06:甘える彼氏と胸の音

第7宇宙歴123年/ 9月01日/ くもり



 レオが大好きだとわかってから、沢山の時間が過ぎた。

 デートもして、漫画もいっぱい読んで、性処理も毎日している。

 キスも数え切れないほどしたし、抱き合ってゴロゴロしたり、顔がぎゅっとする美味しい物もいっぱい教えて貰った。

 

 そして私は、彼に会っていない時間も暇さえあればその記憶を眺めている。

 そうしているうちに、私はあることに気がついた。

 レオの雰囲気が、出会った頃とずいぶん変わっているのだ。


「ジル」

「はい」

「ぎゅっとしてもいいか?」

「もちろんです」

「ん」


 家に行くと、すぐレオに抱き締められるようになった。



「ジル」

「はい」

「あーんしてもいいか」

「はい」

「ん」


 何故か、食事の世話をしてくれるようになった。



「ジル」

「はい」

「一緒の風呂に入らないか?」

「アンドロイドは、浄化機能がついているのでお風呂は必要ありません」

「……そうか」


 もの凄く寂しげな顔をされたので、結局レオとお風呂に入ることになった。


 レオはお風呂が大好きなのか、以来事あるごとに「一緒に入ろう」と誘ってくる。

 そして今日もまた、私は彼と入浴することになった。

 レオは体格が良く逞しいので、バスタブは二人で入るには狭い。自然と私はレオに抱っこされる形になる。


「レオ」

「どうした?」

「すみません、何故だか今、意味も無く名前を呼びたくなりました」

「……ジル」

「はい」

「俺も、何だか呼びたくなった」

「そうですか」


 バスタブから立ちのぼる湯気を眺めながら、私はレオの身体にもたれかかる。

 そうしていると顔が、ぎゅっとなった。


「レオ。私もレオとお風呂に入るの、好きみたいです」


 好きな気持ちを報告したくなって振り返った途端、何かを堪えるようにレオが「うおぉ」とうなり、顔を手で覆った。


「……すまん、俺は最近おかしい」

「おかしい?」

「……普段はこんな、ガキみたいに悶えたり甘えたりする男じゃないんだ」

「レオは、ガキみたいに甘えているのですか」

「甘えてる。我ながら恥ずかしくなるくらい、君に甘えてる」


 そしてそれを、レオは恥ずかしがっているらしい。


「初めて会ったときから、何となくこうなる気はしていたんだ。君はものすごく可愛くて、純粋で、ハマるって分かってたのに……」

「それ、本当に私ですか?」

「その無自覚なところが可愛い……。だから、好きになりすぎないよう距離を置こうと思っていたんだが、自分で恋人宣言してから色々まずい……」


 バスタブにぐったりともたれながら、レオが今度は「あぁ」と唸る。

 何だか辛そうなので頭をよしよししていると、うなり声は更に大きくなった。


「本当は俺が甘やかしたいのに……」

「レオは、今でも十分私に甘いと思いますが」

「でも最近、俺ばかり幸せな気がする」


 ため息を重ね、レオはそっと私を抱き寄せた。

 彼の胸に顔を押し当てたままじっとしていると、レオの鼓動が聞こえてくる。


「そうされると、年甲斐もなくドキドキする……」

「確かに、いつもより鼓動が大きい気がします」

「拍動を抑えられないくらい、君が側にいるとおかしくなる」

「それは、さすがに病院に行った方が良いのではないですか?」


 少し心配になって、私は彼の胸に耳を澄ませた。

 そのとき、私はレオの鼓動に違和感を覚える。


「レオ、レオの鼓動はやっぱり少し変です」

「変?」

「……機械の……音がします」


 本当に些細だが、機械型生命体が発する電磁音が鼓動に重なっている。


 電磁音を聞いていると、不意に自分が受けた手術のことを思い出した。

 アンドロイドとして目覚めたあの日、激しい痛みの中で私はこの音を聞いた気がする。

 あのとき聞いた音はもっと大きくて、不快で、怖くて泣き叫んだ記録は今も残っている。

 だから急に不安になって、私はレオの身体にしがみついた。

 すると彼は「大丈夫だ」と囁きながら、私の背中を優しく撫でてくれた。


「ごめん、俺が怖いか?」

「レオじゃなくて……レオの中に……あれがいるから」

「言わなくてごめん、実は俺は……」


 そこで言葉を切って、レオは私を遠ざけようとする。

 でも私はそれが嫌で、彼の体に更に強くしがみついた。

 

「レオも、アンドロイドなんですか?」

「……いや、俺は違う。でも昔、身体に機械型生命体を入れた」


 その言葉の意味を考えてから、私はそっとレオの身体を撫でる。


「あなたを、スキャンしても良いですか?」

「ああ。それでジルが安心できるなら」


 許可が出たので、私は彼の体をスキャンする。

 すると脳と脊髄にそって、大きな機械型生命体が彼の中で脈打っていた。


「レオは『強化人間』……なんですか?」


 尋ねると、彼は頷いた。


 強化人間――それは肉体に機械型生命体を寄生させる手術を行い、特異な身体能力を手に入れた人間のことだ。

 手術は第4世代型アンドロイドの製造実験を応用した物で、場合によってはかなりのリスクが付きまとう。


 一番のリスクは、第4世代型アンドロイドを作る時のように、生きている機械型生命体を体内に入れなければならないことだ。

 もし万が一、体内に入れた機械型生命体の『意思』が封印されていなかった場合、肉体の主導権を奪われ心を壊される可能性もある。


 だがその分、手術がもたらす力は凄まじい。

 強化手術を施した兵士達の活躍によって機械型生命体との戦争は終わったし、今もまだ警察や軍隊などで強化手術を推薦している仕事もある。

 ということは多分、レオもそのどちらかに所属しているのだろう。


「俺が、怖いか?」


 再度尋ねられ、私は首を横に振った。

 でもそれを、レオは信じていないらしい。


「……隠さなくてもいい。ジルの過去を思えば、生きた機械型生命体を身体に入れている俺は恐ろしいだろう」

「いえ、本当に大丈夫です」

「だが、怯えた顔をしている」

「確かに、今一瞬手術を受けたときのことを思い出しました。でも怯えたとしたら、それはレオも私のように痛い思いをするのではと……思ったからです」


 でもスキャンした限り、彼の中の機械型生命体は深い眠りについている。

 そのことに、ほっとする。


「自分が強化人間だと言わなかったのは、私が怯えると思ったからですか?」

「ああ。……それを隠しておきながら君に甘えるなんて、愚かな男だろ」

「そんなことはありません。私もたぶん、最初は同じ気持ちでした」

「最初?」

「あったとき、自分がアンドロイドだというのを躊躇いました。アレは多分、怯えていたからだと思います」


 目が合って、ずっこけハム二郎三世を差し出してくれたとき。多分私は、彼を『好き』のカテゴリーにもう入れていた。

 そしてハム二郎三世について話すうちに、私は彼に嫌われたくないと思っていたのだ。

 だから初めて彼がキスしてくれたときも、自分がアンドロイドだと言えなかった。

 そのことを告げると、もう一度レオが私をぎゅっと抱きしめる。


「俺は絶対、ジルを嫌いになったりしない」

「私も、レオを嫌いになったりしません」


 だからもっと甘えて下さいと告げると、レオが私を抱き締める腕に力を込める。

 頬に押し当てた胸からは僅かに機械の音が響いている。

 でも恐ろしい記憶は、もう思い出さなかった。

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