4-3.2 永遠を求める

 盲目となったエレナの世話を始めてから、1週間が経過した。


 風呂場でエレナと交わってからというもの、徐々にスキンシップが過激になっていった。


 あるときは風呂場で。あるときは食堂で。あるときはエレナの自室で。またあるときはは真夜中の庭で。場所も選ばず、始めて性の悦びを知った若者のように互いを貪りあった。


 流されるままに行為に及んでしまう自分の意志の弱さに、ため息が漏れた。


 このままではいけない。なあなあのうちにエレナと既成事実を作って結ばれるなど、自分の求めた関係ではない。


 隣で眠る彼女の髪を撫でる。昨晩は夜通し愛し合ったせいか、目が覚める様子はない。抵抗なく、するすると指の間を滑る髪が気持ちいい。


 やがて、目が覚めたエレナが、上体を起こして猫のようにごしごしと目を擦った。


「おはよう、テル」


 無防備に起伏の乏しくも形の整った双丘を晒しながらあくびをする。


 ここ最近はずっとエレナと共に行動していたため、彼女は朝が弱いことは既に把握済みだ。


「おはようございます、エレナさん」


 彼女の頭が覚醒するまで手ぐしで髪をすくのも、ここ最近で日課となりつつある。


 やがて、エレナが覚醒するのを確認すると、テルミットは姿勢をただした。


「あの、エレナさんに大切なお話があります」


「なんだい、あらたまって」


 普段と違う様子を察したのか、エレナも背筋を伸ばして正座になる。


「ごめんなさいっ!」


 その場で土下座をするテルミットに、エレナが困惑した。


「えっ、どうして謝るんだい?」


「その、最近の僕は、あまりにも不誠実で無責任でした。自分自身の欲望に流されるまま、エレナさんと、その、シてしまって……」


 次第にテルミットの言葉尻すぼみになる。


「一度だけでなく、何度も何度もシてしまって……。お風呂場でも、食堂でも、台所でも、エレナさんのお部屋でも、お庭でも、廊下でも、図書室でも、倉でも、裏庭でも、トイレでも、僕の部屋でも……。これも、すべては僕の意志の弱さによるものです」


 頭を下げ、赤裸々に己の弱さを告白する。慌ててエレナが否定した。


「テルのせいじゃないよ。この件に関して、落ち度は完全にボクにある。テルがボクに夢中になるのが気持ち良くて、つい調子に乗ってしまったんだよ」


 申し訳なさそうに頭を下げるエレナ。その謝罪を遮るように宣言する。


「とにかく、責任を取ります」


「責任?」


「えっと、その……お、男としての、責任です!」


 遠回しな言い回しに、エレナの頭に疑問符が浮かんだ。


 言葉でそれを伝えるのは気恥ずかしい。エレナの手を取ると、手の甲にキスをした。


 1回。2回。3回。湿っぽい音と共に繰り返されるそれは、6回目で打ち止めとなった。


「っ……!」


 それの意味することに気づき、エレナの顔が赤く染まる。


 6度のキス。それが意味するところは、永遠を意味する7より一つ少ないことから、『欠けた永遠』から、『不完全』や『永遠を求める』という意味になる。そして、異性に6度キスをする際には、その意味が変化する。


『永遠を求める』から、『異性に求める永遠』すなわちプロポーズとなる。


「これが僕の気持ちです」


 自分が考えうる、最大限の愛情表現をしたつもりだ。


 これだけ想いが通じ合って、身体を重ねた仲なのだ。拒絶されるとは考えにくい。


 理屈の上ではそうだとわかっていても、内心では平静を保てない。狂ったように心臓が脈打つ。


 エレナの顔を見ることができない。期待と不安が胸を渦巻く。


 テルミットの頬にエレナの手が触れたかと思うと、顔をあげるよう促された。


 そこには、生娘のように頬を染めてたエレナの姿があった。期待の篭った緋色の目がテルミットを見つめる。


「ちゃんと、テルの言葉で伝えてほしい」


 逃げるな、と言われている気がした。吸血鬼の迷信を盾に、その言葉から目を背けるなと。


 エレナの小さな手が、テルミットの頬を撫でる。それだけで、なぜかとても安心する。どんなことを言っても受け入れてくれるような、そんな包容感で満たされた気分。


 エレナの手に自分の手を重ねた。小さく、冷たい手に自分の熱を伝える。そして、その言葉を告げた。




「僕はエレナさんのことが誰よりも好きです。僕と夫婦になってください」




 まっすぐな思いをエレナに届ける。


「うん。よろこんで」


 頬を染めたエレナが、今まで見たこともない笑みを咲かせた。


 受け入れてもらえた嬉しさと、彼女に最高の花を咲かせたことが誇らしい。思わず口元が緩んでしまう。


 エレナが瞳を閉じると、ねだるように顔を上げた。


 それの意味するところに気づき、赤面する。


 ──いや、赤面してどうする。自分はエレナと夫婦になれたというのだから、これくらいのことは当然なのだ。何も恥じらう必要などなく、むしろ要求に応えるのが夫としての仕事ではないか。


 舌を絡めるでもなく、そっと触れるだけのフレンチキス。軽く触れただけだというのに、いつまでも唇に余韻が残っている。


「7度目のキス、だね」


 顔を離して、軽く頬を染めるエレナ。緋色の瞳からは、どこか嬉しさが滲み出ているような気がした。


「これで、ボクとテルの仲も永遠だ」


 欠けた数字である6が意味するものはプロポーズ。そして、その返事としてキスをすれば、永遠の愛を誓い合うことを意味する。


 つまり、これで──


「ボクはテルのお嫁さんで、テルはボクの旦那様だね」


 心から嬉しそうに、けれど少し照れ臭そうにエレナが微笑んだ。


 ──かわいい。気恥ずかしさのあまり、思わずエレナから顔を反らしてしまう。


 そんなテルミットの内心を知ってか知らずか、エレナが抱きつくと、ネコのように身体を擦りつけた。まるで、自分のものだとニオイを残しているように。


 肌と肌。遮るものもなく、生まれたままの姿で触れ合っているせいか、次第にテルミットの身体の一部に血液が集まってきた。


 気づかれる前に離れようと身体を浮かせると、エレナが耳元で囁いた。


「今、楽にしてあげるからね」


 そう言って、エレナの手がそこへ伸びた。


 婚約をしてからも、エレナとの関係は変わらない。いつものようにイチャイチャするだけだ。


 でも、それでいいのだ。自分がこの世界に生を受けたのも、きっと彼女と出会うためのものなのだろうから。

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