虫に刺されたんですか?

朝。エレナと共に生まれたままの姿で目が覚める。


一糸まとわぬ姿で寝るのはエレナのクセだが、エレナと同じベッドで寝るうちに、テルミットにも移ってしまったらしい。


彼女の柔らかさを全身で感じながら、長い銀髪を撫でた。


ふと、エレナが目を覚したようで、ぼんやりとこちらを見つめていた。


「おはようございます、エレナさん」


「おはよう、テル」


普段の聡明さはなりを潜め、ほにゃっ、と無邪気に綻ぶ。


普段のエレナらしからぬ魅力を独り占めしながら、前から抱き締めるような形で髪をとかす。


「あれ?」


エレナの首元に、赤く腫れたような点が、ポツリとあるのが見えた。虫に刺されたのだろうか。


よく見ると、体の至るところにそれはあった。二の腕に。指の間に。鎖骨に。おへそに。太ももに。足の甲に。


その場所には覚えがあった。昨夜、エレナと愛し合った際に、テルミットが執拗に愛撫したところだ。


かぁっ、と頭に血が登っていく。つまり、これは……。


赤い点はテルミットが残した愛撫の痕跡で、それが朝になっても残っており、昨夜の激しさを物語っていた。


その事実に気づくと、身体が熱くなる。そして、それは興奮した際に全身から一際血液を集められる一点に集中され、エレナの身体に押しつけられた。


「おはよう、テル」


完全に覚醒した様子のエレナが、ニヤニヤとテルミットを見つめる。


「キミの身体はずいぶんと早起きだね。そんなにボクが恋しくなったのかな?」


からかうような口調に、慌てて否定する。


「ち、ちち違いますよ! その、これですね。なんと言いますか……」


返答に窮していると、エレナが助け舟を出してくれた。


「わかっているよ。男の子特有の生理現象だろう?」


「そ、そうなんです!」


「でも、このままじゃ辛いだろう。鎮めてあげようか?」


「だ、大丈夫です! 放っておけば収まりますから!」


「おや、テルはシたくないのかい?」


頬から唇へ。エレナの指が桃色の唇へ滑る。


思わず視線が吸い寄せられる。ごくりと生唾を飲み込んだ。


自然と視線が彼女の身体へ吸い込まれていき、否応なしに密着している部分に感覚が集中していく。


肌の手触りが。感触が。触り心地が。柔らかさが。彼女の身体を貪りたい衝動に駆られ──


──意識が制御不能になるまえに、なんとか踏みとどまる。


「ほ、放っておけば収まりますから!」


「説得力がないね」


ニヤニヤと笑うエレナのお尻には、先程よりも力強くそそり立つそれが押し付けられていた。


エレナの誘惑を振り払い、着替えを済ませる。


エレナが普段着に着替えると、思わずそこに目を奪われてしまう。


いつもの彼女とは違い、今日は露出の多い服装をしていた。淡いブルーの薄手のワンピースに身を包み、開いた片口からエレナの肌が覗く。


首元に残る赤い点。大きく開いた胸元。鎖骨に浮かぶ点が、妙に生々しい。二の腕の点がチラリと顔を覗かせて、思わず視線が吸い寄せられる。


普段は身につけているタイツなく、その白い素足に赤い点が見えた。


いつものエレナらしからぬ軽装。吸血鬼の彼女は露出を嫌うため、普段はあまり肌を出さないのだが、今日はいつになく肌をあらわにしていた。


「え、エレナさん。それは……」


「ああ、今日は暑くなりそうだからね。いつもよりも涼しげな格好にしてみたよ」


清涼感のある服装に、普段のエレナらしからぬラフな格好。いつもの格好が“淑女の普段着”だとすれば、今の格好は“レディの休日”といったところか。


思わず心を奪われてしまう。


「もしかして、似合ってなかったかい?」


言葉を失うテルミットに、エレナの声に不安が混じる。


「いえいえ! そんなことありません! すごくよく似合ってますよ!」


「そうかい?」


予想以上に褒められたせいか、エレナの頬がほんのりと色づく。


うぶな反応に、微笑ましさを感じる。身体に性交渉の痕跡を残したまま、生娘のような顔をするエレナに、思わず胸の奥が昂ぶりそうになる。


意識してエレナの方を見ないようにしていたせいか、たびたび訝しげな視線を送られることになった。


今日の彼女には、性交渉の証がこれみよがしに晒されている。食事をしている時も。家事をしている時も。テルミットに勉強を教えている時も。何気ない日常を過ごすエレナの身体が昨夜の激しさを物語っている。


そのアンモラルな姿に、身体が熱くなっていくのを感じた。


「どうかしたのかい?」


「い、いえ、何でもありません……」


何度目かのやりとり。エレナがムッと頬を膨らませた。


「今日のテルは、なんだか様子がおかしいね。まるでボクのことを避けているみたいだ」


じっと睨まれ、思わず怯んでしまう。


避けているわけではないのだが、それを答えることはできない。「身体にエッチの痕跡が残ってますよ」などと、口が裂けても言えやしない。


「もしかして、やっぱり似合ってなかったかな?」


不安げな声をかき消すように、テルミットが声を荒らげた。


「そ、そんなことありませんよ! すごく似合ってます!」


「そ、そうかい……?」


恥ずかしそうに、もじもじと太ももを擦るエレナ。


見た目相応な反応に、テルミットの中の何かが開きそうになってしまう。


テルミットの反応を見て、エレナが考えるような仕草をした。


「それならどうして……。ああ、それともこっちの方かな?」


大胆に胸元を広げて、これみよがしに鎖骨についた赤い点を晒す。


不意打ち気味に目の前に飛び込んできた白と赤のコントラストに、動悸が早くなる。


「き、気づいてて露出していたんですか!?」


「当たり前だよ。鏡の前で身だしなみを整えるのも、レディなら当然のことだ」


「そ、その、気にならないんですか?」


「何がだい?」


「いや、だって、これは、その…………」


「歯切れが悪いね。男の子なら、ハッキリ言ったらどうなんだい?」


エレナに発破をかけられ、なけなしの勇気を振り絞る。


「こ、これは、昨夜僕がエッチの最中につけたわけで、そうなるとこれは、それだけ激しいエッチをした証に他ならないわけで……」


ふむ、とエレナが考え込むような仕草をした。


「そういう見方もあったのか。ボクとしては、テルがたくさん愛してくれた証だと思っていたが」


「は、恥ずかしくは、ないんですか……?」


「なぜだい?」


「だ、だって、その……」


この赤い点を見ているだけで、昨夜の情景が脳裏に浮かぶ。情欲の証。淫靡の烙印。


「逆に考えてみてほしい。もし仮に、テルの全身にボクのキスマークが残っていたら、どうだい?」


エレナに言われて想像してみる。エレナから全身を愛されて、翌日まで残るほど激しく、深く愛し合ったらどうだろうか。その結果として「私は昨日たくさんエッチをしました」という烙印を押されたとしても、エレナと愛し合った代償ならむしろ誇らしいと感じるはずだ。


全身をエレナのキスマークで満たされたなら、それはきっと、昨夜の余韻だけで幸せな一日を過ごせるだろうし、常にエレナを感じることができるに違いない。


そのことをエレナに告げると、頬を赤くして同調した。


「つまりはそういうことなんだ。たしかにえっちではあるけど、それだけテルが愛してくれたわけだからね」


堂々とテルミットに告げると、軽く頬を染めて自らの身体を抱き締めた。


「けれど勘違いしないでおくれよ。こんな姿を見せるのは、テルだけだからね」


「わ、わかりました……!」


その日から、テルミットは胴体や太ももといった露出の少ないところにエッチの痕跡を残すようになり、エレナはテルミットの手や顔といった露出の多いところに痕跡を残すようになった。

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