早起きと遅起き1

 目が覚めると、目の前にエレナの顔があった。普段の知的な雰囲気は鳴りを潜め、今はただ、幸せそうに惰眠を貪る年相応の少女に見えた。


 既に日は登っており、凶悪な太陽の光がカーテンの隙間から床に伸びる。


 そっと、エレナの頬を撫でる。柔らかく、それでいてなめらかな触り心地。


 愛しい人を独り占めできる、幸せな時間。


 テルミットがポツリと呟いた。


「エレナさん……」


 テルミットの言葉に合わせて、エレナが応えた。


「テルぅ……」


 間延びした、だらしない声。


 もしかすると、これはエレナの寝言なのだろうか。


 本当に寝ているのか確認すべく、エレナの唇に指を伸ばした。


 指先に桃色の唇が触れる。薄くて、柔らかくて、心に安らぎが広がっていく。そのままエレナの唇の感触を堪能しようとしたところで、


「あっ!」


 エレナがテルミットの指を咥えてしまった。


 一瞬、指先に硬い物が当たるも、ぬるぬると吸い込まれていく。指先に触れる、粘膜による生温かい感触。それがエレナの舌だとわかると、テルミットの身体が熱くなった。


 ちゅぷ。ちゅぷ。


 唾液が絡み、テルミットの指と一つに溶けようとしているように思えた。これほど卑猥で、淫乱で、淫靡な感触は口とは思えない。頭ではただの口だと思っていても、身体が性器なのだと勘違いしてしまいそうだ。


 今、エレナはどんな夢を見ているのだろう。食べ物を食べているわけではなさそうだ。


 エレナの口の中で繰り出される生々しい愛撫は、飴を舐めたり何かを飲むものではなく、もっと性を想起させるような。舐めるものに対する愛しさと淫靡さが混ざったようなもので──


「…………」


 身も心もとろけきってしまう前に、エレナの口から指を引き抜いた。指とともに粘性のある唾液も引き上げられ、エレナの綺麗な唇を汚す。


 ごくりと生唾を飲み込む。


 これは、綺麗にしてあげるべきなのだろうか。エレナの唾液とはいえ、原因はテルミットが不用意にエレナの唇に触れてしまったことにある。


 それならば、責任を取って綺麗にするのが男というものではないだろうか。


 決意を固め、エレナの唇に汚れていない指を触れさせた。


 唾液で摩擦が少なくなっていることもあり、指が滑る。柔らかくて、なめらかで、普段と違う新鮮な感触に鼓動が早くなる。


 思わず指先が自分の唇に触れそうになり、ハッと我に帰った。何いつものエレナの唇の感触を思い出して比べようとしているのだ。バカか、自分は。


 エレナの唇から唾液を拭き終え綺麗にする。ひと仕事終わったところで、今度は自分の指が目についた。


 エレナの口に吸い込まれていった指。エレナの唇を綺麗に拭き取った指。どちらもエレナの唾液が付着しており、テルミットを誘うかの如くぬらぬらと輝いていた。


 ごくりと生唾を飲み込む。


 エレナの口の中に指が入ってしまったのは、完全な事故だった。その後、自分で汚したとはいえ、エレナの唇を綺麗にしたのだ。これくらい味わったところで、バチは当たらないのではないか。


 自分の中で言い訳をする度に、脳が麻痺していく。エレナの唾液を摂取するまで、戻れそうにない。


「す、すみません……!」


 謝罪をすると、エレナの唾液のついた指を口の中に運んだ。


 甘い。思わずほっぺたが落ちそうになる。それでいて、全身がとろけてしまいそうだ。


 自分の唾液と混ぜると、ごくりと飲み込んだ。


 足りない。これでは、全然満足できない。


 視界の端に、薄い桃色の唇が写った。あの唇にキスをして、思う存分エレナを味わえたら、どれほど満たされるだろうか。


 欲望が衝動となってテルミットを突き動かす。


 エレナに顔を近づけ、唇と唇が触れる刹那──


 ──緋色の瞳と目が合った。


 テルミットが固まった。残された理性で、なんとか声を振り絞る。


「……お、おはようございます。エレナさん」


「おはよう、テル」


 ほにゃ。普段の彼女とは違い、年相応の無邪気で柔らかな笑み。


「朝からテルの顔が見られるなんて、今日は素敵な一日だね」


 毒気の欠片もない無垢な笑顔に、胸が締めつけられる。


 エレナが眠っていたのをいいことに、好き放題やってしまうなんて。罪悪感で押しつぶされてしまいそうだ。


「うう……すみません、エレナさん……」


「テル?」


 何が何だかわかっていないようで、エレナの頭に疑問符が浮かんだ。


 やがて、何かを閃いたのか、テルの背中に腕を回した。


「ちゅーしてくれたら、許してあげるよ」


 計算しているのかいないのか、小悪魔の微笑みに目が釘付けになる。


 エレナの瞳が閉じられ、薄い桃色の唇が差し出された。


 本人から許可が出たのなら、躊躇う必要はないのではないか。それより、むしろ彼女がそれを望んでいるのだから、従うべきなのではないか。


 急速に崩壊していく理性。押しつけられた小ぶりな胸から、ゆったりとした鼓動が伝わってくる。


 エレナの望むがまま、そっと唇を合わせた。


 粘膜の接触。唾液の交換。ささやかな膨らみ越しに伝わる鼓動が加速していく。


 やがて息が苦しくなったのか、テルミットが口を離した。


 エレナも苦しくなったのか、荒い呼吸を整えるようにゆっくりと息を吸う。それに合わせて、なだらかな双丘が上下した。


 健康的でありながら、情欲を刺激される光景。


「エレナさん。僕、もう……」


 もはやテルミットを止めるものは何もない。エレナに覆いかぶさると、胸の内から湧き上がる欲望に従ってエレナを求めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る