋だって出来たんだし、友情だってきっといつか芽生えるわ」


 そう言って、キャシーは私の腕をぎゅっと掴む。


「そして恋バナしましょうね」

「私は恋はしていませんので無理です。キャシーの恋についてのお話なら聞けますが」

「むしろそれは聞かないで。……最近、ウェイン中佐ったら社交の場に全然出てこられないし、邸宅にも帰ってないからストーカーもできていないの」


 だから近頃外出の機会も減り、自分も暇なのかと理解する。


 そもそも私がキャシーのアンドロイドになったのは、ストーカー行為を繰り返す娘を案じた彼女の父『ロバート=ホッジ』侯爵が、彼女に9時の門限を守らせる見張り役を捜していたからだ。

 ただストーカー相手のウェイン中佐は長期休暇をとって隠れ家に引きこもってしまったため、近頃のキャシーは渋々大人しくしている。

 それゆえ私の仕事は学校までの送迎と、暇なときの話し相手だ。



「せっかく中佐と同じサンフランシスコ地区に住んでるのに、会えないなんて辛いわ」

「コロニーは広いですし、雲隠れされると見つけるのは難しいでしょうね」

「そうなのよ。対岸の日本地区とかに隠れられちゃうと困るわ。あそこって複雑怪奇な大江戸建造物ばっかりだし……」

「よろしければ、私が捜索のお手伝いをしましょうか?」


 私に搭載されたハッキングプログラムがあれば、コロニー内に設置されたありとあらゆる監視カメラをのぞき見することが出来る。

 それを駆使し、キャシーの手助けをしようとウェイン中佐の画像を検索しかけたところで「だめっ」とキャシーに腕を引かれた。


「こういうのは、自分でやらないとだめなの。自分の足で探して、目で見つけて、運命的に会うのが良いの」


 キャシーの考えは理解しかねるが、止めろと言うなら命令に従うほかない。


「それに今はデートに集中よ! 次はお化粧品見に行きましょう!」

「まだ買うんですか」

「だってデートよ! デートなのよ!!」


 有無をいわせぬ声と腕に引きずられ、私は結局キャシーに従うほか無かった。





■■データ破損につき■■一部■記録の欠落がみられる■■




 レオが、私をじっと見つめている。

 見つめたまま、かれこれ1分7秒ほど動きを止めている。


「食事に、行くのではないのですか?」


 尋ねると、ようやくレオが我に返った。


「すまん、あんまり綺麗だったから……見とれた」


 綺麗だったから……見とれた。

 その言葉を、脳が勝手に記録する。


 このところ、私の脳はレオの言葉をやたらと記録したがる。他愛のない言葉ばかりなのに、消えないようにロックまでかけてしまう。


「レオも、今日は少し雰囲気が違います」

「そこは格好いいといってくれ」

「かっこいいです」

「いや、素直に言われるとそれはそれで恥ずかしい……」

「かっこいいです」

「君、いつの間に人のからかい方を覚えたんだ?」


 恥ずかしそうに笑いながら、レオが私の頬を指先でグリグリとつつく。


 でもからかっているわけではなかった。

 【かっこいい】【男性】と言うワードで検索して引き出したどの画像より、レオはかっこよかったので素直に言ったのだ。


 伸び放題だった髪を切って整え、顎以外のひげを剃った彼は本当にかっこよかった。

 服もちゃんとしたスーツだし、靴も履いているし、ネクタイも締めている。

 かっこよかった。


「とにかく食事だな、行こう」


 そんなかっこいいレオと、私はオシャレなレストランで食事をした。


「もの凄く高そうな店ですけど、やっぱりボンボンなんですか」

「ボンボンじゃねぇよ」

「ボンボンじゃないのに、大丈夫なんですか? いつものダイナーでも安いハンバーガーでも良いんですよ?」

「こう見えても俺は高給取りなんだよ」

「高給取りは、日がな一日家でずっこけハム二郎三世を読んで過ごしたりはしないと思います」

「そういう高給取りもいるんだよ。良いからほら、料理決めろ」


 そう言われても、料理の名前が意味不明すぎて迷う。

 仕方なく情報検索をかけようとしたところで、レオが私のメニューを軽くつついた。


「決まらないなら、君の好きそうな奴をいくつか頼もう」

「好きそうな奴がわかるんですか」

「まあ、最近はほぼ毎日会ってるしな」

「すごいですね。自分でも何が好きなのかよく分からないのに」


 アンドロイドも、人間のように空腹を感じるし味覚もある。

 だがそれを好ましいと思う感情が私は欠落しているため、食べ物の好き嫌いが自分ではよく分からないのだ。


「見てれば分かるさ」

「本当に?」

「食べた料理が好ましいとき、ジルは眉間がぎゅっとよる」

「しかめっ面になるって事ですか」

「そうだ。逆に嫌いなものを食べると、顔が無になる」

「無ですか?」

「無だ。感情が一切消える。俺が何か喋ってても『へぇ』しかいわない」

「普通逆な気がしますが」

「俺も最初は逆だと思ってた。でもずっこけハム二郎三世を読むとき、お前顔がしかめっ面になるから」


 言われてみると、ずっこけハム二郎三世を読んだ後は顔の筋肉が強張っている気がする。


「だから今日は、顔がぎゅっとなるもの喰おう」

「ぎゅっとなるもの」

「おう、楽しみにしとけ」


 私の眉間を優しくさすったレオは、すぐに料理を注文してくれる。


 程なくして出てきたコース料理は、前菜からデザートまで全部顔がぎゅっとした。


「そのデザート、凄くぎゅっとするだろ」

「します。顔が壊れそうです」

「連れてきた甲斐があった」


 楽しそうに笑いながら、レオが私のぎゅっとした顔をじっと見つめる。

 そうしていると何故だか更に、顔がぎゅっとした。

 

「なあ、俺と一緒に食事をするのは好きか?」


 大人びた顔に子供のような笑みを乗せて、レオが言った。

 けれど私は、問いの答えを見つけることが出来ない。


 戸惑っていると、全てを察したように「ゆっくりでいい」とレオが私の頭を優しく撫でる。


「好き……という気持ちが、私にはわからなくて」

「でも君は、ずっこけハム二郎三世を読んでるときは楽しいんだろう? あれと同じ気持ちや感覚になるか?」


 尋ねられ、私ははそこで再び言葉に詰まる。


「楽しくないのか?」

「そもそもずっこけハム二郎三世を読んでいるときの感情が「楽しい」ものなのか、定かで無いのです」


 ずっこけハム二郎三世は、私の元となった少女の中に残った数少ない記憶だった。

 ある年の誕生日、少女は母親にこの漫画をプレゼントされた。そして喜んでいた。

 プレゼントと言っても、それは母親がゴミ箱から拾ってきたボロボロの漫画で、少女を売り払う事への罪悪感から母親が渡したものである。

 でも記憶の中で少女は――私は、その漫画を夢中になって読んでいた。笑って、喜んで、母親に「ありがとう、大好き」と何度も何度も繰り返していた。


 だから私は、ずっこけハム二郎三世を好きだと認識することにしたのだ。アンドロイドが好むというデータもあるし、好きだと認識しても問題ないと思ったのである。


 でも少女が持っていた感情を、私は抱くことが出来ない。記憶していても、上手く引き出すことも叶わない。


 だから好きかどうか分からないと告げると、レオは私の頭を撫でながら「そうか」と静かに頷いた。


「こんな状態で、ハム二郎三世を好きだと言っても構わないのでしょうか」

「俺は、いいと思うぞ」

「気持ちがなくても?」

「でも君は、暇さえあればずハム二郎三世のことばかり考えているだろう」

「考えています」

「新刊が出る日を、スケジュールに記録しているだろ」

「しています」

「それは好きって感情をもつ人間がよくとる行動だ。だからきっと、君はずっこけハム二郎三世が好きなんだよきっと」


 そのことばかり考えることは、好きと同じ。

 新しい情報を脳に記録しながら、私は今一度最初の質問に立ち返る。


「だとしたら、私はデートが好きです」

「本当か?」

「この一週間は、あなたとデートをすることばかり考えていましたし、待ち合わせの日時と時間と場所をスケジュールに記録もしました」

「そうか」

「スケジュールのバックアップも取りました」


 そういうと、レオが嬉しそうに笑う。


「大好きなんだな、デート」

「はい。あとレオのことも大好きなようです」


 次の瞬間、彼の笑顔が驚きへと変わった。


「近頃、私はハム二郎三世と同じくらいあなたのことを考えています。あなたの言葉や笑顔を記録してしまいます」

「……ジル」

「はい」

「今すぐ家に帰ろう」


 そしてレオは、突然挙動不審になった。


「でもレオ、デザートが残ってますよ」

「俺はデザートより君が食べたい」

「私の身体はほとんど機械なので、消化するのは難しいかと」

「ジル、俺が言いたいのは君と今すぐセックスしたいって事だ」


 恋人たちは身体を重ねる行為を食事に例えることがある。

 そのことを、私はようやく思い出した。

 

「嫌か?」

「いえ、かまいません」

「……気が乗らないなら、そう言って良いんだぞ」

「そんなことはありません。私は、性処理中のあなたも好きです」


 性処理中のレオを見ていると、何だか無性に記録に残したくなる。そして時々見たくなり、彼の裸をこっそり瞼の裏に再生することもある。


 それを口にしたとたん、レオは私の腕をつかんで立ち上がった。


「君のせいで家まで待てなくなった。側のホテルに行こう」

「あそこ、もの凄い高級ホテルですよ」

「安いモーテルよりはマシだろ」

「でもお金が」

「金なら心配するな。それに君、ずっこけハム二郎三世の第235話に出てくるジャグジーに入ってみたいと言ってただろ」


 私は肯定した。


「それが、あのホテルのスイートルームにはある」

「あ、あのお風呂が……」

「すごく、ぶくぶくする」

「ぶくぶく……」

「あと、ダンゴムシ江戸川が着ていたバスローブもある」

「夢のようでは?」

「どうだ、行く気になったか」


 私は肯定した。


「あ、でも……」

「ん?」

「お風呂もバスローブも素敵ですが、まずはレオと性処理がしたいです」


 レオのことも大好きだとわかってから、私はずっと彼に触られたい気分だった。

 だから先に触って欲しいと言うと、レオが「俺を悶え殺す気か!」と呻きながら私の腕を掴んだ。


「アンドロイドは、許可無く人間を殺せませんよ?」

「そういう意味じゃないが、説明は後にしてまずホテルに行こう」


 強く――でも痛くはない力で、レオが私の手をぎゅっと握る。

 そうされると、私の顔もぎゅっと強張った。


「レオ、私はレオと手を繋ぐのも好きみたいです」

「知ってるさ」


 言いながら、レオはただ手を繋ぐだけでなく、手の指を器用に絡ませた。

 そのつなぎ方もまた、顔がぎゅっとした。


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