2-3 十字架と吸血鬼
冒険者ギルドに到着すると、早速採取した薬草を渡した。
「確かに受けとりました。それでは、しばらくお待ちください」
報酬を用意するのか、受付嬢はカウンターの奥へ引っ込んだ。
待たされるのはわかっていたとはいえ、やはり暇だ。なんとなく手持ちぶさたで辺りを見回していると、奥の席で大柄な男が騒いでいるのが目についた。
装備もテルミットの物とは比べ物にならないほど良いものを持っているようだ。おそらく、それだけ稼ぎがいいのだろう。
彼らの騒ぎ声が耳に入ってくる。
「本当にあのキンググリズリーを倒したのか!?」
「当たり前ェよ。ほら」
大柄な男がキンググリズリーとおぼしきモンスターの頭部を机に乗せた。すると、周囲の冒険者が沸き立った。
「すげえ、本当に狩っちまったのかよ!」
「こんなの狩れるのなんか、ガルドくらいしかいないぜ!」
「まあな!」
満更でもなさそうに笑う、ガルドと呼ばれた大柄男。
「おかげで、デケェのも貰っちまったがな!」
ガルドが後退した生え際の目立つ頭を示す。そこには、一歩間違えば命を失いかねない傷痕が生々しく残っていた。それだけガルドの激闘を物語っていた。
周りの冒険者が興奮した様子でガルドの話を聞くのを、テルミットは離れた所から眺めていた。
羨ましい。あのガルドという男は、自分の力で強力なモンスターと戦い、生きてここにいるのだ。
そして、冒険者たちに自身の英雄譚を披露して、周囲からの羨望を独り占めしている。
自分の憧れた冒険者そのものだ。
方や自分はどうだろうか。夢を諦めきれず、惨めに冒険者にしがみついている自分は、いったい何者なのだろうか。
考えれば考えるほど惨めな気持ちになっていく。
今はエレナの屋敷でぬるま湯につかるような生活を送っている。そんな中、他の冒険者は着々と実績を残して、自分の手の届かないところにいる。
戦うことが怖くないのだろうか。人外の生命体が恐ろしくはないのだろうか。
その場で足踏みし続けるだけの自分では、彼らの内面を知ることはできない。
おそらく、そんなテルミットをエレナは温かく受け入れてくれるだろう。
エレナのとの生活は心地いい。だが、そんな自分の足元を焦がすような焦燥感だけはついて回る。
本当にこれでいいのかわからなくなる。
テルミットは大袈裟に頭を振った。
これ以上は考えないようにしよう。テルミットはガルドたちの席から意識を反らせた。
やがて、受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが今回の報奨金です」
渡された金は銀貨が2枚。冒険者の稼ぎとしては決して多くはない。
ガルドはいったいどのくらい稼いでいるのだろうか。テルミットの報酬など目ではないくらいは稼いでいるに違いない。
足元から伸びた影を引きずるように、テルミットはギルドを出た。
それからアクセサリーを売っている店にやってきた。
自分用に買うのではなく、もちろんエレナへのお土産用だ。
こういった店にやってきたのは初めてで、思わず目移りしてしまう。
赤い石の入ったペンダントを手に取る。エレナの瞳と同じ緋色の石が美しく、この緋色のような気品漂う美しさを持つ彼女によく似合うことだろう。
エレナが身につけたところを想像する。
━━うん、素敵だ。すごくいい。
これにしようかとも思ったが、隣の黒い石のペンダントも気になった。夜の闇を切り取ったような黒が、エレナのミステリアスさとマッチしていて、これもよく似合うことだろう。
これがいい。いやいやこれが。迷っているうちに、何を選べば良いのかわからなくなってきた。
宛もなく店内を物色していると、店主らしき男が話しかけてきた。
「彼女にプレゼントするのかい?」
「まあ、そんなところです」
正確には彼女ではないが、彼女と言われて悪い気はしない。素直に乗っかることにした。
「これなんかオススメだよ」
店主が差し出したのは、十字架のネックレスだった。
華美な装飾があるわけではないが、シンプルなデザインで贈り物として悪くない。
エレナが身につけたところを想像する。エレナが本来持つ清楚さと気高さが強調されて、非常に魅力的だ。
「いいですね」
にやけそうになる顔を必死で堪える。
「大事な人に贈るなら、これが一番だ」
「どうしてですか?」
「昔この辺りで、吸血鬼が出たらしいんだ」
「え、そうなんですか?」
思わず辺りを見回す。
「昔の話だよ。そういう伝説が残っているんだ」
「なんだ、ただの昔話ですか」
ほっとするテルミット。吸血鬼に襲われたらどうしよう、と一瞬心配してしまった。
「だから、大事な人には十字架をあげるっていう風習が残っているんだ。吸血鬼からお守りくださいってな」
屋敷を出る前にも思ったことだが、どうやらエレナは迷信や儀式めいたものを信じるたちのようだった。
それならば、十字架を贈るのも悪くないかもしれない。
「じゃあそれを一つください」
「あいよ」
店を出て路地を抜けると、見覚えのある顔が見えた。先ほど冒険者ギルドにいたガルドとかいう男だ。妙齢の女性と何やら言い争いになっているようだ。
「ちょっとアンタ! 今月の生活費がまだ全然足りないよ! いったい、いつになったら金を用意してくるんだい!」
「うるせェな! いいだろ、ちゃんとキンググリズリーを狩ってきたんだからよ!」
「狩ったって、アンタねぇ……。それにしちゃあ、報酬が少なすぎやしないかい!? どうせ、他の冒険者の後ろにくっついていただけなんじゃないだろうね!?」
「う、うるせェ! 俺だってやることはやったんだからな! とにかく、金が必要だってんなら、すぐに他の仕事受けて金を用意するからな! 他の冒険者に余計なこと言うんじゃねェぞ!」
「あんたに言われたかないよ!」
一通り言い合ってガルドがその場を後にしようとすると、テルミットと目があった。
テルミットに気づくと、生え際の後退した頭を押さえて「失敗した」という顔をした。
「……見てたのか?」
「すみません。あの、失礼ですが、さっきの人は?」
ガルドが諦めたようにため息を吐いた。
「……俺の女房だ」
ガルドに連れられ、テルミットはガルドの馴染みだという酒場にやってきた。
所持金が少ないからと断ろうとしたものの、ガルドに押しきられ席につく。
ガルドがブドウ酒二人分と、適当なつまみを注文した。
帰ったら、エレナが食事を用意して待っているかもしれない。できるだけ食事は取らないでおこう。
運ばれてきた燻製肉をガルドが摘まむ。
「まったく、女房のやつ……冒険者ってものをまるでわかってねェよ。二言目には金金うるせェしよ……!」
どうやら、ガルドは妻の愚痴を誰かに聞いて欲しかったようで、ブドウ酒を片手に延々としゃべり続ける。
テルミットとしては早くエレナの元へ帰りたかったが、席を立つなんてことはできそうにない。
心の中で早く終わらないかと祈ることしかできなかった。
「若い頃はべっぴんだったんだがなぁ……。今じゃあ、ただの口やかましいババアだ」
「はぁ」
適当に相づちをうつ。
「怒ると何でもかんでも手当たり次第投げつけてくるしよ……。おかげでこのザマよ」
ガルドは自嘲気味に、頭の傷を指差した。
「あれ、それってキンググリズリーにつけられたとか言ってませんでしたっけ?」
聞き覚えのある話題に、思わず口を挟んでしまう。
ガルドが顔をしかめて口ごもる。
「それは……そうなんだが……。でもよ、女房につけられた傷ってのじゃ締まらねェじゃねえか。だから、そういう話にしたんだよ。……他の奴らには秘密だぞ?」
コクリと頷くテルミット。
意図せず弱味を見せてしまい、どうにも居心地が悪くなったのか、ガルドは席を立った。
「ここは俺が出してやるよ。ただし、これで貸し借りナシだからな!」
そう言って、ガルドは酒場を後にした。
残されたテルミットは、コップに残ったブドウ酒に口をつけた。
ギルドではあれだけ他の冒険者に自身の英雄譚を聞かせていたガルドも妻には頭が上がらず、あれだけ自慢げに披露していた傷痕も、妻からつけられたものだった。
おまけに、ギルドではあたかも一人で狩ったかのような口振りだったキンググリズリーも、実は他の冒険者と一緒になって狩ったものだという。
自分の中で張り詰めていた糸が絶ちきれたような気がした。
他の冒険者に英雄譚を披露するような冒険者というのは、自分にとって雲の上の存在のように考えてしまっていたが、そんなことはなかった。
彼らにも生活があって、見栄やプライドがあって、そこで折り合いをつけながら生きている。
自分と何も変わらないじゃないか。
軽くなったような気持ちで、テルミットは酒場を出た。
今日は町に長居し過ぎてしまった。既に日は落ちかけており、今から山を駆け回りエレナの元へ帰るのは危険かもしれない。
でも、それでもエレナの元へ向かう足取りに迷いはなかった。
エレナが自分の帰りを待っているのだ。それだけで、テルミットの背中を押す力としては十分過ぎた。
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