03:第4世代型アンドロイド
第7宇宙歴123年/ 8月16日/ くもり
「ジルちゃん、最近調子よさそうだよね」
整備担当のミカエルに微笑まれ、私は改めて自分のデータにアクセスし現在の状態を示す数値を確認した。
「普通です。いつもの調整値と、特段代わりはありません」
「でもこう、ぱーってしてるよね」
「ぱーっですか」
「キラキラッって感じもする」
「キラキラッですか」
ミカエルは有能なアンドロイド整備士だが、言語機能に欠陥があるのか時々意味不明なたとえをする。
しかし彼の言葉を、私の調整を見守っていた
「やっぱりあれよ、恋の力よね」
「ジルちゃんが恋!?」
「そうなのそうなの! ジルったらね、最近毎日朝帰りなのよ! 仕事が終わると、すぐダーリンのところに行っちゃうの」
「ダーリンではありません。レオです」
間違いを訂正しただけなのに「名前呼びーーー!」と二人が甲高い声を重ねる。どうやら私は二人は私とレオの関係を誤解しているらしい。
「レオはただの友人です。『ずっこけハム二郎三世』友達です」
「えっ、あの三歳児にしか人気の無い漫画……ジルちゃん以外に好きな奴なんていたの?」
ミカエルの言葉を、私は肯定する。
「ずっこけハム二郎三世って、ハムスターがわちゃわちゃする漫画でしょ?」
「いえ、それは地球歴時代に流行ったとっとこハム太郎という漫画です。ずっこけハム二郎三世はカミサマから心をもらったボンレスハムが繰り広げるハートウォーミングコメディです」
「それきいても、面白さが一個も分からないんだけど」
ミカエルの言葉に主も頷いている。
ずっこけハム二郎三世の話をすると、たいていの人は面白いといってくれない。
だからこそ、私はレオと一緒に過ごしてしまうのだ。
彼はハム二郎のお友達の名前を全員言えるし、『こりゃハムッたぜ!』というお決まりの台詞を真似するのが凄く上手い。
それを聞きたくて、私は勤務時間が終わるとレオの所に出かけてしまう。
「ねね、そのレオさんってどんなひと? 何の仕事してるの?」
ミカエルが身を乗り出してくるが、私より先に主が「たぶん無職」と答えた。
「ジルから無理矢理引き出した情報によると、バーと家の往復しかしてないみたいなのよね。結構広めの家に住んでて時々ハウスキーパーが掃除しにくるっていうからボンボンだと思うけど、自分のことは全然語らないんだって」
主の言葉を、私は肯定した。
ずっこけハム二郎三世についてはあれほど饒舌に語るのに、レオは自分のことについて語らない。私のことも、あまり興味が無いのか聞いてこない。
「ねえ、そのひとやばい仕事とかしてないよね? 突然鬼畜な男に豹変して、僕のジルちゃんを酷い目に遭わせたりしないよね」
ミカエルが何やら不安がっているので、私は彼の言葉を否定した。
「お忘れのようですが、旧世代型とはいえ私は戦闘用アンドロイドです。いざとなれば成人男性くらい一瞬で破壊できます」
「そうよミカエル! 強いからこそお父様がジルを私にくれたのを忘れた?」
主の言葉もあり、ミカエルは不安そうな表情を消す。
「でもあの、何かあったら僕に言うんだよ。心のメンテナンスも僕の仕事だからね」
ミカエルの言葉に、私は了解だと告げた。
■■データ破損につき■■一部■記録の破損■がみられる■■
「……と言うことがあったのですが、レオは突然鬼畜な男に豹変する予定はありますか?」
「無いから安心しろって、お前の友達とご主人にお伝えしとけ」
レオの言葉に、私は了解だと告げた。
「ただちょっと、今の話聞いて安心した」
「安心?」
「普段あんまり感情が出ないから、酷い主人に所有されているのかと思ってたんだ。でも、そういうわけでもないみたいだな」
「主はとても優しくて素敵な方です。それに私の感情が無いのは主のせいではなく、脳に欠損があるからです」
「欠陥?」
「私は第4世代型アンドロイドなんです」
告げると、レオは哀れむような顔をする。
私が第4世代型だというと、大抵の人は彼のような顔をする。
通常のアンドロイドと、第4世代型アンドロイドでは製造方法に大きな違いがあるのが、その理由らしい。
通常、アンドロイドは『機械型生命体』と呼ばれる生き物を用い、生成される。
機械型生命体とは未開の銀河からやってきた外来種で、かつて地球を破壊した人類の脅威であり宿敵だ。
そんな機械型生命体のパーツと、人間の遺伝子から複製されたクローン体を組み合わせて作られたのが、アンドロイドとよばれる種族である。
肉体は作り物だが、人の心を模した感情と記憶を入れることで、アンドロイドは人のように考え、行動する。
アンドロイドのAIは長年進化を続けており、今では人とまったく同じように振る舞うことを覚え、人権だってもっている。
だが私第4世代型のアンドロイドには、そのAIが入っていない。
「第4世代型ってことは、君は元々人間だったのか?」
レオに尋ねられ、私は肯定した。
機械型生命体を使うのは同じだが、第4世代型は人間の死体に機械を組み込むという方法で生成される。
そのうえ組み込まれるのは、活動停止前の――いわゆる生きた状態の機械型生命体だった。
人間の身体に機械型生命体を寄生させ、肉体の80%以上をあえて機械に侵食させることによって、秀でた戦闘能力を持つアンドロイドを作る――という理論である。
これにより、死者を生き返らせることもまた可能になると、考える科学者もいたらしい。
だが手術に成功できる確率は低く、成功してもほとんどのアンドロイドは脳を破壊され、元の記憶や感情を失ってしまう。
死への冒涜だという声も上がり、すぐさま第四世代型アンドロイドの製造は中止された。
ただ人間の身体に機械型生命体を寄生させるという研究は残り、今も『強化人間』と呼ばれる兵士をつくる技術として生きている。そのため、第四世代型の存在を知る人は多い。
「第四世代型が製造されたのは70年以上前だろ? 君はそんなに年寄りなのか?」
「いえ、私が作られたのは約20年前です」
「まさか、このご時世にまだあんな馬鹿げた手術を行う奴がいるのか……?」
「この広い宇宙では、条例が及ばぬ場所もあります。私が住んでした惑星ガニメデもそのひとつで、機械型生命体との戦争が終結する7年前までは私と同様の方法でアンドロイドとなった子供は沢山いると思われます」
「君もそのうちの一人だと」
「一人ではなく一体です。私は、肉体のほとんどを機械型生命体に浸食されていますし、人の部分は全体の約19%しかありません」
僅かに目を見張り、レオが私の頬をそっとなでる。
そうされると心地よくて、私は猫のように目を細めふっと息を吐いた。
「君は、いくつの時に死んでアンドロイドになったんだ?」
「3つです。私の持つ記録が正しければ、貧しかった両親が私をアンドロイド技師に売りました」
「待ってくれ、まさか君は生きたまま……」
「いえ、機械型生命体との融合手術をほどこすために、技師の手によって私は殺害されました」
説明してから、私は少し話しすぎたと気づく。
「申し訳ありません、レオは私に興味が無いのに色々と喋りすぎました」
私達がこうしているのは、ずっこけハム二郎三世についての話をするためだ。
このような身の上話は彼には不快だっただろうと思い、私は漫画に目を落とす。
「興味はある。それに君が話したいと思った事は、聞きたいとも思っている」
言いながら、レオが私の身体を抱き寄せた。
そのまま、私達は腰掛けていたベッドの上にゆっくりと倒れ込む。
「性処理をなさいますか?」
ずっこけハム二郎三世の漫画をどかしながら尋ねると、レオはそこで首を横に振った。
「したいのか?」
「今日はそれほど」
「なら漫画を読むか?」
肯定しようと思ったが、何故だか『このまま彼と見つめ合って過ごす』という選択肢が浮かぶ。
「このまま、というのは?」
「抱き合ったままごろごろしたいのか?」
「したい……かどうかはわかりません」
「じゃあ、試してみるか」
言われるがまま、私はレオの腕をマクラにじっとしてみる。
肩や背中をレオが優しく撫でられると、身体からゆっくりと力が抜けて眠くなってくる。
普段は自分で休眠モードにしないと眠れないのに、不思議だった。
「寝ても良いぞ」
「でも、すこし、勿体ないきがします」
レオの側にいると、彼の話を聞きたい、目を見ていたいと思う。
だから寝てしまうのは勿体ないと告げると、私の背中を撫でる手つきが一際優しくなった。
「起きたら、おしゃべりすりゃいだろ」
「でもレオ、私が起きたときベッドにいないことが多いから」
性処理をして目覚めた朝、レオはよく部屋から消えている。
隣の部屋にはいてくれるが、一人で起きた朝は何かが足りないような気分になる。
「すまん、君が寂しがってるとは思わなかった」
「寂しい?」
「そうか、寂しいも知らないのか」
「すみません」
「謝るな。分からないなら、知っていけばいいだろ」
「レオが、教えてくれますか?」
尋ねると、レオは小さく笑う。
「実は、俺がベッドからいなくなるのも寂しいからなんだ。側にいて君の寝顔を見ていると、もっと君が欲しくて別れが辛くなるから」
「別れたくなくなるのが、寂しいということですか?」
「ああ。でも君はいくら引き留めても『仕事だ』と言って問答無用で出て行くだろう? その寂しさに耐えるために離れていたが、もうやめる」
言いながら、レオが私の唇を優しく奪う。
「君に寂しい思いをさせたくないからな」
「じゃあ、起きたときも側にいてくれますか?」
「ああ。その代わり一つだけ条件をつけても良いか?」
「なんでしょう」
「帰る前に、必ず俺とキスをしてほしい」
「それをしたら、レオの寂しいがなくなりますか」
「完全には無理だが、少なくなると思う」
だったら拒む理由はない。
「じゃあそうしましょう」
「約束だ」
言って、レオが自分と私の小指を絡めた。
「これは?」
「昔、人間が地球に住んでいた頃にやってた、約束のまじないだ」
「おまじない?」
「そう、ゆびきりってやつだ」
小指を絡めながら、レオが不思議な歌を歌った。
それを聞いていいると眠気が増して、瞼が重くなってくる。
「おやすみ、ジル」
「おやすみ、レオ」
誰かにおやすみと言うのは初めてだなと思いながら、私はレオの胸に顔をくっつけた。
そうしていると暖かくて、心地よくて、私は瞬く間に眠りへと落ちていった。
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