10:なんかいい日

第7宇宙歴123年/ 10月31日/ 快晴



 キャシーの父上はアンドロイドにも公平で平等な方である。

 それ故私にも十分すぎるほどの賃金を払ってくれたが、その使い道を見いだせずにいた。


 しかし今日、私は初めて労働の対価で自分のために物を買った。


「どうしよう、これは、とても、なんだか、ああ、言葉に出来ない」


 私が自分の金で買ったのは、ハム二郎三世のぬいぐるみである。

 私の身長の半分ほどもある、巨大なぬいぐるみである。


「そんなに大喜びするなら俺が買ってやりたかった……」

「でもハム実ちゃんのマグカップとか、ダンゴムシ江戸川のTシャツとか、既にたくさん買って頂きましたので」


 その上彼は、私のために家具まで買ってくれた。

 そしてそれを今、慣れた手つきで組み立ててくれている。


 手伝いを申し出たが、「お前はハム二郎三世を抱っこしていろ」と断られた。

 それも無理はない。私は戦闘型アンドロイドなので手先が不器用だし、多分邪魔になる。

 ならばハム二郎三世をぎゅっとしている方がレオのためになる気がして、作業をする彼の横に腰を下ろしぬいぐるみを抱き締める。


 そんな私をレオがチラリと見つめ、ふっと笑顔を作った。

 その笑顔を見ていると何故だか顔がぎゅっとなり、胸がむず痒くなる。


「これぞ休日って感じだな」

「これぞ?」

「家具を組み立てながらビール飲んで、その傍らに可愛い彼女がいるのってなんかいいだろ」

「『家具の組み立てと、ビールと、可愛い彼女』というのは、『なんかいい』休日に必要な物なのですか」

「ああ」

「じゃあ私は今、レオに『なんかいい』を提供できていますか」

「ああ。なんかどころか、凄くいいよ」

「すごくいい」

「ああ、凄くいい」


 レオがそう言って笑うので、私はその日一日レオの隣にいた。


 ぬいぐるみを抱っこしたり、時々レオに工具を渡したり、疲れた彼にビールを取ってきたりするのはどれも初めてだったけど、何度もやりたいと思った。


「うん、なんかいい」


 言葉にしてみると、不思議と彼の言う『なんかいい』が分かったような気がした。

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