早寝と遅寝

 エレナのベッドで愛を確かめ終え、二人で乱れた呼吸を整える。清潔感のあったベッドは二人の汗や体液が染み込み、部屋中に雄と雌のニオイが立ち込めていた。


 お互いに目が合う。エレナの頬がほんのりと色付いた。


 適度な疲労感に脳がとろけていく。視界がぼやける。


 エレナがテルミットにそっと身を寄せた。


「お疲れ様。先に寝ててもいいよ」


「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」


 テルミットが目を閉じると、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。


 しばらく寝息に耳を傾け、おもむろにテルミットの頬をつつく。


「…………」


 テルミットがくすぐったそうに頬を緩ませた。口元からよだれが垂れる。


 テルミットの口元に指をあて、そっとよだれを拭い、自分の口元に運んだ。自分の唾液と絡み、身体に染み渡る。


 そっと、頬にキスをした。テルミットは狼狽えるでもなく、幸せそうに眠ったままだ。


 ここまでされても起きる気配はない。どうやら本当に眠っているようだ。


「……よし」


 エレナがテルミットの耳元に口を寄せた。吐息の当たる距離。薄い桃色の唇がそっと動いた。


「テルはボクのこと、どう思ってるんだい? ボクのこと、ちゃんと好きでいてくれているかい?」


 エレナの問いに、眠っているテルミットから間の抜けた声がした。


「エレナさんのことあいしてますよ〜……」


 エレナの口元がだらしなく緩んでしまう。胸の奥がほんのりと温かくなった。


 エレナの問いに対するテルミットの答えは、「好き」でも「大好き」でもなく、「愛してる」だった。


 意識している時ならいざ知らず、無意識下でさえ「愛してる」という言葉が出てしまうなんて。テルミットはどれだけ自分のことが好きなのだろう。どれだけ夢中になってるというのだろう。


 こみ上げて来る愛おしさが抑えられず、テルミットの脚に自分の脚を絡めた。汗ばんだ素足が交差する。


 もっとテルミットの本音が聞きたい。エレナさらに囁いた。


「テルはどれだけボクのことを愛してくれているんだい?」


「すっごくあいしてますよ〜……」


 間の抜けた声。むにゃむにゃと口元が動いた。


「ぼくにあげられるものだったら、なんでもあげたいくらいですよ〜……」


 どきりと、エレナの心臓が脈打つ。


 なんでも。その言葉に期待が募ってしまう。


「それって、テルの身体とか魂とか……」


 テルミットと絡んだエレナの脚が、一瞬強張った。


「……寿命も、ってことかい?」


「もちろんですよ〜。えへへ、しぬまでえエレナさんといっしょですから〜……」


 エレナの胸にほんのりと温かさが広がる。


 吸血鬼に寿命はない。それ故に、寿命を差し出すということは、永遠に共にいることに他ならない。


 いつだったか、7度のキスでプロポーズをしてもらったが、別の形で再び永遠を誓ってくれるとは。


 愛おしさが熱となり、エレナの全身に広がる。


 熱を逃がすべく、テルミットの身体に平坦な身体を押し付けた。

 ほんのりと色づいた頬で尋ねる。


「大きい胸と小さい胸、テルはどっちが好きなんだい?」


「エレナさんのむねです〜……」


 にへら、と間の抜けた顔で笑うテルミット。ごろんと寝返りをうつと、エレナの胸に顔がぶつかった。幸せそうに声を漏らす。


 大きい胸と小さい胸。どちらが好みか尋ねたにも関わらず、答えはエレナの胸。寝言に正確さを求めてはいけないとは思うが、これがテルミットの深層心理なのだとしたら、大きさに意味などないということのだろうか。


 ふにょん、と自分の胸に手を運ぶ。小さいながらも、満足させられていると思いたい。


(大きい胸って答えられなかっただけ良かった……)


 エレナの胸に顔を埋め、だらしなく頬を緩める。


 そっと頭を撫でると、癖のある髪が指に絡みついた。


「テルはボクに何かして欲しいことはあるかい?」


「ぼくらのこどもがほしいです〜……」


 一瞬、一際大きく心臓が跳ねた。まさか、寝ながらにして性交渉の誘いを受けるとは思いもしなかった。


 テルミットの耳元へ唇を寄せる。


「どれくらい欲しいんだい?」


「8にんくらいほしいです〜……」


 エレナが息を飲んだ。そんなに欲しいのか。

 吸血鬼はただでさえ子供が出来にくい種族だ。それ故に、テルミットと何度も性交渉に及んでいるが、未だに授かる気配はない。

 いや、それ以前にそんなに産めるだろうか。


 永遠の時間があるとはいえ、あと何千、何万回行為に及ぶ必要があるのだろうか。


「……頑張らないと」


 エレナの決意に合わせて、お腹の奥がキュンと疼いた。エレナの肉体の方も気合十分らしい。


 お腹をさすると、先ほどテルミットに注がれた命の精の存在を感じる。精から溢れた多幸感が全身に広がっていくようだ。


 しばらくさすっていると、全身が熱くなってきてしまった。


 身体を冷やすべく、エレナが一旦離れようとすると、テルミットがエレナの身体を抱き締めた。お気に入りの抱き枕を見つけたように抱き寄せ、幸せそうに頬を緩める。足と足を絡ませ、エレナが逃げられないように拘束してしまった。


 予期せぬ密着。肌と肌が擦れあう。エレナの鼓動が高まった。


 ほんのりと滲んだ汗が玉となり、エレナの身体を伝った。


 エレナを抱き寄せていたテルミットが、啄むように汗を舐め取った。


 ますます鼓動が加速していく中、エレナは火照った身体でテルミットを抱き締めた。抜け出すことも、逃れることもできないというのなら、せめてこの幸せに身を委ねてしまおう。


 こうしてエレナの眠れぬ夜がふけていった。

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