14:恋人

 データ制作プロセスにエラー多数/ 日時不明/ 天候不明



 私は今日も、レオの夢を見る。

 でも今日は、最初から記憶がおかしかった。


「いい加減、その記憶を再生するな! 恥ずかしいだろ!!」


 突然、キスの最中にレオの表情がかわったのだ。

 甘い表情を浮かべていたはずが、レオは照れた顔で髪をかき上げている。


「もしかしてこれは、記憶ではないのですか?」


 ようやく至った回答に、レオが満足そうに笑った。

 その笑顔は、記憶の物とは違う。だから察しの悪い私も、ついに気がついた。


「レオ……なんですか?」

「他に誰がいる」

「記憶のレオ……じゃない?」

「ああそうだ。ようやくジルの意識に繋がったと思ったら、いきなり恥ずかしい夢を何百回も見せられて凄い戸惑ったろ!」

「恥ずかしい夢じゃありません、これは私の大事な記憶です」


 それを壊さないで下さいとお願いしようと言ったら、レオがいきなりキスをしてきた。

 でもそれは、何度も追体験したキスではなかった。


「夢じゃない……?」

「夢じゃない。夢を見ているお前の意識に入り込んで、たたき起こしに来たんだ」


 レオの手のひらが、私の頬を撫でた。

 やっぱりこれは、私の記憶ではない。だって感触も温もりも、まるで本物のようだ。


「レオが、ここにいる」

「苦労したぞ」

「でもそんなこと……」

「普通は出来ないが、今の俺は限りなく機械だからな」


 私の覚醒を促す為に意識を繋ぎ、感覚データを送り込んでいるのだとレオは言う。


「だからこうしてふれ合えるし、会話だって出来る」


 それは、とても嬉しいことのはずだ。けれどレオの身体が機械に近くなったから出来るのだと思うと、何だか凄く胸の奥がモヤモヤした。

 同時に彼の胸をぽかぽかと叩きたくなったので、叩いてしまった。


「もしかして、怒ってるのか?」

「わかりません。でもレオが処分されかけたことを思い出したら、こうせずにはいられなくて」

「悪い。自分でもあそこまで酷い状態になるとは思わなかったんだ」


 私の頭を撫でながら、告げる声は弱々しかった。

 反省してくれているのだとわかったが、拗ねた気持ちはまだ消えない。


「嘘です。私の記録が正しければ、最後に喋ったときレオは凄く遠くに行ってしまいそうでした」

「……万が一の事態は想定してた。でも実験が始まってからは、むしろ何が何でも生き残るつもりだったんだぞ」

「本当に?」

「レインは機械生命体工学の天才でな。もし実験が成功したら、お前の脳を直してもいいと言い出したんだ。それにキャットからも、『いつまでジルを一人にしておくつもりだ!』って毎日連絡が来てたし」

「キャシーから?」

「ジルが寂しそうにしてる動画を散々送りつけてきたあげく、『私の財力と権力で絶対ジルを直すから、とにかく帰ってこい!!!』って言われたよ」


 そして実際、キャシーは財力と権力を使って個人的にレイン中佐を脅していたらしい。私を直すという約束が取り付けられたのも、毎日のようにキャシーがレイン中佐に連絡し、時に脅迫めいた手紙や動画を送っていたお陰なのだそうだ。

 確かに夏の間中、キャシーはよく誰かに電話をかけていた。夜な夜な、ホラー映画の画像を切り取った恐ろしい動画を作り、誰かに送りつけていた。

 どうやらアレは、レイン中佐に送る為の物だったらしい。


「キャシーとレイン中佐にお礼を言わなければいけませんね」

「キャシーはともかく、レインにすることないだろ」


 そこでレオは、苛立った顔で小さく舌打ちした。


「直すと約束しておきながら、俺を目覚めさせるためにジルを利用したときはマジで腹が立った」

「じゃあレオも、今の私みたいにレイン中佐の胸を叩きましたか?」

「顔をぶん殴った。三回」

「すごく、怒っていたのですね」

「当たり前だろ。おかげで君はまた壊れたんだ」

「すみません」

「君のことは怒ってない。それにレインのことも、一応は許した。あいつはお前を直してくれたし」


 レオの言葉に、私は驚く。


「私は、直ったんですか?」

「キャシーに手伝って貰って命令も書き換えたし、記憶の一部は消えてるが概ね修復された。だから後は、目覚めるだけだ」

「どうやって目覚めるんでしょうか」

「そりゃあ王子様のキスだろ」

「王族の中に知り合いはいないのですが、どうしましょう」

「今のは冗談だ。目覚めさせるのは俺の役目だ」


 私の頭をくしゃくしゃと撫でながら、レオが笑う。


「レオは目覚ましだったんですね」

「違う、俺は君の恋人だ」

「でも、私はレオの……」


 恋人ではないと言おうとした。

 自分は物で、人ではない。

 だから違うと言いたかったのに、何故だか声が出てこない。


 代わりに、私は目の前にいるレオにぎゅっと抱きつく。


「……目が覚めたら、側にレオがいますか?」

「いるよ」

「また、キス……出来ますか……?」

「できる。だからまた一緒に暮らそう」

「一緒……」

「キャシーからもちゃんと許可は貰ってる。だから今度はずっと、永遠に一緒」


 レオの言葉を聞くうちに、私は嬉しくて、幸せで、自分がアンドロイドであることを一瞬忘れていた。


「私、レオの恋人になりたいです。恋人になって、キスをして、また一緒に暮らしたいです」


 壊れてからずっと、私はレオの記憶を眺め続けた。

 でも本当は、それだけでは全然足りなかった。


「レオとのこと、もっとたくさん記憶したいです。大好きって言葉も、キスも、もっと欲しいです」

「俺も同じだ」

「本当に?」

「ああ。それにもう一つ、君に記憶して欲しい言葉もある」


 言いながらレオが私に、優しいキスをする。


「ジル、俺は君を愛してる。誰よりも、どんな物よりも、君を愛してる」


――君を愛してる

――君を愛してる

――君を愛してる


 私はその大切な言葉を、記憶することが出来た。

 消えないように、二度と忘れないように、大事に大事に記憶することが出来た。


「さあ起きるんだジル。そしてもう一度、君に告白させてくれ」


 穏やかな声が私を目覚めへと誘い、自然と瞼が降りていく。


 彼が見えなくなると不安になったが、記憶を参照し、無理矢理レオを捜す必要はない。目覚めたら、彼はきっと側にいてくれる。私に微笑んで「愛してる」と言ってくれる。


 そしてそのときは、私も彼に愛してると返したい。


 初めての言葉なので使い方を間違えるかもしれないけれど、例えヘマをしても、レオは笑って許してくれるはずだから――。

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