09:アンドロイドの住むところ
第7宇宙歴123年/ 10月30日/ 快晴
レオの様子がおかしかった日から約一週間が過ぎた。
あの日以来、レオはいつものレオに戻った。
でも私はまだ少し心配だったので、キャシーが学校のキャンプに行っている間だけ、いつもより長く彼と過ごすことにした。キャンプにはお世話用のアンドロイド以外は連れて行けないので、戦闘用アンドロイドである私は丁度お休みなのだ。
「お屋敷に行く用事もありませんし、いつもより長くレオと一緒にいれます」
そう言ったら喜んでもらえると思ったのに、意外にもレオは驚いていた。
「君は通いだったのか? てっきり、ご主人のお屋敷に住んでいるものかと」
「違います。ロイズ通りの端にあるトランクルームを借りて住んでいます」
アンドロイドの多くは人のようにアパートや家を借りているが、私のような『物』の場合はそれが難しい。
所有者が家に置く場合がほとんどなので、そもそも家を借りる意味がないのだ。
だがキャシーの所にはすでに沢山のアンドロイドが住んでいたし、私のような『物』が豪華で綺麗なお屋敷に厄介になるのはいけない気がした。
だからキャシーとその両親には、家を借りるツテがあるからと言い、同居を辞退したのだ。
「トランクルームは家とは言わない。どこもひどく手狭だし、もはやただの箱だ」
「自分と服くらいなら収容できます」
「他の物はどうしている」
「仕事中につかう武器は基本持ち出し禁止ですし、他に私物はありません」
「待て、服以外何もないのか」
「ありません」
「ひとつもか?」
「ひとつも」
それを証明するため、私はロイズ通りのトランクルームにレオを案内した。
自慢の我が家だったが、レオはそれを見た瞬間頭を抱えた。
「こんな所に寝泊まりしてるなら、無理矢理にでも同棲させるんだった」
「家、入ってみます?」
「俺の身体じゃ無理だ! それにこんな、棺桶みたいな箱は家とは言わない!」
それからレオは、たとえアンドロイドだとしてもこんな箱の中で暮らしてはいけないと私を叱った。
「でも私の他にもここに入っているアンドロイドは沢山います」
「それは壊れたアンドロイドたちだろう。この辺りのトランクルームはな、持ち主を失い機能を停止したアンドロイドたちが入れられる箱なんだよ。生きて活動している君のような子が入る場所じゃない」
たしかに、この箱の中から毎朝出てくるのは私だけだった。
「どんな情報にもアクセスできる癖に、君は妙なところで無知だな」
「トランクルームについて知ろうという意思がなかったので」
ただこの場所の前を通りかかったときにみた『誰でも月10ドルで借りれます』という看板につられてしまったのだ。
「ともかくこの場所に寝泊まりするのは禁止だ。俺と暮らすか、ご主人に事情を話して今から部屋をかりろ」
「キャシーのおうちは駄目です。ただでさえレオとのことでいっぱい相談に乗って貰っているのに、これ以上の迷惑はかけられません」
「キャシーは君のことを友達のように思ってるんだろ? だとしたら、君がこんな場所で暮らしていると知ったら、絶対に悲しむ」
告げるレオの顔もどこか悲しそうだったので、私は反論をやめた。
そしてキャシーの行動パターンを改めて計算し、私がトランクルームで寝ていると知った瞬間のシミュレーションをしてみる。
「もの凄く悲しんで、怒られる気がします」
「それは、嫌だろう」
「はい。キャシーの泣き顔は見たくありません」
「なら彼女が帰ってくるまで俺の家に泊まれ。そのあとキャシーに全て打ち明けて、俺の所に住むか彼女の屋敷に部屋を貰うか決めろ」
「わかりました」
そして私は、その場でトランクルームを解約した。
■■データ破損につき■■一部■記録の破損■がみられる■■
「それにしても、あんな狭い箱の中で良く退屈せず暮らしてたな」
夜、夕飯の準備をしながらレオが苦笑した。
準備を手伝いたかったのに「絶対に駄目だ」と禁止された私は、キッチンカウンター横に置かれたスツールに腰をおろし、今日解約した家での生活のことを思い出す。
「特に退屈はしていません」
「だが俺と会わないときは、ずっとあの中にいたんだろ」
「いました」
「物も何もないって事は、ずっとネット三昧か?」
「いえ、記憶にアクセスしてレオの顔をずっと見ていました」
途端に、レオが握っていたフライパンをコンロにがしゃんっとぶつけた。
その反動で作っていたパスタソースがこぼれたが、レオはそちらではなく私の方を見る。
「ずっと俺のことを?」
「はい。昔はハム二郎三世のデータを眺めていましたが、最近はずっとレオです」
「あの中で?」
「はい。ネットにアクセスしても見たい物はないですし、会えないときはあなたの記録を見ていました」
「だったら、ここに住んで本物の俺を見ながら暮らせよ!」
別に記録で十分だと言おうとしたが、パスタを作るレオの姿を見ていたら言葉が出てこなくなった。
料理をするレオを、カウンター越しに眺めるのは悪くない気がしたからだ。
部屋の片付けは苦手なのに、レオは料理は得意だ。
それを毎日食べて、片付けを手伝って、レオがビールを飲む姿を毎日毎日記録できるのはとても良いことのような気がする。
「ここで暮らしてもいいのですか?」
「部屋は余ってるし、ここならお前が好きな物を置けるぞ」
「起きたい物はありません」
「でもずっこけハム二郎三世のグッズとか本当は欲しいんじゃないのか?」
「わかりません」
そもそもグッズとはどんな物かと検索した途端、私は戦いた。
「……す、凄い」
「その反応、どうやら想像出来たみたいだな」
「想像ではなく検索です。でも、グッズ……グッズ……」
「その反応は決まりだな。明日グッズと、あとグッズを置く棚も買おう。他にも家具とか、衣装ダンスとか」
レオの提案はあまりに魅力的で、私は何度も何度も肯定した。
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