11:お見送り

第7宇宙歴123年/ 11月1日/ 快晴



 レオの家のリビングに、私の『大好き』を詰め込む棚が出来た。

 最初に棚に置いたのは、レオが「プレゼントだ」と言って渡してくれたずっこけハム二郎三世の漫画だ。


「今日からこれは二人の物だ。だから、ここにいれておこう」

「でもこの漫画は、レオの宝物なのではないですか?」

「宝物だから、ジルと共有したいんだよ」


 レオの心遣いが嬉しくて、私達は二人で漫画を楽しく並べた。途中うっかり読んでしまい、並べ終わるのに三時間もかかった。

 それでもまだ棚は開いていたので、彼がおもしろいと薦めてくれた地球歴時代のビンテージコミックも置いた。

 赤いマントのヒーローが悪者を倒す、とても格好いいコミックだ。


「気に入ったか?」


 午前中からお昼過ぎまでずっと棚の前に立っていたら、レオが背後からぎゅっと抱きしめてきた。


「はい。なんかいいとおもいます」

「『なんかいい』気に入ったか」

「気に入りました」

「じゃあ今日は好きなだけ見ていればいい。あと、俺は仕事で少し出るけどいいか?」

「はい。留守番をしています」

「冷蔵庫の物は好きに食べて良いし、家にある物は何でも好きに使え」

「はい」


 私が頷くと、レオは満足げに頷く。


 それからレオはひげを剃り、髪を整え、そして初めて見る服に袖を通した。


「レオ」

「なんだ?」

「レオは、ボンボンではなく軍人さんだったのですね」


 軍の制服を来たレオがバスルームから出てくるのを見て、私は尋ねた。


「もういいかげん、その誤解は解けてると思ってたんだが」

「ちゃんとしてる姿、普段あまり見ないのでやっぱりボンボンだと思っていました」

「ボンボンじゃねぇよ。金持ちなのは否定しないが、資産も爵位も自力で得たものだ」

「爵位も持っているんですか」

「あー、そういえば、言ってなかったな……」


 指で頬をかきながら、何故かレオは不安そうな顔をする。


「お前は、ボンボンの方が……好きか?」

「いえ、ボンボンという立場には何も感じません」

「じゃあ軍人は?」

「同じです。職業や出自に関して、特に好きとか嫌いとか考えたことはありませんし、考える予定もありません」

「そっか」


 ほっとした顔で言って、レオはコートを羽織りながら玄関へと向かう。


 そのときふと、前にキャシーとみた映画のワンシーンが浮かんだ。

 それは軍人の妻が、出かける夫を送りだすシーンだった。


「レオ」


 気がつけば、そのシーンをなぞるように私はレオに近づいた。

 そっと背伸びをして、扉を開けようとしていたレオの唇をそっと奪う。


「いってらっしゃい」


 送り出すためのキスだったのに、次の瞬間レオは開けた扉をバンッと閉じた。


 そして閉じた扉に私の身体を押しつけ、食らいつくように唇を奪う。


「遅刻したら、君のせいだ」

「意味が分かりません」


 遅刻は他の誰でもなく、遅刻した本人の責任だろう。

 そう言いたかったのに、言葉は全て唇ごとレオに奪われてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る