4-3.3 抜けない癖

 二週間も経過すると、エレナの視力は順調に回復したようだ。視力を確かめるように、あちこちに視線を向けていた。


「うん、完全に治ったよ」


「それは良かったです」


 テルミットが下手な愛想笑いを浮かべる。


 本来であれば喜ばしいことに違いないのだが、なぜだか寂しい気持ちが湧き上がる。

 エレナの世話をすることに、心地良さと自分の居場所のような物を見出していたのかもしれない。


 ぺちん。喝を入れるべく、自分の頬を叩いた。


 エレナに悟られる前に、気持ちを切り替えねば。


 朝は彼女に着替えを用意しなくてはならない。慣れた様子でタンスを漁ると、すぐに白い下着の上下セットを着せにかかる。


「あの、テル……?」


「なんですか?」


 返事をしながら、エレナの小ぶりながらも形の良い果実をブラに収める。


「その、目が治ったのに、お世話は続くのかい?」


 テルミットの手が止まった。


 自分は盲目となってしまったエレナの手伝いをするべくここにいて、視力の戻ったエレナには手伝いは必要ないわけで。


 テルミットの顔が赤くなっていく。


「す、すすすすみません。すぐに部屋から出ます!」


 エレナのショーツを置いて退散しようとするテルミット。


「ああ、いや、そんなに慌てなくてもいいよ。今までずっとテルにお世話をしてもらっていたもんね。急に元に戻すなんて、戸惑うのも無理ないよ」


 エレナのフォローが心に刺さる。言わせているような気がしてしまい、自分が情けない。


 ダメだ。このままでは。情けないままの自分でいるなんて。


 強くあろう。己を律そう。それが自分の望んだ、冒険者のあるべき姿なのだから。






 テルミットの決意も虚しく、それから何度もエレナの世話をしてしまった。食事の際に「あーん」と食べさせてしまったり、移動の際には手を繋いでしまったり、一緒にトイレに入ってしまったり、一緒のお風呂に入ろうとしてしまったりと、エレナが盲目だった頃のクセが残ってしまう。


 つくづくエレナの世話が身体に染みていたのだと実感した。


 あれだけ意識していたつもりだったのに、気がつくと世話を焼いてしまう。


 自室に戻ったテルミットは、はぁ、と深いため息を吐いた。


 わかっていたはずなのに。あれだけ意識していたはずなのに、どうしてこうもうまくできないのだろう。


「僕って、ダメなやつだなぁ……」


「そんなことないよ」


 突然声をかけられ、椅子から転げ落ちそうになる。


「うわぁ、いつからそこにいたんですか!?」


 エレナは黙ってテルミットの頭を撫でた。不思議と気持ちが落ち着いていくのがわかる。


「ほんとのことを言うと、今日でテルのお世話が終わってしまうのかと思うと、少し寂しかったんだ。だから、テルがボクの世話をしようとしてくれて、すごく嬉しかった」


 まっすぐなエレナの言葉がむず痒い。恥ずかしくなって顔を背ける。


「それに、クセが残っているのは、悪いことじゃないよ。それだけテルが頑張ってお世話をしてくれた証でもあるからね」


「エレナさん……」


「焦らなくても、ゆっくり慣れていけばいいんじゃないかな。時間なら、たっぷりあるわけだし」


「……そうですね」


 エレナの手を取り、自分の胸にあてた。心地よい温度が身体に染み渡る。


「それじゃあ、テルには今日もボクと一緒に寝てもらうね」


「えっ!?」


「ゆっくり慣れようって言ったじゃないか。ボクはまだ、テルなしで一人で寝るのに慣れていないんだ」


 テルミットが来るまでは一人で過ごしていたというのに、しれっと言ってのけるエレナ。

 クセをなくそうだなんて、余計な考えだったのかもしれない。テルミットは一人苦笑いを浮かべた。

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