08:涙と誕生日

第7宇宙歴123年/ 10月23日及び24日/ 雨



「キャシー。誕生日という物は、どう祝えば良いのでしょうか」

「レオさんの?」

「はい」

「だったらやっぱり、裸でリボンで『プレゼントは私』ってヤツね」

「ありがとうございます。記憶しました」

「いやいやいや、冗談よ冗談!!」


 服を脱ごうとしたら、キャシーに思い切り止められた。

 

「それにやるとしても、今から脱いじゃ絶対駄目。ジルの話から察するに滅茶苦茶嫉妬深そうな人だし、あなたの裸体を他の人が見たら絶対怒るわよ」

「たしかに、外では絶対肌は見せるなって言われます」

「いい歳の癖に、小さい男よね―」

「そうでもありません。身長は186もあります」

「比喩表現よ比喩表現。それより誕生日祝うって事はあの喧嘩は決着したの?」


 問われて、私は少し前にレオをマンションの窓から投げ飛ばしたことを思い出す。


「はい、あのあと三回くらい窓から投げたらもっと仲良くなれました」

「えっ、窓からなげたの?」

「痴話げんかは良い物だというので、投げました」

「ごめん、想像してたより激しい喧嘩だったのね……。だとしたら私のアドバイス間違ってたかも」

「そんなことはありません。レオを喜ばせたくて投げたと言ったら、彼は私にいっぱいキスをしてくれました」

「でも気まずくなったりしてない? 大丈夫?」

「はい。むしろ痴話げんか以来、レオは躾の出来た犬のようになりました。私が帰ると言っても無理矢理引き留めず、拗ねた顔でぎゅっとしてくるだけになりました」

「何それちょっとかわいい……。そのおっさんちょっと可愛い」


 可愛いと言う言葉に、何故だか私は返す言葉に迷う。


「あっ、そんな不安そうな顔しなくていいわよ。あなたの彼氏を取ったりしないから」

「私は、不安そうな顔をしていましたか?」

「無自覚なのがかわいい!! 安心して、私はウェイン中佐一筋だしあなたの恋は超絶応援してるから」

「ありがとうございます。私もキャシーの恋を応援します」

「頼むわよ! ついに来月からウェイン中佐が職場復帰するらしいから、ここが正念場なの!」

「私にお手伝い出来ることはありますか?」

「相談に乗ってくれるだけで大丈夫よ。ただライバルは多いから、もし万が一喧嘩をふっかけられたら助けてね」

「ウェイン中佐というかたは、女性に人気があるのですね」

「第七コロニーの独身貴族の中で、5年連続結婚したい男№1なのよ!」

「5年も1位のままということは、そこそこのお年なのでは?」

「まだギリギリ三十代よ。でも男の人は、それくらいの方が素敵じゃない!」


 キャシーの言葉に、私はレオのことを考えた。確かレオも、三十代だ。


「三十代、いいと思います」

「でしょう! だから絶対物にしたいの! だから恋敵は全員叩き潰すわ」

「なら私もお手伝いします」

「うんっ、全員ぶっ潰して!」

「わかりました。キャシーの恋の邪魔は、誰にもさせません」

「約束よ」

「約束? 命令ではなく?」

「まあ命令でも良いわ。約束、ジルにはあんまり分からないもんね」


 はいと答えて、私は新しい命令を記憶する。


――キャシーの恋の邪魔者は、ぜったいに排除する。

 大事な命令だ。


「でも今はまずジルの恋よ。素敵なプレゼント、一緒に探しに行きましょう」

「ありがとうございます」

「ちなみに、おっぱいのサイズいくつ?」

「レオのですか? はかったことがないので分かりません」

「あなたのよあなた」


 そう言っていきなり胸を揉まれ、「やっぱりプレゼントは……うふふ……」とキャシーは笑った。




■■データ破損につき■■一部■記録の欠落がみられる■■




 レオに贈るプレゼントを何故か身につけさせられ、私は彼の家へと向かった。


 だがそこで、私はとある違和感を覚える。

 普段なら合鍵を使うまでもなくレオが出迎えてくれるのに、今日はチャイムを鳴らしても彼は出てこなかったのだ。


 何かあったのだろうかと考えながら、私は合鍵で部屋へと入る。

 リビングを覗いたが気配はなく、私は慌てて生体スキャンを起動させる。


 スキャンの結果、彼はバスルームにいるらしいが、どうも様子がおかしい。

 彼はバスタブの中で身動きひとつせず、夏でもないのに冷水のシャワーを浴びている。


「レオ!」


 自分でも驚くほど大きな声で呼びかけながら、私はバスルームに駆け込んだ。


 するとバスタブに身を沈めていたレオが、濡れた髪の間から私を見つめる。

 彼は服のままシャワーに打たれていた。

 その体が震えているのをみて、私は慌てて水をお湯へと切り替える。


「風邪を引きます」

「うん」

「いつから水浴びをしていたんですか?」

「いつ……だろ……」

「分からないほど長く、ですか?」

「ああ」


 帰ってくる言葉には覇気が無い。

 いつもなら私を見つめてくれる眼差しも、虚空へと向けられていた。


 どうしてそんな状態なのか、私には分からなかった。

 いくら情報を検索しても、彼をどうするべきか、どんな言葉をかけるべきかがわからなかった。


「レオ」

 

 分からないが、それでも何かしないといけないと考え、私もバスタブに入り彼に身を寄せる。


 シャワーのお湯が少しずつレオの体温を上げ、バスタブに心地よい湯が満ちていく。

 その中でレオの身体にぎゅっとくっついていると、彼の腕がおずおずと私を抱きしめた。


「ジル……」


 耳元で、レオが私の名を呼んだ。

 それに「はい」と答えると、レオはもう一度私の名を呼ぶ。

 彼が名を呼び、私が答える。

 それを何度も何度も繰り返しているうちに、私を抱き締める腕の力が少しだけ増した。



■■データ破損につき■■一部■記録の欠落がみられる■■



 レオが眠っている。

 寝顔はもう何度も見たけれど、苦しく辛そうな寝顔を見るのは初めてだった。


 私は彼の隣に横になり、頭をそっとなでる。

 頭を撫でると人は心地よさを覚え、満たされるという情報を得たからだ。


 それから私は頭だけでなく頬や胸を撫で、きつく握りしめられたレオの拳をほどいて、そっと指を絡めたりした。それらもまた、人の心を穏やかにする効果があるらしい。


 そうして彼の側で半日ほど過ごし、夜が朝に変わった頃、レオはゆっくりと目を開いた。


「レオ……」


 彼が目を覚ました事に安堵しかけて、私は小さく息を呑んだ。

 彼の右眼が、機械のように赤く光っていたからだ。


 虹彩の変化は、機械型生命体の力を使うときに現れるものだ。でもいまは使っている気配はない。なのに赤く濁っているのを見た瞬間、私の脳裏に暗い記憶が蘇る。

 何年も前、まだ機械型生命体との戦争が激しかった頃。

 私は戦場で、こういう目をした人間たちを沢山殺した。

 私を所持していたの民間軍事会社は、機械型生命体に身体を奪われた人間を殺す仕事を請け負っていたのだ。


 アンドロイドと強化人間の登場、そして機械型生命体の『意思』を封印する技術の誕生によって戦争は終わりを迎えようとしていたが、最後の抵抗として機械たちは人の身体を利用した自爆テロを行っていた。


 アンドロイドや強化人間の体内にある機械型生命体にアクセスし、宿主の心を奪い、同士討ちをさせようと思ったらしい。

 そうなる前に殺すのが私の仕事で、死んだ人間たちの目は今のレオのように赤く不気味に光っていた。


「あなたは、人間……ですか?」


 尋ねると、レオがゆっくりと目を閉じた。そしてもう一度瞼があいたとき、その瞳はいつもの色へと戻っていた。


「まだ、人間だよ」


 まだと、告げた声は震えていた。それに、私は少し安堵する。

 機械は――物は――声を震わせたりしない。だから彼はちゃんと人間だ。


「人間なら、お腹空きました?」


 尋ねると、レオが小さく頷いた。

 それから小さく笑ってくれた。

 浮かべたのは、いつものレオの笑顔だった。とても嬉しかった。


「じゃあ私が作ったご飯、たべますか?」

「つくって、くれたのか?」

「熱があったから、身体に良いご飯を」

「食べたい」


 答える声は力強くて、私はほっとした。

 だから急いで、私は彼へのご飯を持ってくる。


「はい、どうぞ」


 でもそこで、レオの笑顔に陰りが見えた。


「……ジル、これは何だ?」

「肉です」

「肉……」

「体力が無いときは、肉が良いってキャシーが言っていました」

「肉……というには、大きくて黒いぞ」

「大きい方が、元気出るかなって」

「黒いのは何故だ」


 尋ねられて、私は首をかしげた。


「気がついたら、こうなっていました」

「焼きすぎたのか?」

「いえ、中は生っぽいです」

「生……だと……」

「レオは焼きすぎないお肉が好きでしたよね?」


 だからまあいいかと思い、生のままにしておいたのだ。


 それを切り分け、特製ソースにびちゃびちゃに浸した後、レオの口元に運ぶ。


「アーンします?」

「アーンされたい……でもされたら地獄な予感しかしない……」


 うっと額を抑えながら、レオが何やらブツブツこぼしている。


「ちなみに、このソースは?」

「……美味しいソースです」

「いや、味は」

「わかりませんが、『ドキドキワクワクビリビリな美味しいソース』ってネットに書かれてありました」

「何故それを選んだ」

「美味しいって、書いてあったから」

「ほかにも、美味しいって書かれたソースはいっぱいあっただろ」

「あとドキドキワクワクって言葉も書いてあったから」

「そのあとのビリビリに気づいて欲しかったがまあ良いか。もう良いか……」


 何やら遠い目をした後、レオは私の肉を食べてくれた。


「ああ……なんだこれ……すごいなこれ……」

「元気でました?」

「元気だけじゃなくて、ビリビリしすぎて目からすげぇ涙出る……なんだこれ……」

「人間は、とても美味しいものを食べると涙が出るそうですよ?」

「多分違うけど泣きたい気持ちだったからまあいいか」


 それからレオは目が真っ赤に腫れるほどいっぱい泣いて、いっぱい食べてくれた。

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