04:ドンマイ
第7宇宙歴124年/ 4月11日/ 快晴
引き続き、学校への付き添いは続いている。
授業中、私のような『物』であるアンドロイドたちは倉庫で休止しているのが普通だが、私は何故かウェイン中佐率いる軍兵たちの控え室で、おやつを食べていることが多かった。
倉庫にいるつもりなのに、いつも中佐か彼の部下に控え室まで無理矢理連れてこられるのだ。
「アンドロイドっていうからもうちょっとゴツいの想像してたんですけど、ジルちゃんホント可愛いなぁ」
そのたび、私はいつも中佐の部下に声をかけられる。
中でも私を気に入り、至近距離からじーっと見つめてくるのはジョン兵長。
ウェイン中佐の部下である。
「あんまりくっついてると、ウェイン中佐にどつかれるぞ」
そんなジョン兵長に苦言を呈したのは、彼の同僚のダン兵長である。
「だってジルちゃん可愛いじゃん」
「ジルちゃんに抱きついてたのがバレて、昨日バスケットコートに頭から投げ込まれてたのをもう忘れたのか?」
「そもそもさ~何でウェイン中佐はジルちゃんにくっつくと怒るの?」
「そりゃあ、お付き合いしてるお嬢さんの護衛アンドロイドだからだろう」
「いや、お付き合いしているお嬢さんの方にくっつくならわかるんだけどさ」
私の顔をじーっと見つめながら、ジョン兵長が僅かに首をかしげる。
「そもそもウェイン中佐も、高校生と付き合うってどうかと思わない?」
「二人はまだつきあっているわけではありませんよ」
私が答えると、二人の兵長は驚いた顔をする。
「そうなの? 結婚目前ってゴシップ誌にもでてたけど」
「はい。交際はしていないと二人は言っていました」
「でも結婚はするんじゃないの?」
「交際しなくても、結婚できるんですか?」
「良くある政略結婚を見据えた関係なのかなって思ったんだ。二人とも貴族様だし、戦争で人類が減った今、優れた遺伝子を残せってお上が五月蠅いだろ? その点由緒正しい貴族のご令嬢と、英雄であるウェイン中佐なら誰も文句言わなそうだし」
「つまり、二人は結婚して子供を産むのですか?」
「たぶんね」
「二人が子供を……」
「あーあ、女子高生と付き合えるなら、僕も戦争でもっと活躍しとくんだったなー」
ジョン兵長の言葉に、「動機が不純すぎる」とダン兵長がすかさずツッコむ。
それを聞きながら、私はキャシーとウェイン中佐が結婚するところを想像した。
ウェイン中佐は凄く優しいから、きっとキャシーは幸せになれるだろう。そして二人の子供は、さぞ可愛らしいに違いない。
そしてその子供を守るのは自分の仕事なんだろうなと考えたとき、何故だか胸の奥に不可解な痛みが走った。
機能不全だろうかと思い自分をスキャンしたが、問題は見つからない。
でも胸の痛みは、消えなかった。
「ねね、ジルちゃんは恋人とかいないの?」
そんな時、ジョン兵長の顔が先ほどよりもっと近づいてきた。今にも唇が触れそうな距離である。
「いません」
「じゃあ性処理はどうしてるの? 誰か相手いるの?」
いないと答えようとしたとき、ふいに覚えのない記録が脳裏によぎる。
記録の中で、私は誰かに抱き締められていた。
相手が誰なのか知りたいのに、蘇った記録は断片的ですぐに消えてしまう。
「……いる、のかもしれません」
「どういう意味?」
「私は脳を破損し、ここ半年ほどの記憶がないんです。壊れるまでは、誰かが私の性処理を手伝ってくれていたようですが、顔が思い出せなくて」
自分が一度壊れた事を説明すると、ジョン兵長は哀れむように私の頭を撫でた。
「その人、ジルちゃんが直ってずいぶん経つのに、顔も見せないわけ?」
「壊れてから数ヶ月間、私は起動すらできませんでした。その間に、新しい性処理の相手を見つけた可能性もあります」
「それはそれで酷いでしょ。性処理だけの関係とは言え、身体を許すくらい仲良かったのに、ジルちゃんが寝てる間に鞍替えするなんて」
だから……と、そこでジョン兵長が私の唇を指で撫でる。
「よかったら、僕としない?」
「性処理をですか?」
「うん。僕、結構上手だよ?」
自分で言う位なのだから、きっとジョン兵長は手練れなのだろう。
でもなぜか、したいとは思わなかった。
顔もわからないのに、もし触れられるならあの手がいいと思ってしまったのだ。
「結構です」
「えー、でも僕――――」
ジョン兵長は何か言いかけたが、その先は聞こえなかった。
なぜならいつの間にかやってきたウェイン中佐が、ジョン兵長の首に手刀をお見舞いし、彼の意識を落としたのだ。
「ダン、こいつをジルに近づかせるなと言っただろ」
「……言って、聞くヤツじゃないですよ。可愛い子を見たら、男でも女でも人でもアンドロイドでも、節操なく口説く男ですよ」
「よし、去勢させよう」
物騒なことを言いながら、意識を失ったジョン兵長の身体をウェイン中佐は部屋の隅に放り投げる。
「……キスされてないだろうな」
「指で撫でられただけです」
それも軽くだと言おうとした瞬間、ウェイン中佐が軍服の袖で私の唇を擦る。強めだが、唇が傷つかないように手加減はしてくれているらしい。
「口紅がついちゃいます」
「口紅なんていつの間につけるようになった」
「キャシーが、高校に行くならつけろって」
「君の唇は色も形も良いんだから必要ない」
袖が汚れることも構わず、ウェイン中佐は口紅を拭いおとす。
「この方が綺麗だ」
この方が綺麗だ。
この方が綺麗だ。
気がつけば、私は彼の言葉を記憶していた。
記憶して、念のためバックアップまでとっていた。
「あぁ、そう言うことかぁ」
そのままウェイン中佐と見つめ合っていると、成り行きを見守っていたダン兵長がぽつりとこぼした。
ダン兵長が何かを理解した顔で「うんうん」と頷くと、ウェイン中佐が彼をきつく睨む。
「誰にも言うな」
「分かってますよ。ってか、どっちみち、そっちの趣味なんですね」
「そっちって何だ」
「ロリコン」
「ち、違う……彼女は……一応……二十三歳だ」
何やら訳の分からないことを言った後、ウェイン中佐は赤くなった顔を手で覆う。
「いや、やっぱりロリコンかもしれない。俺も、いい年のおっさんだし……」
「良いじゃないですかロリコンでも。基本スペックが高い割に恋愛が絡むと残念なところ、俺は好きですよ」
項垂れたウェイン中佐を慰めるように、ダン兵長が彼の背をポンポンと叩く。
よく分からないがウェイン中佐が落ち込んでいるとわかり、私も背中をポンポンと叩く。
それから私は、こういうときにキャシーたちが使う若者言葉を思い出した。
「ドンマイ」
地球が壊れる前に流行ったその言葉を、キャシーたちは気に入ってよく使っている。
それを聞いて、私も一度使ってみたいと思っていたので言ってみた。
「ああ、こういう感じに……中佐弱いですよね」
その途端ダンが何かを悟った顔をし、「ドンマイ」と言った。
だから私ももう一度だけ、「ドンマイ」と繰り返した。
この言葉は、響きが結構好きかもしれないと思った。
だが言われた方のウェイン中佐は「ほっといてくれ」と拗ねた。
どうやら彼は「ドンマイ」があまり好きではないらしい。
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